3-3 与えられた救いに手を伸ばす
璃羽も燎良に協力し、共同で業獣を狩ると決定してからの燎良の行動は早かった。
まずは改めて業獣について璃羽に説明し、これまで――といってもまだ二度しか遭遇していないが、これまで璃羽が業獣と遭遇した際の状況から、今回の業獣の出現条件の予想をした。
どういった点に気をつければいいか、もし思いがけない状況で遭遇した場合はどうしたらいいか、そういった点まで説明してくれたので、裏側の世界に潜んでいるものについてほとんど知らない璃羽からすると非常に助かった。注意点を何も知らないのと、注意点をいくつか知っているのとでは精神的に大きく異なる。
教えてもらったことを片っ端からメモしていき、一段落ついたところで、ふと璃羽が口を開く。
「そういえば……業獣の宿主ってどうやって探せばいいんですか? 何か普段と様子が違うとか、そういうのってあったりします?」
業獣が狙う人間、業獣に狙われる人間には法則性があった。
では、業獣の宿主にも何らかの法則性や特徴が存在している可能性があるのではないか。
そう考えて燎良へ尋ねてみると、彼は一瞬驚いたように目を丸くした。
「まあ、あるにはあるけど。慣れないうちから、その可能性に気づくのはちょっと驚いたな。狩人になる才能があるんじゃない?」
「もしかして、って思って……そんな、私には先輩のように戦う覚悟も才能もありませんから」
そういって、璃羽はへなりと苦笑いを浮かべた。
狩人になる才能があるかもしれない――と褒められるのは少しばかりくすぐったい気持ちになるが、燎良のように得体のしれない化け物を相手に戦う覚悟は璃羽にはない。彼を手伝うと決意したが、だからといって狩人になる道を選べるほど、璃羽の心はまだ固まっていない。
(……嫌になるなぁ、自分が)
覚悟をしたつもりで、けれどまだ大事なところでは覚悟しきれていない。
ずるずると覚悟をしたつもりにばかりなっている己に対して嫌悪感を覚え、璃羽はひっそりとため息をついた。
璃羽のそんな内心を見抜いたかのように、燎良が口を開いて言葉を発する。
「別に、そこまで深く考えすぎないでもいいと思うけど。お前はずっと一般人だったんだから」
「う……それは、まあ……」
そうなんだけれども。なんとも言えない感情が胸の中に広がり、璃羽は視線をあちらこちらに向けた。
燎良はそんな璃羽の様子を少しの間見つめていたが、やがて小さく息を吐き、口を開いた。
「……ま、一旦置いとくか。それは」
一言、そう呟いてから燎良は本題に入る。
「宿主となる人間の特徴だが、業獣の宿主になったときは特定の感情が大きく増幅されることが多い。どの感情が増幅されるかは業獣によって違うから、一概にこうだとは言えないが……その影響で、普段とは異なる振る舞いをすることが多い」
「普段とは異なる振る舞い……」
「これは俺が今まで確認した例だけど。具体的には攻撃的になる、無気力になる、異常に涙もろくなる……そういった変化だ。わかりやすいのは攻撃的になる変化だけど、涙もろくなったときは見分けるのに苦労したな」
自身の記憶を探るように、視線を宙へ向けながら燎良は例をあげた。
彼の唇から紡がれた言葉をしっかりと記憶に焼き付けながら、璃羽は相槌を打つかのように小さく頷いた。
何の変化もあらわれないのなら見極めるのは大変だが、そういった変化があるなら素人の璃羽でもなんとか見分けることができるかもしれない。
(わかりやすい変化だったら助かるんだけどなぁ)
こればかりは、周囲の人間にいつも以上に注意を向け、実際にどのような変化が起きているのか確認しなくてはわからない。
小さく深呼吸をしてから己の頬を軽く叩き、璃羽は自分自身に気合いを入れる。
勢いよく叩いた頬は少しヒリヒリしているが、その痛みが璃羽の背筋を伸ばしてくれるかのようだった。
「わかりました。教えてくれてありがとうございます、先輩」
「別に。協力をお願いしてるのはこっちだし、そっちはこっち側の世界に慣れてないだろうし。また何か気になることがあったら答えるから」
そっちも情報を手に入れておいたほうが安心して宿主探しができるでしょ。
最後に言葉を付け加え、燎良が立ち上がる。
璃羽も彼の動きに合わせて立ち上がれば、燎良の赤い瞳がこちらへ向けられた。
「今回の業獣狩りがどれくらいかかるか、わからないけど。これからしばらくよろしく、姫井」
燎良の手が璃羽へ伸ばされ、彼の口元が緩く弧を描く。
目をぱちくりとさせていた璃羽だったが、やがて燎良の笑みにつられるかのように緩やかに笑みを浮かべた。
「……はい。こちらこそ、しばらくの間よろしくお願いします。立藤先輩」
差し伸べられた燎良の手に自分の手を重ね、軽く握る。
璃羽の手を包み込む燎良の手は、どこか大きく感じられて――独特な安心感を璃羽に与えた。
「先輩の助けになれるよう、私も頑張りますから」
だから、どうか――こちらのことも助けてほしい。
声には出さなかった思いだが、それを見抜いたかのように燎良がゆるりと目を細めて笑みを深めた。
「俺を誰だと思ってるんだ。……大船に乗った気持ちでいていいよ」
必ず、助けるから。
はつり。呟くようにその一言を付け加え、燎良はどこか好戦的に見える笑みを見せた。
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