6-4 緑眼の真実と決着
「……燎良先輩、石楠先生。狩人じゃない人が業獣と戦うためには、どうすればいいですか」
はつり。小さな声で呟くような声量だったが、燎良と有護の耳にはしっかり届いた。
燎良も、そして有護も大きく目を見開き、璃羽を見つめる。
二人分の視線が璃羽へ注がれるが、璃羽は怯むことなく二人の顔を見つめ返し、言葉を続けた。
「私が二匹目の業獣を生み出してしまったのなら。私が私自身の嫉妬心から目をそらして、自分は花理に嫉妬なんかしてないって思い込み続けたのが原因なら、私が決着をつけないといけない」
だって、そうなのなら。
璃羽が無意識のうちに業獣『緑眼』を生み出していたのなら、花理だけでなく璃羽も今回の事件を引き起こした張本人といえる。
燎良に業獣を狩ってもらうのではなく、有護に守ってもらうのでもなく、他の誰でもない璃羽自身の手で決着をつけなくてはならない。
(――私は、私が無意識のうちに事件を引き起こした責任をとらなくちゃ)
緑眼を燎良ではなく、璃羽自身の手で狩ることで責任をとらなくては。
どれだけ怖くても、逃げ出したい気持ちになっても――ぐっとこらえて、恐怖に立ち向かわなくては。
恐怖を飲み込み、決意に満ちた声で燎良と有護へ語りかける。
まさか璃羽がこんなことを言い出すとは思っていなかったのだろう。ぽかんとした顔をしていた燎良だったが、だんだん険しい顔になっていき、はっきり眉間にシワを寄せた。
「……璃羽。お前、自分で何を言ってるのかわかってるのか?」
きんと冷えた燎良の声が、璃羽の胸に突き刺さる。
「確かにあれを生み出したのはお前だ。お前自身の手で狩ることで責任をとろうと考えるのもわかる。けど、つい最近までこちらの世界のことも知らなかった一般人のお前に何ができる?」
一言、また一言と言葉を発するたび、燎良の声の温度はより低くなっていく。
璃羽へ向けられる視線からも温度が失われていき、凍てつくような恐怖が璃羽の胸の中で渦巻いた。
「業獣は凶暴で、危険性が高い生き物だ。訓練を積んだ狩人でも油断をすれば命に関わる。あいつらは基本的に人間よりもはるかに強く、その気になれば人間一人簡単に殺せるような化け物だ。そんな化け物相手に、姫井璃羽。お前は何ができるっていうんだ?」
「……っ」
燎良が一言、一言丁寧に現実を突きつけ、璃羽の胸を深く貫いていく。
全て燎良の言うとおりだ。璃羽はつい最近まで業獣と狩人のことも知らず、表の世界で平凡に生きてきた。
燎良のように狩人として業獣と戦い続けてきたわけでもなければ、有護のように業獣に関する知識をつけてきたわけでもない。さらに言うなら、業獣と戦うための武器も防具も璃羽の手元にはない。
そんな璃羽が急に業獣と戦っても、何もできずに喰われて終わるだけだ。
(……今まで業獣のことを知らなかった人間が、急に業獣と戦っても勝てるわけがない。そんなの私が一番よくわかってる)
これまでも、璃羽は業獣と遭遇したとき、何もできずに震えていただけだ。
恐怖の対象を前に震え上がって、怯えて、燎良や有護に助けてもらうのを待つことしかできなかった。
いくら恐怖を飲み込んでも、一度根付いた恐怖そのものを乗り越えられるわけではない。決意一つで恐怖を乗り越えることができるのであれば苦労しない。
「……正直、先輩の言うとおりです。私は業獣に対して無力です。素直に答えるなら、今だって逃げ出したいです。私が業獣と戦おうとしても、何もできずに喰われるだけで終わるっていうのも……わかってる」
「なら」
「でも!」
燎良が何かを言う前に大声を出し、璃羽は彼の言葉を遮る。
「でも、それでも私は戦わないといけないんです!」
心に浮かんだ決意を、思いを、大声で吐き出す。
彼ら狩人からしたら決意と名付けただけの我が侭であろうその思いを。
「私が二匹目の業獣を生み出したのなら、今回の事件は私が引き起こした事件でもあります。私が自分の嫉妬心から目をそらし続けて、自分は嫉妬なんかしてないんだって思い込んで、そのせいで業獣が生まれた。具体的に何人の人が喰われたのかわからないけど、私は業獣を生み出して多くの人を傷つけた加害者です」
言葉を重ね、璃羽は自分自身の胸を手のひらで強く叩いた。
思っていたよりも強い衝撃が走り、わずかに咳き込む。それでも、璃羽が止まることはない。
「なのに、被害者ぶって燎良先輩と石楠先生に業獣の討伐を任せるなんて、そんなの私が一番許せないんです。私は私の手であいつを狩って、自分が無意識のうちにしでかしてしまったことの責任を取らなきゃいけないんです!」
凛とした璃羽の声が場の空気を震わせた。
こちらを見つめる燎良と有護から目をそらさず、璃羽は二人の言葉を待つ。
ほんの短い空白ののち、燎良が深い溜息をつく。何か言葉を紡ごうと彼の唇が動くのがやけにゆっくりとして見えた。
きっと璃羽の言葉を否定する言葉が向けられるだろうと、思わず身構える。
けれど。
空気を震わせたのは燎良の声ではなく、静かに場を見守っていた有護の声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます