2-2-2 新たな獣の痕跡

『――……月ヶ瀬高校に通う女子生徒四名の行方がわからなくなっていることが、警察の取材で明らかになりました。警察は多発している行方不明事件との関連性を疑い、連続行方不明事件として調査を続けています――……』


 連続行方不明事件なんて、穏やかじゃないなぁ。

 噂の女子生徒が美食部の扉を叩いた日から翌日。リビングでつけっぱなしになっているテレビから流れてきたニュースを目にし、璃羽はぼんやりとそんなことを考えた。

 誰にも平等に訪れる朝は狩人になってから日常を思い出させてくれるものに変わり、普段どおりに広がる朝の風景は非常に大切な風景となった。

 自分にとって守るべきものを強く意識させてくれる風景の中、ひっそりと小さく息を吐いた。


「なんだか最近増えてきたなぁ、こういう事件……」

「あら、璃羽もそう思う?」


 独り言のつもりだった言葉に返る言葉があり、ぱっとそちらへ目を向けた。

 ちょうどキッチンから出てきた母と目が合い、璃羽は口元にふわりと笑みを浮かべた。


「おはよう、お母さん。お父さんは?」

「今日は出張だから早めに出たわ。璃羽も、まだ時間に余裕はあるけど早く朝ご飯食べちゃいなさい」

「はーい」


 母が用意してくれた朝食を受け取り、いつも座っている席へ向かう。

 焼きたてのバタートーストにベーコンエッグ、食べやすい大きさにちぎられたレタスと半分にカットされたプチトマト。シンプルながら美味しそうな朝食に胸を躍らせながら、璃羽はそれぞれの皿をテーブルに置いた。

 そこにお茶が入ったグラスを添えたところで、母が再度声をかけてくる。


「さっきニュースで話してた子たちって、璃羽と同じ学校の子よね?」

「うん。でも、名前はあんまり聞いたことないから違うクラスの子かも」


 母に返事をしながら、ちらりとテレビ画面に目を向ける。

 画面の向こう側にいるニュースキャスターは、行方不明になった女子生徒たちの名前を読み上げているが、どれもあまり聞き覚えがない名前だ。

 璃羽のクラスメイトや知り合いが行方不明になったわけではないが、同じ学校に通う生徒の行方がわからなくなってしまったのはあまり好ましいことではない。


「そう……。璃羽も気をつけてね。近頃は物騒だし……できるだけ一人で帰らないで、誰かと一緒に帰るようにしなさいね」

「うん、大丈夫。部活があるときも先輩と一緒に帰るようにするし、部活がない日も花理と一緒に帰るようにするから。もし部活で遅くなるときは、ちゃんとお母さんかお父さんに連絡する」


 母の不安はよくわかる。璃羽だって母の立場だったら、きっと同じことを子供に言っていたことだろう。

 だからこそ、母の心配を拒絶することなく素直に受け取り、こくりと頷いてみせた。


「ええ、そうしてちょうだい。それから、もしものときに備えて防犯ブザーを持っていくのよ?」

「はーい」


 少し間延びした声で返事をし、璃羽はいつもの席に座ってバタートーストに齧りついた。

 焼かれた小麦の甘みと香ばしさ、溶けたバターのまろやかさを感じながらテレビを眺める。

 テレビに映っているキャスターは行方不明事件について語るのをやめ、次のニュースを淡々とした声で読み上げていた。


(……それにしても……)


 新たなニュースに耳を傾けながら、璃羽は考える。

 連続行方不明事件として取り上げられた今回の事件は、数日前からちらほらとニュースに入ってきていた。

 一人、また一人と町の住民が忽然と姿を消していく行方不明事件。被害者は皆、行方をくらませる直前までいつもどおりに過ごしていたという共通点があり、皆が皆、夕方から夜にかけての時間のどこかで行方不明になっている。


 行方がわからなくなるのが、決まって夕方から夜という限定された時間であること。

 行方不明になる直前まで様子がおかしくなることなく、至っていつもどおりに過ごしていたという点。

 そして、短期間のうちに次々と人がいなくなっている――。

 手元にある情報を脳内で繋ぎ合わせた璃羽の脳裏に、巨大な獣の影がよぎる。


(これって、もしかして……)


 一つの可能性を思い浮かべた瞬間、手元のスマートフォンが通知音を奏でた。

 もぐむぐと朝食を食べ進めながら、片手でぱたぱたと画面を軽く叩き、届いていたメッセージを確認する。


「……!」


 そこに記されていた内容は、璃羽が脳裏に思い浮かべた可能性とぴたりと一致していた。

 璃羽の表情に緊張が走り、口元が固く真横に引き結ばれる。

 一度目を伏せて浅く息を吐きだし、ざわつく心を落ち着かせると、璃羽は再度目を開いてぱっと母がいるほうへ顔を向けた。


「お母さん、今日は帰りが遅くなるかも。部活あるみたいだから」

「あら、そうなの? なら、防犯ブザーは忘れずに持っていきなさいね。置いておくから」


 そういって二階へ上がっていった母の背中を見送ってから、再度スマートフォンに視線を落とす。

 使い慣れたスマートフォンには、燎良から送られてきたメッセージが表示されていた。


『放課後、暮星協会へ』

『――新たな業獣が出現した』


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