2-1-3 緑眼の主は噂を知る
「その子の名前……
わずかに息を吐き出したのち、花理がぽつり、ぽつりと話し始めた。
璃羽もじっと花理の目を見つめ、彼女の唇から紡がれる話に耳を傾ける。
「あたしも透石さんを遠目で見たことあるんだけど……すごく華やかな印象がある女の子だったんだよね。ふわふわの巻き髪で可愛いメイクをしてて、可愛いって言葉がすっごく似合いそうな女の子。人によっては派手めに見えるかもってぐらいにおしゃれなんだけど……」
一度言葉を切り、花理は何やら言いにくそうに唇を引き結んだ。
そして、周囲に人がいるかどうかを確認するため、きょろきょろと右へ左へ視線を向ける。
何か言いにくいことがあるなら無理に言わなくてもいい。
璃羽がそう伝えようとした瞬間、花理は内緒話をするかのように璃羽へ顔を寄せ、そっと小さな声で言葉を紡いだ。
「……その、ね。透石さんが他の人の彼氏を取ったとか、女の子にはひどい態度をとるのに男の子の前ではすごく良い子に振る舞うとか……そういう噂が多くって」
「同性と異性で、評価が大きく違う……みたいな?」
先ほど花理が口にしていた言葉を思い出す。
極端な評判があると花理は言っていたが――極端な評判とは、もしかしてそのことなのだろうか。
確認するかのように紡がれた璃羽の言葉へ、花理が小さく頷く。
「うん。図書部の中にも、透石さんのことをあまり良くなく思ってる先輩がいるし……透石さんが真島野先輩と話に来てると、先輩たちの空気が明らかに悪くなるんだよね」
「それは……あんまり居心地良くないかも……」
「実際、すごく居心地悪いよ。普段はそんなことないのに、透石さんが来てる日は先輩たちの間で陰口がすごく増えるんだもん……」
それは――確かに、ものすごく居心地が悪い。
陰口が多い空間というだけでもつらいものがあるのに、それを囁いているのが先輩となると注意もしにくい。
かといって、一緒に陰口を叩くのは論外だ。
たとえ意中の人と同じ時間を過ごせるといっても、空気が悪い中で部活動をするのは苦痛のはずだ。
「その……透石さんって、本当に評判どおりの子なの?」
「わかんない。あたしはまだ透石さんと話したことがないから。……外見だけで判断されて変な噂を流されてるだけかもしれないし……もしそうなら、相談に乗りたいなとは思ってるんだけど……」
変な噂を流されて、いつのまにかそれが本当のことみたいにされるのって、つらいから。
ぽつりと花理の唇から発された呟きを耳にし、璃羽の表情がわずかに曇る。
花理も華やかで可愛らしい外見をしているが、それを理由に妙な噂を流されたことがある。あのとき流されていた嘘の噂も、透石さんとやらに関する噂の内容と非常によく似ていた。
だからこそ、花理は現在流れている噂の内容が嘘である可能性を考えたのだろう――嘘偽りの噂を流されたことがある者だからこそ。
「あたしも透石さんと話すチャンスを伺ってるけど、透石さん、図書部に来てるときは真島野先輩にべったりだから話しかけにくくって……。だからさ、璃羽。もし透石さんに会うことがあったら、あの噂が本当なのか聞いてみて! お願い!」
「……へ?」
ぱちんと花理が顔の前で両手を合わせ、頼み込んできた。
愚痴や心配を聞いてほしいのだと予想していただけに、そこから頼み事に繋がるのは少々予想外だった。
目をまん丸くし、ぽかんとした顔をしている璃羽へ、花理はさらに言葉を続ける。
「ほら、あたしも透石さんと話せるチャンスは探し続けるつもりでいるけど、あたし一人だけだと見逃すチャンスもあるかもしれないし! 噂が変に広がる前に真偽を確かめたいの、お願い!」
「あ、ああ……なるほど……。ちょっとびっくりしちゃったけど、少し納得できたかも」
たまに図書部へ来ているなら、会話をするチャンスは花理のほうが多い。
だが、当の友理葉が真島野先輩にべったりなら、部活動中に声をかけるチャンスはどうしても減ってくる。
何より、花理も常に友理葉と接触するチャンスを伺えるわけではない――花理はいないが璃羽なら友理葉の傍にいるという状況ができる可能性もゼロではない。
花理が璃羽への協力をお願いしてきたのは、より多くのチャンスを掴み、彼女について知る機会を逃さないようにするためだろう。
一人で納得し、小さく頷いてから、璃羽は口元に小さく笑みを浮かべた。
「そういうことなら、わかった。噂が変に広がっちゃったら、後々で実は嘘だったってわかっても撤回が難しくなるもんね」
「そうなの! あたしのときも、噂は全部嘘だってわかってもらうまで大変だったもん。みんなすぐに信じてくれないし……。だから、できるだけ早く噂の内容が嘘なのか本当なのか確かめて、もし嘘なら噂は全部嘘だって否定する手伝いをしたいから」
もしかしたら、おせっかいかもしれないけど……。
小さな声でそう付け足し、花理が不安そうに表情を曇らせる。
璃羽はそんな彼女の頭へ手を伸ばし、今よりもうんと幼い頃によくしていたように、彼女の頭を優しく撫でた。
「人によってはおせっかいって思っちゃうかもしれないけど……。でも、何もしないよりはいいと思う。花理は花理の思うように、まずは動いてみるといいんじゃないかな」
「……そう?」
「うん。私は花理の選択を応援してるよ」
柔らかく笑みを浮かべたまま、璃羽はそういって花理の頭から手を離した。
不安そうだった花理の表情がぱああっと明るくなり、安堵の色が浮かんで、最後には満面の笑みが浮かぶ。
元気を取り戻してくれたことに璃羽も安堵したその瞬間、璃羽のスマートフォンが着信を告げた。
「……あ。先輩から返事が来たかも。そろそろ行くね」
「ん、わかった。あたしもそろそろ図書部に行こうかな。いきなりごめんね、璃羽。でも、話を聞いてくれてありがと!」
それから、透石さんの件、お願いね!
最後にそういって、花理は自身の鞄を持って教室の出口へ向かっていく。
元気よく図書室へ向かう彼女の背中へ手を振ってから、璃羽もスマートフォンで着信の内容を確認しながら教室の外に歩を進めた。
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