第二話「誰がツンデレよっ!」

第二話


 ブゥンと低く唸ったかと思うと、七色の鮮やかな光線がバトルフィールドを照らす。するとただの真っ白で平面だったフィールドが次第に変化していく。


「すっごいですね、コレ! 一体どういう仕組みなんですか?」


「これは最新のプロジェクションマッピングと物理演算、電磁誘導による反発力を利用した疑似的な三次元空間を形成しているんです。いわゆるMR空間という技術ですね」


 美空の説明にコテンと首を傾げる吹雪。どこかで聞いた事のあるような、ないような。やっぱりないような。


「MR?」


「ARやVRは知ってるでしょう? ARは拡張現実、つまり現実空間の映像に3Dなんかの物体を映り込ませる技術ね。VRは仮想現実、コンピュータ上で現実や仮想空間を再現した世界に入り込む技術よ~」


「そしてMRとは複合現実と呼ばれるものです。ARとVRを融合させた概念であり、現実世界に描画された物体などをコンピュータで演算、実際に触れるように感じる空間を作り出す技術のこと」


「あ、たぶん動画で見た事あるかも! 体験型アトラクションにも使われてるやつだよね?」


「そうよ~。このフィールドの四方に設置されたカメラとセンサーがドールの動きを読み取って、リアルタイムでエフェクトやサウンドなんかを再現するの。あなた達も最初に見たでしょう? 結構迫力あるわよ~」


 そう言っている間に、フィールド上はシンプルな平面からなだらかな起伏の草原へと変わっていく。所々にドールが隠れられそうなブロック塀や切り倒された大木が置かれており、端のほうには小さな小屋まである。


「ふわぁ……本物みたい!」


 吹雪がそのように感じるのも無理はない。草原の草や花は風が吹いているかのように柔らかく、そして本物のように揺れている。違う点といえば、その大きさはドール用に小さくなっているくらいなものだ。


 思わず吹雪は指で小さな花を突いてみようとした。だが、指は花びらを透過し、その部分だけ歪んだように見える。


「わ、やっぱり映像なんだ!」


「凄いでしょ〜? これでも旧式の機械なんだって」


「恐らく、現在の公式戦で使われてるものより二つは前の世代と推測されます。でも、間近で見ると圧倒的……」


「さて、それじゃあ次のステップよ〜。それぞれドールをそこのエントリーデッキにセットして、青色のボタンを押してみて〜?」


 真理に言われたように、吹雪と美空はバトルフィールドの縁に設置された六角形の台座へとそれぞれドールを運ぶ。


「あー、なんか懐かしいわね……」


「叢雲ちゃん、何か思い出せそうなの?」


「いや、流石にそこまでは……でもなんとなく、この感覚は覚えてる気がするわ」


 叢雲はエントリーデッキから見えるフィールドをじっと見ている。記憶領域に不具合があるらしい彼女は、一体この光景について何を考えているのだろうか。


「……ドールが懐かしいという言葉を発するのは珍しいです」


「そうなの? 美空?」


「ええ、ドールのAIは人間のような感情や仕草をしますが、それでも完璧に模倣するのは難しいんです。なので様々な記憶や体験を相当積まなければ、彼女達が昔を懐かしんだりする事は稀だと聞きます」


「…………」


「へぇ……叢雲ちゃん、いつか記憶が戻るといいね!」


「無理でしょ……バックアップでも取ってないと」


「あうぅ……でも、これから沢山の思い出を作ればいいよね!」


 叢雲の容赦ない言葉にいくらかダメージを受けている吹雪だが、すぐに立ち直る。その前向きな所に美空は密かに感心していた。






「えっと、このボタンかな?」


 真理に言われた通り青色のボタンを押すと、エントリーデッキが青く発光しだす。


『ドールのシステムチェック……』

『AIチェック……』

『武装チェック……』


 フィールドのスピーカーから合成音声が流れる。どうやらこれで叢雲たちのシステムを走査しているらしい。そしてポーンという効果音と共に、青色の光が緑に変わる。これでチェック完了の合図らしい。


『システムオールグリーン』

『バトルフィールド:草原1』

『バトルルール:殲滅戦』

『ハンデキャップ:適用』


 合成音声と共に、吹雪たちの目線の高さに次々と表示が現れる。まるでSF映画に出てくるような立体映像だ。


「真理センパイ! このハンデってなんですか?」


 吹雪はフィールドを挟んで真向かいにいる真理へと尋ねる。真理とアルテミスは敵チーム扱いなので、こうしてドールをセットする場所が違うのだ。


「それはね〜、2体1でもあなた達二人は初心者でしょう? それだと流石に分が悪いでしょうし、ダメージ量に調整が入るの〜。今回はバトルの楽しさを知ってもらうのが目的だからね〜」


「確かに、私達はバトルに関しては何も理解していませんしね。助かります」


「なるほど……いわゆる胸を借りますってことですね!」


「思う存分にやっちゃっていいわよ〜? 準備が出来たら青色のボタンの横にある、赤いボタンを押してね。それで戦闘準備完了だから〜」


 吹雪は美空とフレイスヴェルグ、そして叢雲の顔を見る。それぞれ気合は十分に感じられ、吹雪自身もこれから始まるバトルへの高揚感に包まれる。


「叢雲ちゃん、頑張ろうね!」


「ふん、私の実力を見せつけるいいチャンスだわ」


「ヴェルグ、無理はしないでね?」


「大丈夫、マスター。ヴェルグちゃんは頑張る!」




『セッティングコンプリート』

『ゲットレディ……3……』

『2……』

『1……』


『バトルドール、ゴー!』


 開始の合図と共に、エントリーデッキからフィールドへと続く通路が形成される。そこを叢雲とフレイスヴェルグはそれぞれ走り出した。


「腕が鳴るわね!」


「ヴェルグちゃんにお任せ」


 スタッ、と草原へ降り立つ二人。柔らかい陽光と、さわさわと気持ちの良い風を感じられる。現実にはただのプロジェクションマッピングなのだが、先程のシステムチェック時にフィールドを演算しているシステムと相互リンクを行い、コンピュータからのフィードバックがそのように感じさせるのだ。


「さて、本来ならばここでマスターが自身のドールに指示を出すの。そのまま話しかけてもいいし、手元のパネルを操作しても良いわ〜」


「叢雲さん、ヴェルグちゃんさん、こっちです!」


 草原の少し高い所、そこには片手剣とライフルを装備したアルテミスが立っていた。


「アルテミスは本来、長距離射撃戦が得意なんだけどね。今回は二人の装備に合わせたわ〜。まずはそこから攻撃してみて〜?」


「分かりましたっ! 行くよ、叢雲ちゃん!」


「いや、私は何も出来ないわよ?」


「えぇ?! なんで?!」


「だって、持ってる武器はコレ大剣だけだし」


「あ、そっか……」


 言われてみれば確かに、アルテミスやフレイスヴェルグのように叢雲は銃を持っていなかった。これではどうしようもない。


「そんな時にはね〜? パネルの武器みたいなアイコンを押すと予備の武装を取り出せるのよ。試してみて?」


 言われたようにパネルを操作すると、いくつかの装備が選択できるようになっている。


「えっと、とりあえず銃だよね……これかな?」


「……銃っていうか、バズーカじゃないの」


 フィールドにいる叢雲の目の前に大きな筒――――バズーカ砲が現れた。大剣を地面に突き立て、バズーカ砲を片手で掴んだ叢雲は照準を覗き見る。


「フレイスヴェルグって言ったかしら? そっちに合わせるから、射撃を開始して頂戴」


「ヴェルグちゃんです。いい? マスター」


「うん、ヴェルグ。目標はアルテミス、携行しているライフルで射撃を始めて」


「了解!」


 フレイスヴェルグは両手でしっかりとライフル銃を構え、何度かに分けて引き金を引いた。ダダダッ、と激しい銃声が響き、アルテミスのいる地面が小さく弾けた。


「いくわよ! 喰らいなさい!」


 叢雲も相方の射撃に合わせてバズーカ砲を撃ち込む。独特の推進音を尾に、弾頭は真っ直ぐアルテミスへと直進していく。


 まるで本物の銃弾やバズーカ弾が飛び交っているように見えるが、これらは全て三次元的な映像なのである。銃声や破裂音といった効果音も完璧に映像と同期しており、より臨場感を高めていた。


 その為、たとえ攻撃の直撃を受けたとしてもドール達はまったく傷つく事はなく、安心してバトルを楽しむことが出来るのだ。




「むっ!」


「回避よ、アルテミス!」


 危険を察知した真理とアルテミスは絶妙なタイミングでバズーカを回避する。牽制のはずだったフレイスヴェルグの射撃も難なく躱していくその姿は、まさに戦う乙女だ。


「初めてなのに上手いわね〜! アルテミス、油断してたらすぐに負けちゃうかも!」


「ですねっ! それじゃあこちらも攻めましょう!」




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