ある魔術師の回想 6
さあ、代書業の時間です。
「改めまして始めましょうか」
「はい!」
「おう!」
テーブルを囲んでヤマダアカリと妖精王がそれぞれ返事をしました。
「では先ず景気付けにこのお水を飲んでください!」
私は容器に注いだ飲み物を二人に出しました。
「甘い!」
ヤマダアカリが笑顔で言います。
「うん、美味いな」
妖精王の反応も良さげです。
雪辱を果たせました。
「先程のは不評でしたので蜂蜜を入れてみました」
「さっきのは腐ってたもんね」
「腐ってません!」
「まあまあどっちでもいいじゃねえか」
「そうですねこの際いいでしょう」
私は気を取り直して筆を執りました。
「じゃあ早速、お名前から、これはヤマダアカリでいいですね、綺麗な字で丁寧に書いていきます」
「お願いします!」
本人が明るく返事をします。
「ヤマダアカリ、と。まあここは変に捻ってもしょうがないですし、テンポ良く行きましょう」
「そうだな」
妖精王も傍らで見守っています。
私も調子を上げていきます。いい仕事には勢いも大切です。
「次は本籍、これはそのまま書くと異国の住所になってしまいます。しかも確認できないこの世界にはない住所です、それだとあまり良くないので」
「不味いのか?」
「ええ、もし万が一不審に思われて調べられた時に異国の住所だったりするとそれだけで落とされかねないですし、それが存在しない住所となるとなおさらです。最近国防の観点から少し厳しくなったんですよ」
「だけど姉ちゃんさっきは言われたまま普通に書いてたじゃねーか」
「あの時はまあ、そうですね、御愛嬌です」
「なんだ調子いいな」
「良いじゃないですか。そもそもは正直に書くのが本来なんですから」
「エリーナさん、私も正直なのが良いと思います!」
「ですよねアカリさん」
「ねー」
「何か急に仲良くなってない? 姉ちゃんさっきあんなに泣き叫んでたのに。水晶の粉かき集めて、師匠ーって」
「いいんですよ。過去は過去です」
「過去ってさっきじゃん」
「だって弁償してくれるんでしょう? 言い値で」
「ま、まあな、それくらいはな……、言い値で?」
「私もお金払うよ」
「あらありがとうアカリさん。でも天下の妖精王様が弁償してくださるそうですから無理しないでいいですよ」
「王様?」
ヤマダアカリが小首をかしげました。
「ん? あ、ああ、まあな」
妖精王が頷きます。
「え、ピーちゃん王様なの?」
「王様っちゃあ、王様だ」
「えー、凄い。蠅の?」
「いや、違う。そこはそろそろ、な、覚えようか、な、蠅の王様は別にいるからな」
私は手を叩きました。
「はいはい、脱線してますよー」
「はい! すみません!」
「アカリさん良い返事ですね」
「でも俺蠅じゃねーし」
「ピーちゃん、五月蠅い!」
「続けますよー、ええと、それで本籍の住所問題ですが、これは私の出身の孤児院の住所にしましょう」
「エリーナさん孤児院出身なんですか?」
「ええ」
「なるほどな、姉ちゃんの商売人としての強さの源泉はそこか」
「はいはい脱線脱線、とにかくここでしたら万が一調べられても融通が利きますし、両親に関しての質問も躱せますしね」
「おー、そこまで考えてるとは、姉ちゃん流石だな」
「流石!」
「孤児院での設定などは後で別途渡しますので覚えて下さい」
「えー、私覚えられるかな」
「オベロンさんが」
「ですよね」
彼が覚えておけば何とでもなるはずです。面接の最中に姿を消して囁いてもいいでしょうし。
「続いて現住所。これも私と同じ住所で良いでしょう。それが一番面倒くさく無いですし」
「エリーナさんと同じ住所?」
「え、いいのか?」
「大丈夫です。体半分以上乗り掛かった舟です。お貸ししましょう」
「あはは、そうだよね。分かる。乗りかかった舟。私も魔王倒すぞー!」
「軽いな、おい」
私は付け加えました。
「もし万が一私の事を聞かれたりしたら姉妹とでも言ってください」
「エリーナさんと姉妹!? やった、お姉ちゃんが出来ちゃった。お姉ちゃん!」
「妹よ」
私達のやり取りを見て妖精王が呟きました。
「なにこの茶番」
そんな彼にしっかりと伝えておきます。
「もちろん妖精王様に追加代金はいただきますが」
「え。あ、ああ、あの、払うけど、え、妖精の国破綻したりしないよな?」
手心は加えて差し上げましょう。
仕切り直します。
「さて住所の問題は解決しました。次は生年月日。これは年齢と季節から調べて適当に書いておきますね。あ、何でしたっけ雌猫がどうとか」
「うん、星座?」
「星座と言うのは良く分からないので、そうですね、雌猫の、いや、猫だとあれなんで、雌豹の守護霊獣を得ると」
「カッコいい!」
「雌豹の守護霊中って何かこいつに似合わねー印象だな」
「何でもいいんですよどうせ調べようがないんですから。それで次は学歴ですか」
「学歴!」
「おう、ここ大事だぞ」
「うーん、ですが、ここはあまり嘘を吐きすぎるとボロが出る所でもありますので、最低限の脚色で、そうですね、初等、いや、初等は流石に不味いので……」
「不味いって、さっき初等って書いて……」
私は咳ばらいをしました。
「せめて中等にしましょう。学歴は中等にして直ぐに職に就いたと。孤児院出身ですし説得力はあるんじゃないでしょうか? 姉の私も商売人ですし」
「うん、良いと思う! お姉ちゃん!」
「妹よ」
「あかり、良いのか? ちょっとここ馬鹿にされてるところだぞ」
妖精王のことは無視します。
「そして大事な職歴ですが、何でしたっけ、狩人と、アクセサリーの屋台商でしたっけ。まあ、屋台商に関しては姉の手伝いも兼ねてと言うことで。狩人の方はあまり正直に書き過ぎても信じて貰えない可能性がありますから、そうですね、モンスターの等級も下げて……、えー、商人としてレッサードラゴン討伐の部隊に参加、そこでレッサードラゴン遭遇の際、持参していた守りのアイテム、プラバーンにて部隊を危機的な状況から救う。なお、プラバーンはその戦闘の際に消失。クラフト品の為一点物。こんな感じに書いて置きましょうか。何か質問されたら実際にレッドドラゴンを討伐した時の事を答えればいいと思います。臨場感のある説明が出来るんじゃないですかね」
「姉ちゃんすげえな」
「凄いよ!」
調子に乗らず続けます。
「さて、賞罰ですか。大食いですよね。んー……、良し、ここはあまり変えないで行きましょうか」
「大丈夫なのかそれで?」
「こうします。村に現れた異国の悪漢を大食い勝負にて撃退。その際、村長より報奨金、及び表彰を受けると。うん、これで行きましょう」
「これで行ける? 結構雑じゃないここ?」
妖精王が五月蠅いです。
「まあ、諸々細かい設定はこれを見ながら練り直しましょう。きっと面接の練習も必要になってきますから」
「成る程な」
「面接かあ、ドキドキする!」
「頑張ってください。最後に魔力値は、これはまあ、誤魔化す必要も無いと言うか。こう書きましょか。異質な魔力、及び魔力量の為、既存の装置では測定不能、と。これなら絶対興味を惹かれるはずです。ここに喰いついてくれればこっちのものですしね」
「確かにそうだな。また水晶割ってもいいしな」
「頑張る!」
もしそうなれば彼女の得意技ですから心配はいらないでしょう。
「最後の魔力値の項目には念のため私からの証明書も付けておきます」
「やったー!」
「何から何までありがとうな姉ちゃん」
「安心するのはまだ早いですよ。一先ず最後まで来ましたが、これから推敲をして完成度を高めていきます。さらにはその後面接の練習もしなければなりません。覚悟はいいですか?」
「はい!」
「おう!」
元気な二人の返事を聞いて私は満足して笑いました。
こうしてその日私は、嵐の中やって来た一人と一匹のお客様に掛かりきりになったのでした。
それから時間が過ぎて、ヤマダアカリと妖精王が疲れて居眠りをしている中、私は志願表を書き上げました。気が付けば夜になっています、いつの間にか外は晴れていて、聖剣のオジサンが嬉しそうに夜空を見上げていました。
さて、長々と語ってきましたが、以上のような出来事を魔術師兼代書屋の彼女は思い出していました。ではどうして彼女がその嵐の日の事を思い出していたのかと言いますと、その日の朝の新聞の一面にこう書かれていたのです。
『魔王討伐! 勇者凱旋!』
もちろんそこには軍隊と共に満面の笑みを浮かべたあの少女の写真も載っておりました。
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