3-2 与えられた救いに手を伸ばす
凛とした燎良の声が、璃羽の中で渦巻いていた恐怖や不安を打ち払っていく。
「あれの力量は前にやりあったときに大体理解できたし、こっちが傷を負わせてるから有利をとれてる。問題なく狩れると思うけど」
一度言葉を切り、燎良はじっと璃羽を見つめてくる。
見定めようとするような、何かを見極めようとする目つきに、わずかに怯みそうになる。
だが、ここで怯むわけにはいかないと己に何度も言い聞かせ、璃羽はじっと目の前の相手を見つめ返した。
わずかな空白ののち、ゆるりとした動きで燎良の手が璃羽を指差す。
「あれを確実に狩るには、お前の協力が必要だ」
「……私の、ですか?」
ゆったりとした動きで燎良の頭が上下に揺れる。
「今、業獣はお前をターゲットにしている。お前の周囲に再び現れる可能性が高いから、お前の協力が必要不可欠だ。それから、今回現れた業獣の宿主と思われる人間を探すのも手伝ってほしい」
「業獣の宿主と思われる人って……そんなの、探せるんですか?」
璃羽を悩ませている業獣を狩るために、璃羽の協力が必要というのは――まあ、わかる。ようは囮になってほしいということだろう。囮と考えると素直に頷き難い心境になるが、業獣を呼び寄せるにはもっとも手っ取り早い方法というのは理解できる。
だが、あの業獣の宿主になった人間を探すなんてこと、本当に可能なのだろうか。
疑問と不安で首を傾げた璃羽へ、燎良が答える。
「説明しただろ。業獣は自身を生み出した宿主や宿主周辺にいる人間を襲って喰らうって」
「あ……」
彼が口にした一言を耳にした瞬間、璃羽の記憶がよみがえった。
そうだ、確かに彼は言っていた。業獣がどのような存在なのか説明してくれた際に、業獣がどのような人間を捕食対象として選ぶのか。
宿主か、宿主の周辺にいる人間を捕食対象に選んで喰らおうとする――これを踏まえたうえで考えれば、おおまかな範囲を絞り込むことができそうだ。
璃羽がすでに業獣と遭遇し、襲われていることと業獣が狙う対象を照らし合わせて考えたのち、璃羽はゆっくりと口を開いた。
「……私の身の回りにいる誰かの可能性が、ある?」
はつり。導き出した答えを小さな声で呟いた。
吐き出された声は普段の声量よりもはるかにか細いものだが、静まり返った美食部の部室の中では問題なく聞き取れるものだった。
「ただの予想でしかないけど。俺もその可能性が高いとみてる」
璃羽が導き出した答えに同意を示し、燎良はもう一度頷いた。
「俺たち狩人の仕事は業獣を狩ること。そして、業獣から人を守ること。お前を喰えないと判断したら、今度は宿主を狙うかもしれない。だから、お前には宿主と思われる人間を見つけて、誰を守ればいいのか明確にするのを手伝ってほしい」
「……もし、私の予想が間違っていた場合は?」
吐き出した言葉は、璃羽が真っ先に感じた不安だ。
璃羽の周囲にいる誰か――とざっくり絞り込めても、そこから誰が宿主なのか詳細に絞り込むには情報が足りない。もしかしたら、璃羽の予想が間違っていたがばかりに助けられるはずだった人を助けられなかったという結果に終わってしまうかもしれない。
身の回りにいる人間がそのような結末を迎えたら、きっと璃羽は後悔してもしきれない。
不安を吐き出した璃羽へ、燎良は無言で見つめてきてから口を開く。
「そのときはそのときで、なんとか間に合わせるしかない。何、俺もお前に完全に任せっきりにするつもりはないよ。自分のほうでも情報は集めておくから、お前の判断と集めた情報を元に考える」
それなら――それなら、まだ気が楽かもしれない。
璃羽の判断が完全に物を言うなら、業獣に出会ったばかりの自分が宿主探しだなんて絶対に対象を間違えてしまう。だが、璃羽だけでなく狩人として業獣と何度か遭遇していそうな燎良の判断もそこに入るのなら、宿主を間違えてしまう心配はぐっと少なくなりそうだ。
(緊張するし、不安なのはやっぱり変わらないけれど)
何かをしてもらうには、それ相応の対価が必要になる場合があることも、璃羽は理解している。
時間にしてほんの数分という短い間考え込んでいた璃羽だったが、やがて弱々しく首を上下に振ってみせた。
「……それなら。それなら、どこまで力になれるかわかりませんけど……お手伝い、します」
だから。
「……だから、どうか。どうか、助けてください」
お願いします。
言葉を最後に一言付け加え、璃羽は深々と頭を下げた。
頼れる先は燎良しかいない。業獣の存在なんて、他の人はみんな信じないに決まっている。
不安で揺れる声に己の願いを込めて発すると、目の前にいる燎良の雰囲気がほんのわずかに和らいだように感じられた。
「もちろん」
間髪入れずに燎良の声が返り、璃羽の頭にふわりと何かが触れる。
頭を下げた姿勢のままのため、何が己の頭に触れたのか即座に理解できなかった。右へ左へ緩やかに触れた何かが動き、そこでようやく燎良に撫でられているのかとわかった。
わずかに璃羽が顔をあげると、ほんのわずかな優しさを滲ませた燎良と目が合った。
「裏側の世界のことを何も知らない人間を業獣から守るのが、狩人に与えられた役目だ」
出会った直後は不気味で恐ろしいものに見えた赤い瞳も、今はこんなにも優しいものであるように映る。
「その依頼、引き受けた」
ああ――この人はきっと、己の助けになってくれる。
確信を得ると同時、璃羽の心はようやく不安や恐怖の呪縛からほんの少しだけ解放された。
「ありがとう、ございます」
助けてくれるとそういってくれたのだから、己もこの人がスムーズに業獣を狩れるように頑張らなくてはならない。
もう一度深々と頭を下げながら、璃羽は一人、静かに決意した。
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