第5話
快晴の本日、俺が『Doe』に来てから初めてこの店はクローズのドアプレートがかけられている。
しかし店の扉や窓は全て開け放たれ、さあと緩い風が通っていた。
「──せっかく初めての休みなのにぃ」
モップを片手にアルジがさっきからぶつくさ煩い。
「休みだからやんだよ。誰かしら居たら出来ねぇだろ」
毎日毎日、何年も一匹でアルジは店を開けていた。
それなりの掃除はしているようだが、どうしても細かいところまでは無理なようで俺は気になりまくっていたのだ。
店内もそう、店先や外壁の蔦──いや、蔦は残しておく。
住宅街とビジネス街の間にあるこの店は、このおかげで良くも悪くも目印になっているからだ。
「──あ、また煙草」
「休憩休憩」
「もう少しで終わんのに」
「一本だけ、な?」
アルジは随分と面倒臭がりになった。
どうやら俺に甘えているらしい。
でも俺は甘やかすつもりはない。
「ならそこの丸テーブル持って外で吸って」
「えー」
「椅子は二脚。灰落とすなよ」
はいはいとアルジはひょいと軽くテーブルを持つと外へ出た。
開けてある窓からその様子は丸見えで、俺も思惑通り、簡易なテラス席が出来たなと思った。
日向ぼっこにも丁度いいだろう──たまにはお客のように座るのもいい。
さてと俺はキッチンに立った。
アルジの目を盗んで作ったものは冷蔵庫に入っている。
マグカップを二つ出して温める。
この数か月何度も見てきた。
何度も飲んできた。
グレイアッシュの髪の色はもう半分ほど黒く、アルジの毛色になってきている。
でも俺は人間で、化け物にはならない。
ただ、アルジといるだけ。
ただ──誰かと食べるのが好きなだけだ。
「──お待たせしました」
もう言い慣れた言葉。
激しく音を立てないように日向のテーブルにそれらを並べる。
「……粋な事するじゃないか」
テーブルには甘いカタラーナと苦い珈琲。
ふっと微笑んだアルジは煙草を消す。
俺も席に着いた。
「美味し糧を、グレイ」
マグカップを掲げるアルジは実に楽しそうで、俺も釣られて掲げてしまった。
珈琲をひと口、やっぱりアルジが淹れた方が美味い。
なのにアルジは美味い上手いと笑った。
そうしていると一匹、白い猫がにゃあんと近づいてきた。
人を恐れないのか俺の膝からテーブルへと飛び乗る。
「……もしかしてだけど」
するとアルジはこう言った。
「そ。お客様だ」
どこの誰かは
「陽が沈むまでテラス限定で店を開けよう。それと夜は何を食べようか、グレイ」
どこかの誰だった俺は喫茶店『Doe』の従業員で、グレイと呼ばれている。
そろそろ髪も黒くなるが、また染めるのも悪くない。
化け物とグレイアッシュの食卓、 雨玉すもも @amesnow
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