Case.2 透石友理葉と《紫眼の獣》

第一話 緑眼の主は噂を知る

2-1-1 緑眼の主は噂を知る

「それじゃあ、また明日ね!」

「うん、また明日」


 ひらひらと手を振り、歩いて行く友人をその場で見送る。

 こちらへ手を振り返してくれていた友人が前を向き、こちらに背を向けて歩いて行く。

 どんどん小さくなっていく背中を見送りながら、肺の中に溜まっていた空気を深く長く吐き出した。


「……本当に、あの子はいつでも自信満々で可愛いな……」


 小さな声で呟きながら、ついさっき別れたばかりの友人の姿を脳裏に思い浮かべる。

 中学校で知り合ってから、こんなに地味で可愛くない自分と仲良くしてくれている彼女。

 彼女はいつだって自信に満ちていて、ネイルやメイクでいつでも自分を可愛らしく仕上げている。髪型も身に着けているアクセサリーも似合っているものばかりで、同性である自分の目から見てもすごく愛らしかった。

 高校に進学してからも彼女の愛らしさがくすむことはなく、より一層輝いているようにすら思える。

 ……一方、自分は進学しても変わらない。変わることができていない。


「……どうやったら、あの子みたいに可愛くなれるんだろう」


 あの子みたいに髪を長く伸ばしてみた。

 行きつけの美容院でお世話になっている美容師にオススメのカールアイロンを聞いて、髪をふわふわに巻いてみた。

 流行りのヘアカラーの中からピンクベージュを選んで、その色で髪を染めてみた。

 女性向け雑誌に掲載されているコスメの中からいいなと感じたものを選んで、そのコスメでメイクをするようになってみた。

 あの子がしているようにネイルカラーを楽しむようになってみた。


 可愛くなるために、さまざまな努力を重ねてきたつもりだ。だというのに、自分はあの子のような華やかで可愛らしい女の子にはなれない。

 教師に注意される覚悟もしておしゃれをしても、不思議と自分には地味な印象がつきまとっていた。

 その証拠に、クラスメイトの男子や部活の男の先輩も、あの子に釘付けになっている。

 ――たまに声をかけてくる男子もいたが、あの子について尋ねてくるばかりだった。


「……なんで、あの子はあんなにも可愛いんだろう」


 夕暮れの色に染まった空を見上げ、ため息混じりに呟く。

 あの子とはじめて出会った日から、たった一人だけの帰り道はどうして自分は可愛くなれないんだろうという思いが渦巻く時間と化してしまった。

 どれだけの努力を重ねてもあの子と並ぶことは叶わず、精一杯おしゃれをしても地味な印象の女の子という立ち位置から抜け出せず、意中の人の視界にも入れない日々。

 どうして、どうして、どうして――そんな思いばかりがいつも胸の中を満たしていた。


「……私だって、あの子みたいに可愛くて華やかな女の子になりたいのに……」


 叶わない願いを呟いて、二度目の深いため息をつく。

 ちょうど、そのときだった。


「じゃあ、私がなってあげようか?」


 自分一人しかいないはずの道で、そんな声がして。

 ぱっと思わず振り返った瞬間、視界いっぱいに鋭い牙が見えて。


「――え?」


 ばくん。

 暗転。

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