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叢雲は駆ける。その速度を以て渾身の一撃を放つために。
アルテミスは構える。その一撃を完全に防ぎきるために。
「叢雲ちゃん……!」
「アルテミス……!」
吹雪と真理は相棒のドールを信じる。それがどのような結果になろうとも。
(速い……! でも、そんな直線的な動きでは簡単に見切れますっ!)
アルテミスは眼前に迫る叢雲の動きを見切る。真理とのトレーニングや、武装のカスタマイズ、AIの調整を施された彼女にとって、これくらいの動きを把握するのは容易いことだった。
手にした実体剣で叢雲ごと大剣を後方に受け流す。あの速度ならばそう難しいことではない。即座に反転し、がら空きになった背中へ一撃。これで勝敗は決するだろう。いつの間にか白熱したバトルは、初心者である二人に対する手加減を忘れさせていた。
「私を……舐めるなぁっ!」
突如、叢雲が叫ぶ。裂帛の気迫と共に、彼女は地面に落ちていた四角い何かを思い切り蹴り飛ばす。それはフレイスヴェルグが設置した、ミサイルコンテナの一つだった。
「な、なにを?!」
そのコンテナは衝撃で誤作動を起こし、残っていたミサイルを一発だけ上空に向けて発射する。それを待っていたとばかりに、叢雲はタイミングを合わせて跳躍した。
「叢雲ちゃん?!」
「危険です、叢雲さん!」
吹雪と美空が心配するのを余所に、叢雲は発射されたミサイルを足蹴にする。その瞬間、弾頭の信管が作動して爆発してしまう。
だが、叢雲はその爆発の勢いをも利用してさらに高く飛翔する。高く、高く。そして、まるで雲のように広がった爆発の煙を突き破り、落下していく。
「まさか、これを狙ってっ?!」
「アルテミス、危ないわ! 避けて〜!」
真理は回避を指示するが、もはや間に合わない。咄嗟に実体剣を上空に構え、恐るべき落下速度を味方につけた叢雲を迎え撃つしかないとアルテミスは判断したのだった。
「喰らいなさい!」
「ぐぅぅっ!」
渾身の力を込めて大剣を振り下ろす叢雲。それをなんとか受け止めたアルテミスは足元の地面がいくらか陥没してしまい、思わずバランスを崩しそうになってしまう。
「ふ、ふふっ! 叢雲さんの一撃は受け止めました! これで私の勝ち……!」
「あら、それはどうかしら?」
ニヤリ、と笑った叢雲。相対するアルテミスは負け惜しみにしては様子がおかしいと思ったその瞬間。
バギ。
嫌な音が響き、アルテミスの持っていた実体剣が真っ二つに折れてしまったのだ。
「なっ――――」
「訂正なさい。
そして、叢雲の大剣はアルテミスの装甲を叩き斬り、本体へとダメージを与える。
ビビー!
大きなブザー音がフィールドから鳴り響く。アルテミスが撃破されたことにより、バトルモードが終了したのだ。
「……もしかして、叢雲ちゃんたちが勝ったの?」
「そうですよ吹雪さん。私達の大勝利です」
きょとんとした吹雪に美空が手を取り、嬉しそうに微笑む。
「やったー! 勝ったんだー!」
「まったく……誰のお陰だと思ってんのよ」
「戦闘終了。ヴェルグちゃんのレベルがアップ」
と、フィールド上の風景が消え去り、元の真っ白な平面に戻ったなかを叢雲とフレイスヴェルグがマスターの下へと戻ってきた。
「あんた、ドールにレベルなんて概念ないでしょうが」
「バレた。テヘペロ」
「叢雲ちゃん、ヴェルグちゃん、お疲れ様!」
「二人ともよく頑張ってくれました」
吹雪と美空はそれぞれドールを手のひらに乗せ、彼女らを労う。吹雪の言葉に少しだけ頬を染めている叢雲、美空の指先で頭をナデナデされて嬉しそうなフレイスヴェルグと、それぞれドールとマスターの信頼関係は見ての通りだ。
「うう、負けてしまいました……」
「まぁまぁアルテミス、今回は彼女たちに花を持たせてあげましょう~? 私達は先輩なんだから!」
「あ、真理センパイ!」
「先輩、お疲れ様でした」
ドールをフィールドに降ろし、二人とフレイスヴェルグはペコリとお辞儀する。叢雲は勝って当然とばかりにふんぞり返っているが。
「はい、二人ともお疲れ様〜。凄く盛り上がっちゃって、二人が初心者だって事をすっかり忘れちゃってたわ〜! で、どうだった~? バトルドール・ガールズ、面白いでしょう~」
「ええ、初めてなのにこんな楽しめました! 真理センパイのお陰です!」
「私も、カスタマイズばかりじゃなくてバトルするのも良いって思えました。ありがとうございます」
「うふふ~、二人に喜んでもらえて私も嬉しいわ~!」
と、ここで真理は後ろ手に隠していた紙切れを二人の前に差し出す。
「でね~? ちょーっと二人に相談なんだけど~?」
「は、はい?」
「なんでしょうか?」
「あのね~? このBDG部は将来有望なマスターとドールをいつでも募集してるの~。二人は素質があるし、何よりドールとの信頼関係が凄く素敵だと思ってね。どう? ウチの部活に入ってみない~?」
突然の勧誘。なるほど、多少強引にでもバトルをしてみようというのは
「どうします? 吹雪さん。私は他の部活動を見てからでも遅くはないと思いますけど……」
「…………」
美空の言葉を聞いているのか、いないのか。その視線は叢雲へと注がれていた。
「……何よ」
「いや、その……私は叢雲ちゃんさえよければ、BDG部に入りたいなぁーって……だって、叢雲ちゃんはすごく可愛いし、さっきのバトルだってとってもカッコよかったし……ダメかな?」
その言葉に叢雲はプイと顔をそむける。しかし、頬と耳が真っ赤になっているのが丸わかりだ。
「ふ、ふん! 私は別にどっちでもいいんだけど?! あんたがどうしてもって言うなら、本当に仕方なくなんだけど……いいわよ」
「本当?! 叢雲ちゃん!」
「し、仕方なくなんだかね?! そこんところ勘違いしないでよねっ!」
「叢雲からとてつもないツンデレパワーを確認。マスター、このままではヴェルグちゃんのツンデレセンサーが壊れる」
「誰がツンデレよっ! 誰が!」
「叢雲ちゃん、私は分かってるよ! 叢雲ちゃんはちょっぴり素直じゃないだけなんだよね!」
「あんたは黙ってなさい!」
「しょぼん……」
「ふふふ、お二人は本当に仲が良いんですね」
「同意。ヴェルグちゃんとマスターくらい仲良し」
「ち、違っ! こいつが……!」
わたわたとしだす叢雲を見て思わず笑い合う。その柔らかい雰囲気に叢雲も悪い気はしないらしく、やはり顔を赤くしたままでちょっと困り顔をしていた。
「えと、真理センパイ! 改めてなんですが……私、バトルドール・ガールズ部に入部します! したいです!」
「あらあら、ありがとうね〜!」
「……私も、私も吹雪さんと一緒に入部します。ヴェルグもその方が嬉しそうですし」
「二人とも、ありがとう~! やったわね、アルテミス!」
「ええ、これで
「え???」
「あの、真理先輩……それってどういう」
思わず固い表情になってしまう吹雪と美空。今、アルテミスが呟いた単語は廃部……つまり、この部はひょっとしたら消滅していたかもしれなかったということだ。
「ア、アルテミス! 駄目じゃないの~!」
「あわわ、ごめんなさーい! 真理~!」
真理とアルテミスは慌ててどう取り繕うか焦っている。しかし、傍目にはわたわたと右往左往してるに過ぎなかった。
「真理先輩、廃部は免れたってことはひとまず安心しても良い状況なんでしょうか?」
「美空……?」
「え、ええ……ごめんなさいね〜、本当は最初に話すべき事だったんだけれど」
そう言うと真理は深く丁寧にお辞儀をして二人に謝る。しかし吹雪たちも別に責めるつもりはなく、どうしていいのか分からず困っていた。
「BDG部はね〜、去年卒業した先輩がいなくなって今は部員が私一人だけなの。それで今年の六月までに部員が三人以上にならないと部活動として認められなくなっちゃうところだったの〜」
「そのために私と美空を勧誘しようと……」
「本当にごめんなさいね~? もし、嫌だったら入部しなくていいのよ? 悪いのは私だから……」
その言葉に、吹雪と美空は目を合わせる。二人とも、どうやら考えは同じようだ。
「いいえっ! 私は入部します!」
「はい、私もです。それに私達が入部することで廃部の危機が無くなるのなら、丁度いいですしね」
「ふ、二人とも~!」
思わず涙目になりながら真理は二人に抱きついてしまう。むぎゅうと柔らかい真理の身体が、これでもかと吹雪と美空に押し付けられる。
「むぐぐ……真理センパイ……くる……し」
「…………!」
「あらあら! ごめんなさいね~!」
ようやく解放された二人は新鮮な酸素を求めて荒く呼吸する。
その様子をバトルフィールドの上から見ていたドールたちは――――
「まったく、大丈夫なの? この部活動」
「だ、大丈夫です! 真理はああ見えてもしっかり者なんですからっ!」
「でも、あんたと同じでおっちょこちょいに見えるけど?」
「あわわ……それは……!」
「問題が発生すれば、マスターとこのヴェルグちゃんが立ちどころに解決してみせる。任せて」
むふーっと何故か意気込むフレイスヴェルグ。それを見て、大きなため息を吐く叢雲。そしてその隣でわたわたとするアルテミス。
こうして、三人と三体の部活動……バトルドール・ガールズ部は無事に始動した。
しかし、彼女たちはまだ知らなかった。この学校に、大きな問題が降りかかってくるということを……。
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