ある魔術師の回想 1

 剣と魔法。そう言われてまず頭に思い浮かびますのは、御伽噺や神話、伝説、はたまたアニメやゲーム、等々……、そうです、所謂ファンタジーの世界でございます。これから登場する人物もそんな世界の住人であります。


 さて、ファンタジーの世界と申しましても、夢や希望ばかりではございません。


 人が居るからには生活があります、となりますとそこには障害も必然存在するわけでございます。事故や犯罪、外交問題にモンスターの襲撃、天変地異、巷では魔王復活の噂なんてのもあったりいたしまして。とにかく大小ございましても実に様々な問題があるものでございます。


 しかし問題ある所には対策あり。平穏を望む人々といたしましては問題をそのままにしておくなんてことはもちろんございません。


 とある王国、ここにそんな様々な問題に立ち向かうべく王立の軍隊が組織されました。


 そこに集うのは、力自慢や技自慢、博識、秀才、魔法使い、または珍しい芸に秀でたものなど、実に多種多様。それもそのはず、こちらの王国の軍隊は、間口を広く門戸を大いに開き、国中から志願者を募っていたのです。


 国が人材を求めているとなれば、色めき立つのは国民であります。何故ならば、万が一軍隊に採用され王国に召し抱えられれば、それだけで生活は保障され、自分どころか家族までもこれから一生食うに困る事は無いと言う好待遇が約束されているからです。そうです言わばエリート出世街道が待っているのです。


 しかしそうなって来ますと軍隊に入隊するのも容易ではなくなってきます。例え間口は広くとも、そこに国中の人が殺到してしまいましたので、あっという間にぎゅうぎゅう詰め、定員オーバー、倍率がドンと跳ね上がり簡単に入れるものではなくなってしまったのです。


 王国側としては優秀な人材を探すのに願ったり叶ったりのこの状況。一方国民にしてみれば、嬉しくない、楽しくない、ただただ大変、大騒ぎ。


 忽ち軍隊入隊は競争になり、競争は過熱していき、過熱した競争はその副産物とでも呼べるものを生み出しました。そうです、軍隊入隊にかこつけた商売であります。


 予備校、塾に対策教材、お守りに願掛け商品、こちら商売の方も多種多様。そんな中、ひっそりとこんな商売もあったりもいたしました。


『志願表、代書承ります』


 所謂代書屋と言うものであります。

 自分の将来がかかった重要な軍隊入隊試験、その志願表。少しでも綺麗な字で書いて印象を良くしたいと思うのは人情と言うものでありましょう。


 さてさて、王国の片隅にある田舎町、ここにもそんな代書屋を営む女性がおりました。正確にはこの女性、魔術師をしておりまして、その傍らに代書業もしていると言う者であります。


 これから語りますのはその女性の身に起こった出来事。ある代書にまつわるお話でございます。




『ある魔術師の回想(落語、代書屋より)』




 あれは嵐の日でした。

 その日は仕事もそこそこに、私は椅子に腰掛け紅茶を飲みながら本を捲っていました。仕事と言っても外は嵐ですから、そうそうお客様がいらっしゃる訳でもありませんし、薬の調合なども間に合っていましたので、店内の商品棚の埃を取ったり、床を掃いたり、簡単な整理や掃除、そんな程度のものでした。要するに暇な日だったのです。ええ、その音が聞こえるまでは。


 ドズン――。


 最初に聞こえたのはそんな音だったかと思います。鈍く低く振動を伴って響いた音、私は何かと思い外の様子を見に行ってみようと席を立ちました。何かしら雨風の影響があったのかと、その時は思っていました。しかし、私が玄関に辿り着く前にまた音が聞こえました。


 ドンドンドンドン。


 今度は明らかにドアを叩く音です。誰かが外で玄関を叩いていたのです。


 その誰かは一度だけではなく、二度三度と連続してドアを叩きます。何処となく切迫した様子さえ感じさせるのでした。


 外は相変わらず雨が降っていて、風も吹き荒れています。こんな嵐の日です。私は何か緊急事態でも起こっているのかと思い、少々慌てて玄関のドアを開けました。


 するとドアの向こうに子供が立っていたのです。子供と思ったのは単純に私よりも背が低かったからです。その時はまだ性別は分かりませんでした。その子供は外套を着ていて、フードを目深に被っていたのでした。勿論雨でびしょ濡れです。


「ちょっとあなた大丈夫?」


 咄嗟に出た言葉でした。

 そんな私の言葉に子供は大きな声で答えました。嵐の音にも負けない元気な女の子の声でした。


「あの、志願表って言うのを書いて欲しいんですけど!」


 なんと代書業のお客様でした。

 こんな日にお客など来ないと思っていた私にとって予想外の言葉に一瞬頭が真っ白になりましたが、すぐに気を取り直して私はその子を招き入れました。


「とにかくさあ入って下さい」


 正直に言えば、子供と言う風体と、予想外のお客様と言う状況に私は油断していました。まあ、後になって考えてみればそれがいけなかったのです。招き入れてしまった時点で私はもう巻き込まれていたのでしたから。そう、世界の運命を左右し得るかもしれない事態に。

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