日曜日:2
勝利の甘い余韻も長くは続かなかった。
唯一の照明だった電球が、ミミズの尾をぶつけられて砕け散ったらしく、地下室は真っ暗になってしまった。
そして問題は照明だけではない。
「ねえ、これって私たち閉じこめられたんじゃないかしら」
「わかってる、わかってるけど」
「どうしましょう。どえらいことになったわ」
ミミズが扉に何度も体当たりしている。
俺たち人間が閉じこめられ、ミミズが外から見張る。立場が完全に逆転した。
いつ果てることなく体当たりが続いたが、やがて静かになった。
何分か、何時間経ったのかもわからない。
さすがのミミズも飽きてどこかへ行ったのではなかろうか。
扉を開ける。
ミミズが鎌首もたげて涎をだらだら垂らし待ち構えていた。
扉を閉める。
「思いっきりそこにいたぜ」
「終わった。私たち終わったわ」
夜はどんどん更けていく。電波は圏外のため、携帯電話を使って外部へ助けを呼ぶことはできない。でも時計の代わりにはなる。
冴子は床に転がって、膝を抱え込みながら眠り始めた。
俺はとりあえず自衛手段を講じることにした。もしミミズが扉を押し破って入ってきたらどうするか。あのマシンガンを手元に置いておくべきだ。
いまや日常的な動作のごとく塀を登って、下をのぞき込む。血と糞の臭いに顔をしかめながら、暗闇のどこにマシンガンが落ちているか、目星をつけた。あれを拾うためには、汚物のプールに足を突っ込まなければならない。幸いスーパーのビニール袋が二つあったので、それで靴ごと足を包んだ。
慎重に堀の中へ降りると、手探りでマシンガンを見つけた。タオルを風呂敷代わりにして重たい凶器をくるむと、また堀を登る。
なんとか武器を手に入れた。
携帯の明かりで照らしながら、タオルやティッシュを何枚も使って血まみれのマシンガンを拭いていく。この銃は、かなりの部分がプラスチックのような素材でできていた。まるでおもちゃみたいだ。子どもの頃遊びに使っていた水鉄砲を思い出す。
殺し屋のバックパックも身に寄せておいた。中を確かめてみると、何個もの手榴弾、予備の弾丸らしき物でいっぱいだ。隙間を見つけて、血がこびりついて取れないマシンガンを突っ込んだ。
どっと疲れが押し寄せてきた。もう眠ってしまいたい。
そうだ、もう眠ってしまおう。少なくとも今夜は家に帰ることができない。明日の学校はどうしようか。制服着てるからいいけれど、教科書は何冊か家に置いたままだ。授業中は佐々木あたりに見せてもらわなければいけないな。
「あなたへの恨み、忘れたことないわよ」
突然の一言だった。
「え」
冴子のいる方向を見るが、闇しか見えない。
「覚えてる? あなたは私を無視した。中学のとき、帰り道で」
もちろん覚えているとも。そう言いたかったが、唇が麻痺したように動かなかった。
「あなたが無視した気持ちもわかるわ。明るい未来、輝かしい青春。そんなの私にはないからね。みんな、みんな、判で押したような理想の人生を押しつけられて、それに従って生かされてる。それができない私はどうすればいいの?」
目の前の濃密な闇の中に、俺の知らない冴子がいる。
「なんで私はこうなったのかわからない。いつの間にか私は私になっていた。なぜ私はこんなに醜いの? あいつらは太陽の下で楽しそうに歩いて、笑顔の仮面を張りつけて笑っているのに。私はこの暗くて臭い地下室だけが居場所で」
俺は何も言えない。
「私はあいつらとは違う。この地下室にいる間は、私が私であることが許される。あのミミズは私よ、私自身よ。暗く湿ったところでずっと生きてきたのね。思いっきり大きく育ててやる。全員喰い殺してやる。みんな死ね。みんな糞になってしまえ」
「俺のことも殺したいと思うか」
からからになった喉を絞って、ようやく発することができた言葉がそれだった。
「そうね。ミミズに喰わせるのも悪くないと思ってるわ」
そう冴子は言った。
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