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「え……? 先輩、起動できないってどういう……?」


 吹雪の質問にどう答えようか、真理は伏し目がちに少し考える。


「えーとね、通常のドールには電力消費を抑えるスリープモードがあるんだけど〜、この娘は何故かそれが解除できないの。マスターも誰か分からなくって、随分昔からここに置かれているらしいのよね〜」


 真理の話を聞きながら吹雪は眠り続けているドールを手のひらに乗せる。目を閉じ、横たわっている姿はまさに眠り姫か。巫女服着ているけれど。


「この娘の名前って、わかります?」


「名前はたしか、このケースに……あ、書いてあるわ。これは……ムラクモ……?」


「……叢雲!」


 不思議と、その名前がこのドールにはピッタリだと吹雪は感じた。それはもはや確信に近い。ムラクモという言葉の響きが、このドールの為にあるかのように。






「…………んんっ!」


「えっ?!」


 吹雪の手のひらに横たわっていたドール――――叢雲が小さく身体を揺する。気のせいかとも思ったが、真理も見ていたらしく目を丸くして驚いていた。


「……………………誰よ、あんた達」


 ゆっくりと上半身を起こし、やや険しい目つきをしながら叢雲は口を開いたのだ。


「あ、えっと、私は神代吹雪! ……です」


「ふーん? それで?」


「それでって……ええ……?」


 そっけない叢雲の態度に若干、いやかなり落ち込み気味の吹雪。対して叢雲はというと、久しぶりに身体を動かしたからか立ち上がって人間のようにをしている。


「信じられない……まさか起動するなんて……」


「なんでですかね? もしかして私、何かやっちゃいました……?」


 吹雪が申し訳なさそうな表情をすると、真理はやさしく微笑みかける。


「いいえ、吹雪ちゃんは何も悪くないわ。むしろ、この娘を起こしてくれてありがとうね〜」


「えへへ……」


「なにだらしない顔してるのよ。それより、あんたが私を起こしたの?」


「あ、うん。そうみたい」


「ふーん? ……スリープモードに入る前の事が全っ然、思い出せないんだけど、いったい何がどうなってるのかしら?」


「あらあら? ひょっとしてメモリーが損傷してるのかしら……?」


「メモリー? 叢雲ちゃん、もしかして記憶が無いの?」


「あんた、馴れ馴れしいわね……。ええ、どうやらパーソナルデータ以外の記憶が飛んでるみたい」


「うーん、あんまり長いことスリープモードだったせいかしら……?」


「ねぇねぇ、もし叢雲ちゃんさえ良かったらなんだけど……」


 そう言いつつ吹雪はニコニコしながら人差し指を叢雲の前へ差し出す。






「私のドールになってくれない?」


「イヤよ」






「なんでっ?!」


「あんたが私のマスターですって? そもそも、知らない人間をマスターと認めるわけないじゃない!」


「うぐっ……正論……なのかな?」


「本来はAIの設定でマスター登録しちゃうからね~、正論かもね~」


 真理は吹雪と叢雲のやり取りを見てニコニコほほ笑みながらその場を離れる。彼女は少しの間、二人きりにした方が面白そうな事になると勘が働いたのだ。


「え~いいじゃん! 私、叢雲ちゃんと仲良くなりたいな!」


「私はお断りよ。だいたい、私はあんたの事を何も知らないわ」


「えっと、名前はさっき言ったよね? 桜が丘第一高校の一年生で、あ、今日が入学式だったの! 歳は15、誕生日は……」


「そういう事を言ってんじゃないわよ!」


「え~? それじゃあ叢雲ちゃんのこと教えてよ。なんで巫女さんみたいな服着てるの?」


「知らないわよ! そういう事も全部忘れちゃってるんだから!」


「それじゃあ叢雲ちゃんは……元のマスターさんの所へ帰りたい?」


「…………」


 それまで強気な表情だった叢雲は一瞬だけ視線を逸らす。


「……正直なところ、分からないわ。どんな人が私のマスターだったのか、どんな風に接してもらっていたのかすら、私は忘れてしまっているのよ? それにそのマスターも、きっと私の事を忘れちゃってるのよ……」


「叢雲ちゃん……」


 急にしおらしい様子を見せた叢雲を見て、思わず吹雪の目元がうるうるとしてしまう。


「むらくもちゃーん! 私がそばについててあげるから~! げんきだして~!」


「ちょっ! やめて離して!」


 いきなり抱きつかれた叢雲はかなり迷惑そうに吹雪を押しのけようとする。しかし悲しいかな、身長15cmの身体では人間の力には敵わないのであった。





「吹雪さん、こっちの準備は終わりましたよ」


「準備完了。ヴェルグちゃんはいつでもいける」


 武装を吟味していた美空とフレイスヴェルグが吹雪たちの所へやってきた。フレイスヴェルグは身体のあちこちに装甲と武器のようなものを取りつけていたが、全体的なシルエットは細身のままでよりシャープな印象を与えている。おそらく彼女なりの戦闘スタイルと美意識の結晶なのだろう。


「誰よ、こいつら?」


「あ、紹介するね! 私の友達、葛城美空ちゃんとフレイスヴェルグちゃん!」


「初めまして。叢雲さん……でいいんですよね?」


「叢雲を登録。どうぞよろしく。私のことは気軽にヴェルグちゃんとお呼び下さい」


「はいはいよろしくね」


 吹雪の熱い抱擁からどうにか抜け出した叢雲はヒラヒラと手を振る。この状況について深く考えるのを止めてしまったようだ。





「バトルフィールドの設定も終わったわよ~? それじゃあバトルを始めてみましょうか~?」


「お願いしますセンパイ! よろしくね、美空!」


「ええ、こちらこそ。初心者同士、楽しみましょう」


「ねぇちょっと。一体なんの話よ」


「あ、うん。これから皆でバトルを体験してみようって事なんだけど」


「ふーん、あっそ。精々頑張んなさいな」


「いや、叢雲ちゃんもやるんだよ?」


「はぁ?! なんで私が?!」


「えー? いいじゃん、やってみようよ! きっと楽しいよ?」


「イ・ヤ・よ!」


「でもほら、これ叢雲ちゃんの武器なんじゃない? ……ちょっと大きくない?」


 叢雲が眠っていたケースから取り出したのは、ドールの身長ほどもあるな大剣だった。幅広の刀身は刃が分厚く、直線的なデザインと青と白のカラーリングが目を惹く。こういうのに疎い吹雪でも強そうだと分かるが、どうにも叢雲の身体の大きさとは不釣り合いに見える。


「…………ちょっと貸してみて」


 叢雲はその大剣を吹雪から受け取ると、両手で構える。自然な姿勢とその構えはもはや、ラノベやゲームに出てくるような戦う武者巫女さんそのものだ。


「……ふっ!」


 ブン!と空気を斬り裂き、大剣を横薙ぎにする。ピタリと止め、さらに身体を回転させながら上段に振りかぶり、勢いよく袈裟切り。鋭く、それでいて流れる水のような流麗さ。大剣の重さを感じさせない優雅な動きは吹雪や美空を見惚れさせる。


「記憶はサッパリ無いけど、戦闘やモーション動作データは残ってるみたいね。悪くないわ」


「すっごーい! 叢雲ちゃん、カッコよかったよー!」


「わ、私を誰だと思ってるの? それにただ剣を振っただけよ。褒めるのはいいけれど、こんな簡単なことで一々褒められてもね……」


 言葉の割にまんざらでもない様子の叢雲。そしてその様子を遠くから見ていた真理は一瞬だが瞳がキラリと光る。


「流石ね~! ……でもぉ、確かにそれくらいは誰でも出来ることよね~? ね、アルテミス?」


「え? ええ、まぁ……私も大剣用の基本プログラムやモーションはインストールされてますし」


 真理の意図が掴めず、とりあえず頷くアルテミス。対する叢雲はジトっとした眼で真理とアルテミスを睨みつける。


「……何が言いたいワケ?」


「気を悪くしたらごめんなさいね~? でも実際に戦ってみないと、本当の強さは分からないかなーって思っただけなのよ?」


「セ、センパイ?」


 少々引っかかる物言いの真理に吹雪は焦ってしまう。ちらっと横目に見ると、ふぅ、とため息を一つ吐く叢雲。その表情と仕草はいかにも「ヤレヤレ何言ってるのかしら」といった風だが――――突如としてした。


「上等じゃないの! あんたたちボコボコにしてやるんだから、覚悟なさい!」


「ええっ?! 叢雲ちゃん?!」


「いいわよ、その挑発に乗ってあげるんだからね! それと、そこのあんた!」


「は、はいっ!」


 ズビシ、と吹雪を指さす叢雲。その有無を言わさない迫力に吹雪は背筋を伸ばして向き合う。


「仮、だからね! 少しの間だけ、仮のマスターとして登録するのを認めてあげるわ!」


「マスター(仮)?! ってことはいつかは(仮)が外れるんだね?!」


「なんでそうポジティブに受け取るのよ! いいこと?! 私の機嫌を損ねたらそこでコンビ解消だからねっ!」


「うんっ! そうならないように私、一生懸命に頑張るよ!」


「ああ、もうっ! なんでもいいわよ! 見てなさい、この私の実力を!」


 自信とも、高慢ともとれる表情で叢雲は言ってのける。こうして、吹雪は叢雲のマスターとなるのだった。



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