2-1-4 緑眼の主は噂を知る
がたん、がこん。
購入した飲み物のパックを自販機の受け取り口から取り出す。
校内に設置された自販機は、休憩時間や昼食時――特に昼食時は大きな賑わいを見せるが、放課後を迎えるとほとんど人の姿が見当たらない。
その光景にほんの少しの寂しさを感じながら、璃羽は飲み物をしっかり持って自販機の前から離れた。
手元にある飲み物は、燎良が希望したコーヒーと璃羽が飲むための野菜ジュース、そして有護が来たときに渡せるようにと一緒に購入したお茶だ。燎良がジュースやお茶ではなくコーヒーを希望してきたのは少し驚いたが、どこか大人びた雰囲気のある彼にはぴったりだ。
『食堂の自販機で飲み物を買いました。ちゃんとコーヒーもありました。今からそちらに向かいます』
たぷたぷとスマートフォンをタップし、文章を入力する。
最後に送信ボタンを押してメッセージを送信し、お気に入りの猫のスタンプも一緒に送っておく。
メッセージに既読マークがついたのを確認してから、璃羽は部室へ向かい始めた。
「燎良先輩、本当に今日はどんな料理を持ってきてくれたのかな」
独り言を呟きながら、朱鳥の料理を思い出す。
狩人になると決めたあの日に食べた料理からはじまり、燎良が持ってきてくれたさまざまな料理を食べてきたが――あの人が作る業獣料理は本当に美味しい。思い出すだけで口の中に唾液が溜まってきそうになるほどだ。
軽やかな足取りで廊下を進みながら、璃羽は飲み物をしっかり抱え、片手で自分の腹をそっと擦った。
(……私の狩人としての力も開花してくれたら、もっとこの時間を楽しめるんだけどなぁ)
こればかりは待つしかないのだろうが、ほんの少しだけ焦ってもしまう。
業獣の脅威から大切な人を守る側に立ちたいと思って狩人になったというのに、狩人としての力が開花していない今の自分は守られる側のままだ。
「……早く、私の狩人としての力も目覚めてくれたらいいのに」
そっと自分の胸に手を当て、はあ――と重いため息をこぼした。
過去の活動でこの悩みをこぼしたとき、燎良は焦らないでいいと言っていた。
活動の様子を見に来てくれていた――もとい、璃羽の様子を見に来てくれていた有護も、業獣の肉を食べ続けるうちに開花するときが来るだろうから心配しなくて大丈夫だと言っていた。
先輩狩人である二人がそういっているのだ、今は焦らずにじっくり待つべきなのだろう。
……そう頭では理解しているつもりだが、肝心の心がついてきてくれていない。
「業獣を目の前にしたら、危機感で能力が開花したりしないかな……」
自分で口に出しておいてなんだが、しないような気もする。
もし何も変化がなかったら目も当てられない結果になるだろうし、燎良にも確実に迷惑をかけてしまう――正直それは非常に心苦しい。
業獣に対して、なんの抵抗手段も持たない狩人など彼らからすれば敵ではない。
(……もどかしいけど……今は待つ時期なんだろうなぁ、きっと……)
でも、できれば一日でも早くそのときが来てほしい。
ぼんやりとそんなことを考え、再度深いため息をついた。
――ちょうど、そのときだった。
「せんぱぁい、どーしても駄目なんですかぁ?」
ふと。
ふと、自分ではない女子生徒の声がした。
思わず足を止め、璃羽は眼前へ――進む先にある調理準備室へ視線を向ける。
美食部の活動場所である調理準備室の前に、一人の女子生徒の姿がある。
ピンクベージュという流行りのヘアカラーにした髪をふわふわに巻き、女子制服の上に購入したと思われるパーカーを着た女子生徒だ。
璃羽が立っている場所からは横顔しか見えないが、明るい色合いのコスメでメイクをしており、自然と目を引きつけられるような不思議な華やかさを持っている。
身にまとう全てが彼女本人が持つ可愛らしさを引き出しており、さらに華やかで魅力的な姿に仕上げていた。
「……お客さんかな、珍しいな……。……でも、あの子、どこかで……」
どこかで見たことがあるような気もするけれど――。
相手の姿を見つめたまま璃羽が記憶を探っている間も、女子生徒は言葉を紡いでいる。
「私、どうしても美食部の活動が気になるんですぅ。確かに部活紹介とか、新入部員の勧誘が盛んだった時期からは外れちゃってますけど……でも、どうしても気になるんです。駄目ですかぁ?」
少々間延びした甘さ――を通り越して、甘ったるさを感じさせる声。
彼女の声のあとに返されるのは、璃羽が繰り返し聞いてきた声だ。
「駄目だ。別に廃部の危機に晒されるほど部員が少ないわけじゃないし、今は新入部員の募集もしてない。このとおり、部室がすごく小さいんだ。今で定員オーバー、これ以上は受け入れられない」
ため息混じりにそう返された燎良の声には、ほんのわずかな苛立ちも混ざっている。
なるほど、新たに美食部への入部を希望している相手とささやかな攻防戦を繰り広げているところだったらしい。
人によっては少しの恐怖心を与えてしまいそうな燎良の声に思わず苦笑いをこぼしたとき、璃羽の記憶を一つの景色がよぎっていった。
まだ自分が狩人になる前の記憶。
業獣『緑眼』の宿主を探すために気を張っていた時期。
花理に用があり、図書室へ足を運んだときに――璃羽は、あの女子生徒の姿を見ている。
「あ……」
もやもやとしていた記憶が鮮明になり、思い出す。
あの女子生徒は、あの日、業獣の宿主になっていた花理へ憎悪混じりの嫉妬心を向けられていた相手。
真島野先輩と親しそうにしていた女子生徒だ。
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