第三話「この先生っての、ヤバ過ぎるわ!」
第三話
「うーん、やっぱり教室で受ける授業は新鮮でいいねぇ!」
「吹雪さん、半分くらい寝てませんでした……?」
入学式に始まった新学期ムードも、四月半ばにもなれば大分薄れてくる。授業も滞りなく開始し、吹雪たち一年生も高校という新しい環境に慣れる頃だ。
「さーて、今日も張り切ってバトルドール・ガールズやるぞぅ!」
「こんにちは。真理先輩、いますか?」
そんなある日の放課後。吹雪と美空はいつも通り、BDG部の扉を開ける。すっかり部活動としてバトルドール・ガールズにハマった吹雪は放課後に部室へと向かう、いつも通りの日常。だが――――
「ん? 誰デスか、オメーらは?」
そこ居たのは――――
「……な、なんで幼女が?」
「吹雪さん、幼女とは満一歳から九歳くらいの女の子を差します。この子は身長、体型から察するに13歳くらいなので少女と呼ぶべきですね」
「だーれが幼女とか13歳から始める超絶美少女デスか。全く、初対面の人間に失礼なこと言う奴らデス」
「や、誰も美少女とは言ってな……」
ぷんすこ頬を膨らます幼女……もとい、少女。
彼女は少し癖っ毛のブロンドを背中の中程まで伸ばし、リムレスタイプのシャープな印象がする眼鏡を掛けている。瞳は綺麗な蒼で、顔立ちもどこか日本人離れした美人だった。
美空が言ったように身長と体格は小柄で、確かに中学生くらいにしか見えない。学生服ではなく普通の洋服の上に実験で使うような白衣を羽織っており、服装から言ってもこの学校の生徒ではなさそうだ。
一体、彼女は何者なのだろうか。
「あら、先生。もういらしてたんですね~」
そこに現れたのは真理だった。今日もほんわか、彼女が現れた瞬間にほわほわした空気が流れる。
「あ、真理センパイ! こんにちは!」
「こんにちは真理先輩。今日も良い天気ですね」
「吹雪ちゃん、美空ちゃん、こんにちは。今日は暖かいわね〜」
部室に入り、スクールバッグをいつもの所に置く真理。そんな彼女を横目で追いながら、白衣の少女は吹雪と美空の方を親指でクイと指す。
「遅いデス、愛宕。ところてコイツら誰なんデス?」
「先生、話したじゃないですか〜? 新入部員ですよ」
「あー、そういやそんな話もあったデスね。すっかり忘れてたデス」
「真理先輩、この方は一体……?」
「あら、美空ちゃんたちはまだ知らなかったかしら? この人はね、バトルドール・ガールズ部の顧問の先生よ」
「ふむ、私が先生デス。きちんと年上は敬うデスよ」
いつの間にか回転椅子に座りふんぞり返る、先生と呼ばれた少女。いや、女性。
「……このちびっ子が?」
「先生……?」
吹雪は思わずポカンと口を開け、美空も目をシパシパと瞬いてしまう。
「オマエら、ほんっとーに失礼な奴らデスね……」
「あ、あのね〜? 先生はね、見た目は
「おい愛宕、オマエもデスか」
「いやだって!? 先生って言ってもこんなに小さくて可愛いんですよ?!」
「小さいは余計デス。あと可愛いじゃなくてセクシーって言い換えるデス」
「このツヤとハリ……肌のきめ細やかさ……どう見ても私達より若くありませんか?」
「そりゃあもう、お肌のお手入れはしっかりしてるデスから。具体的には極力外出せずに日光浴びないようにしてるデス。おい今誰か引き籠もりって思ったデスか?」
「と、とりあえず先生、自己紹介でもしてみては〜?」
真理の勧めもあり、先生と呼ばれた少女は椅子からぴょんと飛び降りる。そして小さい身体で仁王立ちになると、その可愛らしい口を開いた。
「まったく、仕方ねーデス。よっくその耳をかっぽじって聞くデスよ。私は……プライベートな事も含めてその辺は秘密デス。とにかく、先生と呼ぶが良いデス。それで皆に通じるデスよ」
先生だから先生……? それに何故名前を教えないのだろうかと吹雪と美空は疑問に思うが、先生から漂う「絶対に教えないデス」というオーラを感じ取る。彼女たちは空気が読める良い子なのだ。
「担当教科は物理と理科基礎、それとAI基礎。こう見えてもピチピチの26歳、独身デス。どこかに超絶イケメンでMIT卒クラスの知識と教養を持っていて、なおかつ都内の一等地に億ション持ってるような男は知り合いにいないデスか?」
「えっと、私は神代吹雪です! よろしくお願いします、先生! あと、男の人の知り合いは少ないので、そんな人は知りません!」
「そんな完璧超人、知り合いどころか地球上にいる確率はかなり低いと思います。申し遅れました、私は葛城美空です」
「うむ、苦しゅうないデス。ところで、お前らもBDG部ならいる筈デスよね?
その言葉にああ、と頷く二人。急いでカバンの中から、ケースを取り出した。
「この娘が私のドール……フレイスヴェルグです。ほらヴェルグ、先生に挨拶して?」
「初めまして、フレイスヴェルグです。気軽にヴェルグちゃんと呼んで、先生」
「ん、よろしくデス。ヴェルグちゃんはなかなか気合入ったカスタムが施されてるデスねー。それにAIもかなり弄ってるデスね?」
「! 凄い……こんな短時間で分かるんですか?」
「ふっふっふ、伊達に人工知能や機械工学を教えてるわけじゃないデス。感情制御と思考系はオリジナル……? 戦闘系は流石にバトルを見ないと分からないデスねー」
「はい、素体と武装、それとAIの人格はイチから自分で組んでみました。でも戦闘系はまだあんまり……」
「いや、これだけ手が加えられてるのは凄いデス。お前、美空と言ったデスね? こいつぁ将来が有望デス!」
「そう、マスターはとても優秀で凄い。もっと褒めて」
先生と美空、そしてフレイスヴェルグは互いに顔を合わせてニヤリ、と笑う。どうやら一瞬にして意気投合したようだ。
「美空とヴェルグちゃんばっかりずるいよ! 私の叢雲ちゃんも凄いんだからね!」
「ちょっと、誰があんたのモノになったのよ。あくまで私達は(仮)の関係でしょ」
先生が振り向くと、そこには吹雪の手のひらに足を組んで座っている叢雲が。それを見て先生は興味深そうにジロジロと観察する。
「んん……? これは……?」
「あっ、ちょっと! 勝手に触らないでよ! ヤダ、ヘンタイ!」
引ったくるように先生は叢雲を手に取ると、右から左から、前後と上下も隈なく、かなり無遠慮に見ている。が、流石に袴の隙間から
「あ、あの……先生? あんまり無茶しないで……?!」
「なんなの! この先生っての、ヤバすぎるわ! 初対面のドールをこんなにジロジロと無遠慮に視姦して! あ、挙句に服を脱がそうとするだなんて!」
「んー、このドールはお前が組んだんデスか?」
「いや、そうじゃなくって叢雲ちゃんに乱暴な事は……」
「この叢雲ちゃんはね、先生。部室に保管されてた眠り姫だったのよ〜。たぶん、かなり前の先輩が残していったんだと思うわ」
「あ、はい。なので誰が組んだのかも分からないんですが、この前、偶然私が起動しちゃって……それからマスターやらせて貰ってます!」
「あくまで仮って言ったでしょ! っていうかいい加減に離してよ!」
「はぁ、なるほど……それで……デス」
「どうしたの〜先生? そんなに叢雲ちゃんが気になるんですか〜?」
「いや、コイツは凄いデス。この叢雲ってドール、素体は第一世代デスよ、きっと」
「へ? 第一……?」
「本当ですか? でもこの前のバトルではそんな風には見えませんでしたけど」
「でも確かに現行モデルをカスタムしてるようには見えないわね〜」
美空たちは先生の話を理解しているようだったが、吹雪と叢雲はなんの事やらと首を傾げる。
「なんデスか、第一世代も知らずにBDGやってるデスか。あのデスね、バトルドール・ガールズは素体の技術レベルで大きく三つの世代に分けられるデス」
「三つ、ですか」
「そう、現行モデルは第三世代。これは高出力軽量の全固体電池と、人工筋肉とも言えるアクチュエータが最新のモデルを使用してるデス。それとAIをカスタムする為のメモリー容量が大きいのも特徴デスね」
「そして第二世代はそれまでと比べてAIの処理機能が格段に上がった世代です。この頃からBDGがeスポーツとして認知されてきましたね」
「と、言うことは……?」
「ええ、第一世代はBDGの初期も初期、第三世代と比べると……ね?」
「はっきりいって、月とスッポンくらい差があるデス」
「月に叢雲……?」
「花に風。そのことわざ、意味が良くないから私は嫌いよ」
「でも、この前のアルテミスちゃんとはいい勝負だったよね。アルテミスちゃんとヴェルグちゃんは第三世代なんでしょ?」
「そうですね、というか……今のドールはほぼ全て第三世代とみて間違いないです。ごく稀に、第二世代を愛用してる方もいらっしゃるとは思いますが……」
「ま、第一世代なんていう骨董品、好き好んで使うやつはいないデスね」
「誰が縄文土器よ! 誰が!」
「誰もそこまで言ってねーデス……」
ぷんすこと頬を膨らませる叢雲。そして相変わらず彼女をジロジロ眺めている先生についてはもう諦めたようだ。
「でもまぁ、このカスタムは本当に凄いデスよ。たぶん、十年以上も前のカスタムなのに、今の技術と遜色ないレベルで仕上がってるデス。AIもこの受け答えから察するに第三世代並の魔改造が施されてるとみて間違いないデス」
「ま、魔改造って……」
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