ある魔術師の回想 5

 私と妖精王はテーブルを挟んで向かい合って座りました。と言っても向かいの彼は小さいので椅子の背に腰かけている状態です。因みにヤマダアカリは奥の部屋のベッドで眠っています。


「あの、それで、一体どう言う事なんでしょうか?」


 私は聞きました。


「そうだな。先ずは、魔王復活の話は知っているか?」


「ええ、噂程度には」


 商売をしていると噂には多少なりとも詳しくなるものです。


「そうか、実はまあ、その噂ってのは真実でな」


 噂は噂。真偽は不明です。どちらかと言えば偽りである場合の方が多いでしょうか。普通でしたら。


「真実? じゃあ、本当に魔王は復活するって言うんですか?」


 だとしたらそれは国家規模の大問題です。


「ああ、でもまあそれは別にいいんだ。魔王が復活するのは」


 随分簡単に言います。


「別にいいんですか?」


「神だとか俺らみたいな存在になるとな、魔王復活なんてのは、なんていうか娯楽の一部みたいなもんなんだよ。人間に取っちゃ脅威でも、俺らにしてみりゃ正直どうとでもなるしな。人間に力を貸して新しく生まれる英雄譚を楽しむみたいな、そんな感じだな」


「そんな無責任な……」


「まあそうだよな、当事者の人間にしてみればそうだよな。でもな、俺達もさ今回その事が身に染みたって言うかな、少し分かったんだよ」


「分かった? どう言う事ですか?」


「んー、とりあえず今回のことを順番に話すよ。先ずな、さっきも言ったが魔王復活が迫っている事が分かったんだ。もちろんこれは人間にとっての魔王だな。それで神達もその事に気が付く。そこで奴らはこれはチャンスだとばかりに新しい英雄候補を探し始めたんだ。千年規模の娯楽だから大はしゃぎだよ。そこでな、何か最近、他の世界から人を連れて来てそいつを英雄に仕立てるってのが流行ってるらしいって誰かが言ったんだよ。流行ってるとなるとさ、とにかくそれに乗っかりたい奴らなんだよな。早速他の世界でちょうどいい奴を見繕って来たんだ」


 神だ魔王だ英雄だとか、とんでもない話でした。


「あの、なんて言うか、こ、これは私が聞いてしまってもいいんでしょうか?」


「まあ、いいよ、特別だ。協力してくれる駄賃みたいなもんだ。実際それで何か影響があるわけでもねーしな。あ、でもあんまり人に話さない方がいいと思うぜ。たぶん姉ちゃんの頭が疑われちまうからよ」


「そうでしょうね」


 もちろん私も半信半疑ではありましたがもう聞くしかありません。


「それでな、いざその選んだそいつをこっちの世界に呼び寄せるぞって言う時にな、奴らが予期しない事が起きたんだよ。トラブルっつーかなんつーか」


「どんなことが……?」


「何故か候補者じゃなくてあかりが来ちまったんだ」


「ヤマダアカリが……、あ、そう言えば、彼女もそんな事を……」


 私はテーブルに置いたままだった志願表を見ました。


 軍隊入隊の為トラックにて渡航。


「トラック……」


 確かヤマダアカリはトラックに轢かれそうになっている男の子を見て飛び出したと言っていました。きっとそこで候補者と入れ替わったのでしょう。


「そうそう、トラック。何かオーソドックスな手法? 基本に立ち返る? とかそんな事言ってたよ、半笑いでな」


「それは何とも……」


 私はその言葉に傲慢さを感じたのでした。


「まあ、お前の気持ちも分かる。俺も似たような感覚だ。俺もあんまりあいつらの事好きじゃねえからな」


 意外でした。


「俺達の方があいつらよりも人間の近くに居るからな。とにかくそれで間違ってあかりがこの世界に来てしまったと言う訳だ」


「そうでしたか、なるほどだから彼女はあんな感じなんですね」


「ん? あー、まあ、それは何て言うか、あんまり関係ないかな。あれはあいつの個性だ」


「あ、ああ……、そうなんですね、すみません」


「あかりがこちらの世界に来る時、神達は最初人違いだと気が付かず、ここぞとばかりに祝福や加護を与えたんだ。そうすればあかりが世界を救った時にデカい顔が出来るからな。自分も英雄譚の一部になれるってわけだ。だけどそこでまた予期しない事が起きた。あかりが異常なまでの順応性を見せたんだ。とにかく全ての祝福と加護を完全に受け入れて、挙句の果てには突然変異のような力まで手に入れちまった。要するに誰も予想していなかったとんでもねえ化け物になっちまったんだ」


「化け物」


「そうそれこそ神に匹敵する程の」


「神に匹敵する程の……」


 そんな存在が今そこで眠っています。


「なあ姉ちゃん、あの外套どう思った?」


「外套ですか? 彼女が着ていた?」


 あのびしょ濡れのやつです。


「そう。あれな、レッドドラゴンの革なんだぜ」


「レッドドラゴンって……、レッドドラゴン!? 伝説級のモンスターじゃないですか!?」


 ひとたび現れれば天災級の被害をもたらすと言われています。


「そうなんだよ。神もお気に入りのモンスターだった訳よ。だけど俺と会う前のあかりがあっさり殺しちまってたんだな。しかもあいつはレッドドラゴンと一人で戦っても怪我一つ負わなかった。そもそもレッドドラゴンの棲み処は火山地帯だ。本当なら生身の人間じゃ近付くのも難しい。だけどあかりは靴を燃やしただけでやってのけた」


「靴……」


 燃えちゃった。


 確かに彼女はそう言っていました。


「それにほら、窓の外を見て見なよ」


「窓の外?」


 相変わらず激しく雨が降り続いています。しかし良く見てみると今朝は無かった何かがそこにはありました。それは大きな四角い岩に何か棒状の物が刺さっているように見えます。


「何ですかあれ」


「聖剣、伝説のやつ」


「……聖剣!?」


「聖剣は神が定めた者しか引き抜けない。そう言う設定。だから人違いのあかりには引き抜けない。だけどあいつは聖剣をそれが刺さっている台座ごと地面から引っこ抜いたんだ。それで軽々そのまま持ち歩いている」


「台座ごとって」


「あの台座すっげえ重いし固くてさ、神の間じゃ実際聖剣より攻撃力があるなんて冗談混じりで言われてたんだと。まさか本当に武器として使う奴が出て来るとは思ってなかったんだろうけどな」


「へ、へー……」


 雨に濡れる聖剣(台座付き)を見ていて私は気が付きました。


「あ、あれ、何か誰か居ますか?」


 半透明でぼんやりと見えます。


「ああ、あそこに正座してる奴だろ。あいつ剣神。聖剣に憑りついてる神だよ。台座ごと引っこ抜かれちゃったから付いて来るしかなくなっちゃって、しかも実際剣は抜かれてないからあかりには見えねーし実体化もできない。そんでもって物がでかいから室内には入って来れねーし。台座ごとぶん回されて野晒し台座ハンマーの柄としてしか居られなくなった可哀そうな奴さ」


「そ、それは……」


「姉ちゃんみてーな魔力に長けてる奴なら状況によっちゃ認識できるがな。だけど認識できたところで小汚いオッサンだ、無視するだろ」


 窓の外ではオジサンらしき人が正座でジャンジャンに雨に濡れています。

 そう言えばドアが叩かれる前にドスンと音が聞こえました。あれはあのオジサンハンマーを置いた音だったのでしょう。


「あいつもだいぶ調子こいてたらしいからな。自業自得だ。まあそんで、あいつのこともあってか、他の神達は随分焦ったよ、だって場合によっちゃあ自分達も危ないんだからな、そこで今度は責任の押し付け合い。で、結局、責任転嫁の果てに巡り巡ってあかりを導く役として俺が選ばれたって訳」


「じゃあ、あなたは責任を押し付けられたって訳ですか?」


「あー、まあ、そうなんだけど、別にそれはいいんだ。俺も退屈してたし、それにあかりといれば気に食わない神達に一発食らわせられるかもしれないからな」


「そ、そう、ですか」


 妖精王が少し姿勢を正しました。


「あかりは良い奴だ。ちょっと抜けてるところはあるが、正義感も強い。俺はあいつをこの世界から元の世界に帰してやりたいと思ってる。その為には神達に設定された魔王を倒すと言う目標をまず達成しなければならない。だけど俺とあかりだけじゃ、この国を出る事すら難しい。それで俺はあいつを軍隊に入れる事を思い付いた。軍隊に入れればこの世界の事をもっと学べるし、何よりあかりの為になる。ついでに導くと言う俺の役目的にも楽が出来る。さらに言えば、あかりはこの世界に居る限り年も取らないし、死ぬ事も、まあまず無いからな。軍隊に入れても安全だ」


「一応合理的な結論なんですね」


「ああ、だから頼む、姉ちゃんにも協力して貰いてえんだ。絶対に入隊出来るような志願表を書いて欲しいんだよ。なんせ志願表なんて俺も書いた事ねえし、あかりも字が書けねえし」


「あ、それなんですけど、どうして字は書けないんですか? 神からの祝福などは無かったのでしょうか?」


「んー、あったらしいけど、駄目だったみたいよ。喋れるし聞けるんだけど、読み書きが不得意みたいでな、感覚的な事しか身に付かなかったんじゃねーかな。まあ、個性だろうなあ」


「ああ、そうですね、個性、でしょうね、そう言われると納得してしまいますね」


 私はヤマダアカリとのやり取りを思い出していました。


「どうだ姉ちゃん俺の頼み聞いてくれるか?」


 総じて雲の上のようなお話。本当に信じていいのかも分からない。そんな状況ではありましたが、結局は私は商売人、そして目の前にいるのはお客様です。


「……分かりました。そのような事情があるのでしたら、私がきっと、いえ、確実に軍隊に入隊できるような志願表を書いて差し上げましょう」


「姉ちゃん俺の話を信じてくれるのか?」


「そうですね、やはり俄かには信じがたい話ではありますが、どちらにせよやるしかないでしょう。お代もまだ頂いていないですし」


「何だ、姉ちゃんしっかりしてるな」


「一応商売人ですから。それから出来れば水晶の方も」


「ああ、弁償してやるよ。ついでに妖精の国の飛び切り極上の水晶を持って来てやるぜ」


「本当ですか? 絶対ですよ」


 言質は取りました。

 その時です、店の奥の方でヤマダアカリが起き上がる気配がしました。


「ああ、もう起きたか。あいつ毒も眠りもたいして効かねえんだよ。寧ろ体調回復するくらいで」


「ああ、それはそれは」


 それから直ぐ後、聞き覚えのある音が聞こえて来ました。


 スパンッ。


 私は嫌な予感を覚え奥に走り現実を見て叫びました。


「ヤマダアアアー!」

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