6-3 緑眼の真実と決着
「燎良、先輩……? 待って、一体、何を……言ってるんですか……?」
言葉を紡ぐ唇がわずかに震えているのを感じる。
唇だけでなく声も震えており、璃羽が驚愕しているのをその場にいる全員へ伝えていた。
二匹目の業獣『緑眼』が誕生するきっかけになったのは――璃羽だなんて。突然告げられても、素直に飲み込むことができなかった。
「違う……何かの間違いのはずです。だって、私は……私は、誰かを強く憎んだり妬んだりしたことないはずですし……。それに、花理のときみたいな状態にもなってないです。燎良先輩も、私の様子がおかしくなった瞬間を見たことないでしょう?」
片手を胸に当て、璃羽は燎良へ主張した。
手のひらの下、胸の奥にある心臓が驚愕や緊張、信じられないという思い、強くショックなどさまざまな感情から早鐘を打っている。
そうだ――自分であるはずがない。業獣の宿主になってしまうほどの感情を抱えた覚えもなければ、そのきっかけになる感情を強く抱いた覚えもない。
それに何より、璃羽は業獣と遭遇した日から今日まで、花理のような状態になったこともない。仮に璃羽の様子がおかしくなっていたら、燎良と有護がすかさず反応していたはずだ。
自分は業獣の宿主になる条件を満たしていない。必死に主張する璃羽の目の前で、燎良が静かに首を左右に振る。
「そうだな。確かにお前の様子がおかしくなったことはない」
「なら……」
「でも。お前は、お前の幼馴染のことを全く羨ましがったことがないと、胸を張って言えるか?」
燎良の手が静かに動き、璃羽を指差した。
「お前たちは幼馴染だ。お互いに持っていないものを見せつけられながら過ごしてきたといえる。その中で、姫井璃羽。お前は幼馴染を一度も羨ましがったことはないと言えるか?」
「それ、は……」
反論のために発そうとしていた言葉が、璃羽の胸の中へ落ちていく。
幼い頃から、誰よりも近くで花理という少女を見てきた。
璃羽と異なる魅力に溢れ、可愛らしくきゃらきゃらと笑う彼女。璃羽が不得意なことも簡単にやってみせる彼女の姿は、いつだって眩しく映った。
幼馴染であると同時に憧れでもあるけれど――黒い感情を全く乗せていない目で花理を見つめていたかと問われれば、首を縦に振ることはできない。
「嫉妬と言うとドロドロした感情のように見えるが、極論を言ってしまえば『羨ましい』という思いも一種の嫉妬だ。お前は別物と考えていたようだが、幼馴染に嫉妬していた」
「……そんな、はず……」
こちらを真っ直ぐ見つめる燎良から目を離せない。
目をそらしたくても――他の誰でもない燎良の目が、そらすことを許さない。
そんなはずはないはずだと頭の中では思っていても、璃羽の喉からその一言が出てくることはなかった。
(私は、花理に嫉妬してた?)
違う。羨ましいと思ったことはあれど、花理を妬んだことなんてない。
けれど、燎良は羨ましいという思いも嫉妬に含まれると先ほど口にしていた。
(でも、もしそうだとしたら……なんで、私は花理みたいにおかしくなってないの?)
認めたくないけれど、もし本当に璃羽が業獣を生み出せるほど花理に嫉妬の感情を向けていたのなら、花理と同じ状態になっていてもおかしくない。
しかし、璃羽は狂おしいほどの感情に悩まされたことはない。周囲からおかしな目を向けられたこともなく、至っていつもどおりに過ごしていた。
璃羽が心の内に抱いた疑問に答えるかのように、燎良が言葉を重ねる。
「……多分、無意識のうちに目をそらしてたんだろ。嫉妬してるなんて現実、認めたくないと思う奴がほとんどだ」
今の璃羽のように。
現実を突きつけられ、ぎゅうと璃羽の胸が強く締め付けられる。
嫉妬は誰にでもある感情だ。好ましい感情ではないため、誰もが目をそらしたがる。
璃羽も、無意識のうちに己が花理へ嫉妬している現実から目をそらしていた――だから、自分は嫉妬していないと思いこんでいる裏側で、花理への嫉妬心は業獣を生み出せるほどに膨れ上がっていた。
そんなことがあるのかと叫び認めないと首を振りたかったが、そうしたいと思うことこそが嫉妬していたのが事実であると物語っているようだ。
(……私は、花理に嫉妬してた)
心の中で突きつけられた現実を復唱する。
認めたくないと内なる自分が何度も大声で叫んでいるが、花理に嫉妬していたのなら璃羽も今回の事件の引き金になったといえる。
業獣を生み出し、周囲の人々や――家族や花理を危険にさらしたといえるだろう。
苦しいけれど。素直に認めたくない気持ちも変わらずにあるけれど。
目をそらし続けていれば、璃羽の心の裏にしまわれた感情に反応して新たな業獣が誕生してしまう可能性がある。そうしたら璃羽の家族や花理の家族、そして何より大事な幼馴染である花理が業獣に目をつけられてしまうかもしれない。
(私が、終わらせなくちゃ)
幼馴染に嫉妬なんてしたことがない自分という夢から覚めなくては。
璃羽にとって大事な存在を守るためにも。
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