第2話

 アルジは俺をグレイと呼んだ。

俺もアルジをアルジと呼んだ。


 次の日から俺は喫茶店『Doe』の従業員になった。

黒いミリタリーブーツ、黒いズボンに黒いエプロン、白いシャツという制服はアルジが用意してくれた。

アルジはシャツが白から黒に変わっただけの似たようなものだ。


「ふっ、丈が長かったか」


 俺はズボンの裾を折り曲げている。


「美味いか? グレイ」


 昨日は部屋に案内されてすぐに風呂に入り、出た俺はそのまま泥のように眠ってしまったようだ。

今はランチを終えた午後二時半、オープンのドアプレートはそのままだというのに客は一人もいない。

そしてアルジはお喋りだ。


「……美味いっす」


 しっかりとトマトソースが絡みつくパスタにがっつく俺は頬を膨らませたまま答えた。

なるほど、残ったソースはパンに付けて綺麗に食うのか。

これも美味い。

焦げ茶色のカウンターに隣同士、同じ食事が並んでいる。

そしてアルジはお喋りの中で、幾つかのルールを教えてきた。

その一つがこれ──食事は一緒に。


「お前は痩せっぽちだからな」


 アルジは器用にパスタをフォークで巻き取り、大口おおぐちを開けて食べた。

食らいついたと言ってもいい。

端正な見た目からは想像しがたい豪快さがそこにあった。


 その二、その三、は仕事内容だった。

調理等はぼちぼち、まずは清掃と接客から、マニュアルはないとの事。


「やって覚えていこう、グレイ」


「はあ」


 かしこまりました、が返事として適当らしく要教育だと笑われた。

アルジはよく笑う──にやける。

ごちそうさまと水をぐびりと飲んだ。


「さて本題に入ろう。今のルールも本題だがな」


 じゃあ続きでいいのではと横目にアルジを見ると煙草に火を点けるところだった。

すぅと吸ってはぁと煙が出た。


「中にはグレイの手に負えない客もいる。その時は僕を呼べ」


 俺の手、つまり人間の手。


「……あんたの仲間的な?」


 どうやら俺はまばたきをしたらしい。

アルジが女になっていた。

格好も髪もそのまま、ただ華奢な体つきとでっぱった乳と少々赤い唇がそうだ。


「どっちがいい?」


 そんなの決まっている。


「どっちも嫌だ」


 わかってるじゃないとアルジは立ち上がる。


「敵対しなければ大丈夫よ。じゃあ初仕事は皿洗いからね、グレイ」


 アルジは男の時も女の時も変わらず、あやしく微笑んだ。

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