7-2 姫井璃羽と《緑眼の獣》
有護がどこかに――おそらく協会に連絡して、まもなくした頃。
燎良の言葉どおり、暮星協会を目にすることになった璃羽は眼前にそびえ立つ建物を見つめて目をぱちくりとさせた。
暮星協会。
狩人たちをサポートするために立ち上げられた協会であり、狩った業獣の解体や調理も行っている――まさしく、狩人たちのための組織。
業獣と狩人という世界の『裏側』に深く関係している組織のため、もっと物々しい雰囲気に満ちているのではという想像をしていた。
けれど、今。走ってきた車に有護や燎良とともに乗り込んでやってきた暮星協会は、公民館のようで物々しい雰囲気は一切感じられなかった。
「ここが……暮星協会?」
「ああ」
小さな声で呟いた璃羽へ、車を降りた燎良が頷いた。
振り返れば、ここまで乗ってきた車から燎良だけでなく、有護も降りて運転手と何やら話をしているようだった。
続いて、璃羽は建物だけでなく敷地全体に視線を巡らせた。
建物だけでなく、敷地全体も公民館やその他の施設のようだ。それなりに広い駐車場が広がっており、複数の車を停めることができるようになっている。今は夜中ということもあり、璃羽たちが乗ってきた車の他には業獣を乗せた二台の軽トラックしか見当たらない。
(本当に、公民館とかの施設みたい)
狩人たちのための施設であると事前に聞いていなければ、ここがそういった施設であると気づかないだろう。
しきりに周囲を見渡しながらそんなことを考えている璃羽のすぐ傍で、燎良が口を開いた。
「暮星協会は、表向きは一種の集会場みたいな役割を果たしてるんだ。本来は狩人たちのための施設だが、明るい時間帯は狩人以外の人たちも利用できるように開放されてる」
……だから、公民館みたいな作りになってるんだ。
最後にそう付け足され、璃羽はばっと燎良のほうへと視線を向けた。
にんまりと悪戯に成功した子供のように唇の端を持ち上げ、燎良がとんとんと指先で頬を叩く。
「顔に出てたぞ。それから様子にも」
「……そ、そんなにわかりやすい顔してました? 私」
「そりゃあもう」
ものすごくわかりやすかったぞ。
その一言まで付け加えられ、かあっと璃羽の頬へ一気に熱が集まった。
横から見ていて簡単に思考が読み取れるほどにわかりやすかった――そんなに自分がわかりやすい顔をしていたのかと思うと、なんだか恥ずかしくて仕方がなかった。
両頬を手で押さえて慌てて俯く璃羽の隣で、燎良がどこか楽しそうな様子でくつくつと声を押し殺して笑った。
両手で頬を押さえたまま、璃羽はわずかに顔をあげ、燎良へじとーっとした目を向けた。
「……楽しそうですね、燎良先輩」
「璃羽の反応が見てて面白いからな」
璃羽にじとっとした目で見られても、燎良の表情から楽しそうな様子が消えることはない。
二匹の業獣『緑眼』の狩りをしていたときとも異なる、柔らかな空気と表情。
はじめて出会って間もない頃にも見せてくれなかったそれらの表情は、今回の事件で璃羽と燎良の間にあった距離が縮まったことを示している。
璃羽も燎良がまとう柔らかな空気につられ、文句の一つや二つ言ってやろうと口を開いた――そのときだった。
「姫井さん、燎良」
すっかり聞き慣れた有護の声が空気を震わせる。
彼の声に反応し、璃羽も燎良もぱっと声が聞こえたほうへ目を向けた。
つい数分前までは運転手と何やら話をしていたが、どうやら話が一段落したらしい。車の傍から璃羽と燎良へ近寄り、有護は言葉を続けた。
「先に協会の中に入ってて。業獣の肉の搬入にちょっと時間がかかりそうだから、その間に協会の人たちを姫井さんに紹介してあげて」
「あー……確かに、今回の獲物はかなり大きいのが二体だもんな」
燎良が呟き、がしがしと頭をかきながら軽トラックをちらりと見た。
荷台に乗せられた業獣『緑眼』は非常に大きく、一つ解体するだけでも結構な時間がかかってしまいそうだ。
業獣の肉を調理できる人間が何人協会にいるのかわからないが、解体だけでなく調理にも相当な時間がかかるに違いない――燎良たち狩人が今回の業獣の肉を使った料理を口にできるまでかなりの時間が必要になるはずだ。
ならば、料理が出来上がるまでの時間を有効に使え――ということなのかもしれない。
思考を巡らせる璃羽の傍で、頭をかいていた手を下ろし、燎良が小さく頷いた。
「わかった。……璃羽がどういう選択をするかにもよるが、これから璃羽も長い付き合いになるかもしれないしな」
そういって、今度は燎良の目が璃羽へ向けられる。
(……私がどういう選択をするかにもよるけど、これから私も長い付き合いになる……?)
どういう意味なのだろう、それは。
そういえば、璃羽が業獣に立ち向かうという選択をしたとき、有護は後継者が云々と言っていた記憶がある。
なら、璃羽の選択によっては協会とも長い付き合いになる――というのは、それと関係しているのだろうか。
さまざまな思考を巡らせる璃羽だったが、燎良の体温が手に触れた瞬間、その思考は一度中断された。
「璃羽、行くぞ」
「あ……は、はい」
手に触れていた燎良の手が、そっと握られる。
燎良と手を繋ぎ、彼に優しく手を引かれるまま、璃羽は暮星協会の中へ足を踏み入れた。
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