その人魚
その人魚はいつまでも歌った。洞窟の奥にある財宝を守るために、彼女は歌い続けた。
彼女が歌えば船は沈み、彼女が歌えば人間は眠り、彼女が歌えば世界を霧が包んだ。そのおかげで、誰もがその財宝の噂を知っているにも関わらず、正体も真偽も知られていないのだ。
――彼女は歌う。彼女の歌の本当の意味は、そんなことではなかったのに。
彼女は願っていた。彼女は祈っていた。人間たちの平和と、それから彼女を想ってくれる王子に出会うことを。
昔々に海の底に沈んできた絵本を読んで知っていた。人間の世界には王子がいるらしいということを。それなら、私を迎えに来てくれる王子もいるはずだろう、そう思って。
彼女は歌い続けた。
お題「宝」299字
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