6-5 緑眼の真実と決着

「いいんじゃないか? 燎良」

「!」

「なっ……」


 ばっ、と燎良が有護を見る。璃羽も目をぱちくりとさせ、彼へ視線を向ける。

 声の主である有護は、軽く顎をさすりながらどこか興味深そうに璃羽のほうへと目を向けていた。


「先生、本気か? 璃羽は一般人、業獣と戦った経験なんて一度もない人間なんだぞ」

「もちろん。でも、それはかつての燎良も同じだったじゃないか。お前も昔は普通の人間で、業獣と出会ってしまったのをきっかけに狩人の道を進んだだろ?」


 有護がそういった瞬間、燎良がぐっと顔をしかめて言葉に詰まった。

 少しの間言葉を探し、息を吐き出し、何か言葉を発しようと唇を動かそうとする。

 だが、燎良の唇から音が紡がれるよりも早く、有護の声が空気を震わせた。


「それに、狩人はその特性上、人手不足だ。にもかかわらず業獣の目撃情報は増える一方。狩りに出る回数が増えて、狩人たちにかかる負担が大きくなる一方だ」


 再び燎良の顔が苦々しいものへと切り替わる。

 そんな燎良とは反対に、有護はにっこりと笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「姫井さんみたいに、業獣に立ち向かうという選択ができる子は貴重だ。燎良ももしものときに備えて後継者を作っておくべきだと思うよ」


 有護が言葉を発するたび、燎良の顔はますます苦いものへと移り変わっていく。

 燎良の目が有護から璃羽へ向けられ、何か言いたげに唇がわずかに動く。

 けれど、何か音が発されることはなく、かわりに深い溜息が彼の唇から溢れた。


「……後継者を作っておかないとまずいってのは、薄々感じてるっての」


 一言、そう呟いてから、燎良の手が有護へ向けられる。

 手のひらを上にして、まるで何かをねだるように。


「緊急食。持ってきてるんだろ」

「もちろん」


 有護が荷物に手を入れ、濃い赤茶色をしたジャーキーが入った袋を取り出した。

 板状になったそれを一枚取り出し、燎良の手のひらに一枚載せる。それで終わりかと思ったが、有護は璃羽にも同じジャーキーを一枚差し出した。


「はい、姫井さんも」

「……え?」


 どうして燎良だけでなく、璃羽にも差し出したのだろうか。

 このジャーキーがどのようなものなのかわからないが、狩人である燎良が必要とするものなら狩人たちに関係している何かのはずだ。

 狩人でない、ただの手伝い希望者である璃羽にも分ける理由が全く思い浮かばない。

 きょとんとした顔で有護と彼の手を交互に見つめる璃羽へ、有護は笑顔を崩さずに言葉を紡いだ。


「狩人たちが食べるものだけど、姫井さんも食べておいて。僕が持ってる狩りの道具を使うから、できるだけ狩人に近い状態になっておいたほうがいいと思う」

「……わかりました」

「口に合わなくても、一口くらいは頑張って食べてほしいな。念には念を入れて、狩人たちに近い身体になっておいてほしいから」


 狩人たちがどのような道具を使うのか、璃羽にはわからない。

 業獣の狩りに入ったとき、有護が起こした不可思議な現象――有護が燎良を指し示してから業獣を指さした瞬間に攻撃が弾かれたり、業獣が振り下ろした爪が不自然に弾かれたりした、あの現象。

 どうして有護があんな現象を引き起こせたのか疑問だったが、狩人たちが使う道具が何か関係しているのかもしれない。

 だとしたら、狩人と近い身体になっていないと上手く使いこなせない可能性は十分考えられる。


「……」


 軽く深呼吸をし、有護に手渡されたジャーキーを見つめる。

 どのような味付けがされているのかわからないが、見た目はシンプルなジャーキーだ。コンビニで市販されているものと同じくらいの硬さで、噛みちぎるのは楽そうな印象がある。

 同じものを受け取った燎良を横目で見たら、慣れた様子でジャーキーへ食らいつき、ワイルドに噛みちぎっている姿が目に入った。


(……食べよう、私も)


 意を決し、璃羽もばくりとジャーキーにかぶりついた。

 何度も同じ箇所へ歯を立てて噛みちぎり、一口大にしたジャーキーをむぐむぐと噛む。

 噛みしめるたびに醤油の香ばしさが舌の上に広がる。ニンニクやスパイスの風味も同時に広がり、ワイルドな味わいが感じられた。

 どのような肉が使われているのか、味からは予想ができない。見た目はビーフジャーキーに近いが、口の中に広がる味はビーフジャーキーとは異なるものだ。


 普通なら不安に感じるだろうに、噛みしめるたびに不思議と腹の底から力が湧いてくるような気がした。

 何度もジャーキーに噛みついて、咀嚼して、飲み込む。

 燎良よりも遅れてジャーキーを食べ終わると、璃羽は浅く息を吐いて二人を見た。


「……っ食べ終わりました!」

「よし」


 燎良は何も言わず、有護はどこかほっとしたような顔をして小さく頷く。

 くしゃりと璃羽の頭を一度だけ撫でると、有護は腕につけていたブレスレットを外して璃羽へ差し出した。

 一瞬きょとんとしてしまったが直前まで交わされていた会話を思い出し、これが狩人たちが使っている道具なのだろうと予想ができた。


「……これが、狩人たちが使う道具……ですか?」


 受け取ったブレスレットを観察しながら、璃羽は有護へ問いかけた。

 有護から璃羽の手の中へと移動したブレスレットは、ぱっと見た印象では数珠系のデザインをしたブレスレットに近かった。

 丸く加工された白い石のようなものが連なって作られている。本来はメンズ用のものなのだろう、璃羽の手首には少々大きくて身につけてもすぐにずり落ちてきそうだ。


(何のブレスレットなんだろう)


 白くつややかな球体は象牙を思わせるものがあるが、象牙ではないのだろう――と不思議と思わせる何かがあった。

 何より、これは狩人たちが使う道具だ。ただの象牙のブレスレットなわけがない。

 手元のブレスレットをじっと静かに観察してから、璃羽は戸惑い気味に有護を見上げた。


「あの……石楠先生、これってどんなものなんですか?」


 戸惑いを隠せない声で問いかければ、有護が唇を開く。


「業獣との戦いの中で、僕が何度か業獣の攻撃を弾いたのは覚えてる?」


 ゆっくり頷き、無言で答える。

 有護が何か行動を起こすたび、業獣の攻撃が弾かれた光景は璃羽の頭にしっかりと焼きついている。


「このブレスレットは、昔僕が狩った業獣の牙を加工して作ったものなんだ。これを身に着けた手で守りたい対象を指さして、次に攻撃してくる業獣を指させば、最初に指さした対象を守ることができる」


 有護の声に耳を傾けながら、璃羽は彼が最初に業獣の攻撃を弾いた瞬間を思い出した。

 確かに、あのときも最初に燎良を示し、次に攻撃してくる業獣を示していた――あれは燎良を守る対象として指定していたのだ。

 次に業獣の攻撃を弾いてくれたときも、璃羽から見えていなかったが、同じ手順で璃羽と燎良を守ってくれたに違いない。


「……これを身に着けたら、私も同じことができるようになるんですか?」


 無力な璃羽でも、有護がしてみせたように――魔法か何かのように燎良を脅威から守り、支えることができるようになるのだろうか。

 小さな声で呟くように問いかけた璃羽の目の前で、有護がふわりと柔らかく笑ってみせた。


 直接的な肯定の言葉はない。

 璃羽の疑問を肯定するための仕草もない。

 ただ笑っただけだが、璃羽は直感した。


 これがあれば、有護がしてみせたように。

 業獣に対して無力な璃羽でも、狩人である燎良を支えられるのだ――と。

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