十二月の或る夜の出来事

 或る静かな雪の夜のこと。

 薄暗い部屋に、対峙する男と少年のシルエット。


「……違うって言っているだろう」


 低い声でそう主張する男は椅子に座らされて後ろ手に拘束されている。


「いいや絶対にそうだ、僕には分かっているんです、どんなに否定したって無駄ですよ」


 一方、男の正面に立っている少年。まだ背が低く目の前の男とちょうど目線の高さが合っている。


「違う」


 頑なに否定する男。


「違うものか」


 それを認めない少年。

 二人の主張は平行線をたどり一向に歩み寄る気配がない。

 男が溜息を吐いて少年に諭すように言った。


「ここは一度お互いに落ち着こうじゃないか、なあ、タカシ君、どうやったら僕の言うことを信じてくれるんだい?」


 すると少年、タカシ、は少々オーバーな身振り手振りを交えてそれに答えた。


「あはははは、何を言っているんですか。こんなにも僕はあなたのことを信じているじゃないですか!」


「いや待ってくれ、そう言うことじゃないんだよ」


「いいえ、むしろそれ以外に何があるんですか?」


 タカシの反応に男はもう一度、さっきよりも深い、溜息を吐いて静かに言った。


「違うんだよ、タカシ君」


「いいえ、あなたで間違いありません」


「違う」


 男は首を振る。


「あなただ」


 タカシはしっかりと正面を見据え言う。


「だから違うと言っているじゃないか」


「違くないですよ」


 未だ平行線をたどる二人の主張、次第に言葉が熱を帯びて来る。


「違う」


「違くない」


「違う!」


「違くない!」


「だから違うんだ! 僕はサンタクロースじゃない!」


「絶対に違くない! あなたはサンタクロースだ!」


 互いに言い切ったあと荒げた呼吸を鎮める二人。

『Merry Christmas』と飾られた窓の向こう、落雪で木々が枝葉を揺らす。

 少しの沈黙のあと男が改めて落ち着いた口調で話し始めた。


「じゃあこうしよう、君が言う通り仮に僕がサンタクロースだとする、だけど君はその証拠を示せるのかい?」


 いや、出来ないだろう、言外にそんな意味を感じさせる男の言葉に、しかし少年はニヤリと笑った。


「ええ、それは難しいでしょうね……、普通なら。でもサンタクロースを知り尽くした僕にとってはそんなことは簡単です! いいですか、まずはそう! あなたのその服装だ!」


「服装だって? はは、何かおかしなところがあるって言うのかい?」


 男は上下、白い縁飾りのついた赤い服を着ている。


「こんな夜に全身そんな赤い服を着ている人がサンタクロース以外にいますか!?」


「いやいやいや、それくらいいくらでもいるだろう」


 続けてタカシが指摘する。


「それからその真っ白な髭はどう説明をするんですか?」


 男の顔には立派な白髭が蓄えられている。


「これもたまたまだよ。最近髭を伸ばすのに凝っていてね。それに白いひげを生やした人なんか世の中たくさんいるだろう」


 飄々と躱す男にタカシがたたみかけに行く。


「それだけじゃない、中身の詰まったその大きな白い袋、シンプルな黒いベルト、赤い三角の帽子、室内なのにブーツ!」


 語気荒く言い切った少年に対して、それでも男はまだ余裕のある笑みを浮かべる。


「タカシ君、これはただの仮装衣装だよ。何たって今日はクリスマスだからね。そう、パーティーに行く途中だったのさ。そう言う意味では確かに僕はサンタクロースなのかもね。まあ、ただのコスプレだけど。さあ、早く解放しておくれ、もうパーティーが始まっている時間だよ」


 しかしタカシ少年も怯まない。


「そうですか、あなたはパーティーに行く途中にわざわざ僕の部屋に寄ったと言う訳ですね。不思議なこともあるものです。だったらそのパーティーの会場を教えてください。折角の不思議な縁ですし、僕が遅くなった理由を電話で説明して差し上げますよ」


「いやいや、それには及ばないよ。そんなことをさせるなんて君に申し訳ない」


「ふふふ、違うでしょう。本当はパーティーなんてないんでしょう。だから会場を教えることも出来ないんだ、さあ、いい加減白状してください。さあ!」


「タカシ君、だからさっきから違うと……」


「何度否定したって無駄だ!」


 タカシは叫んだ。そして言葉と共に、秘めていた感情を吐き出す。


「いつだって僕はあなたを信じてた! 信じてたんだ……、だけどみんなが言うんだ、サンタクロースなんていないって、あんなものは嘘だって、信じてる奴は馬鹿だって! だから僕は考えた。考えたんだ。そして決心した。だったら、だったら僕がサンタクロースを捕まえて存在を証明してやるって」


 天井を仰いで笑うタカシ。


「それからは大変でしたよ。まずは一年間いい子でいなくちゃいけない。言いつけを守って、お手伝いもした。宿題も忘れずに、頑張ってテストでいい点だって取った。それとあなたのことを信じていないなんて言うクラスメイトとも仲良くしたさ。女の子にだって優しくした。規則正しい生活なんてのは当たり前で夜更かしすることもなかった」


 一拍置いてタカシが続ける。


「そんな僕が今日はこうして夜更かしをしている。このために眠くもないのにお昼寝までしたんだよ。ねえ、知ってるでしょう、すぐ眠くなってしまう子供が夜更かしをする難しさを」


「タカシ君そこまでして……」


「ああ、頑張ったさ、頑張ったよ、でもそのかいはあった、あなたがまんまと僕が用意した煙突型の罠に引っ掛かったのだからね。お小遣いで買った道具とスーパーで貰って来た段ボールで作った罠に! ええ、申し訳ないと思いますよ、だって煙突に入ってしまうのはサンタクロースの習性みたいなものですからねえ。それを利用してしまうなんて」


「タカシ君、君はどうして僕を、いや、そんなにしてまでサンタクロースを……」


「僕はあなたを、本当にあなたを尊敬している。信じているなんてそんなのは当たり前の、前提だ。僕は、僕はサンタクロースになりたいんだ。あなたみたいな。だから、どうしてもあなたに会って直接伝えたかった」


 タカシは俯き強く拳を握った。


「僕を、僕をあなたの弟子に――」


 その時、窓から眩しい光が差し込み部屋中を照らした。デコレーションされたクリスマスツリーと壁の装飾が煌めいた。


「な、何だ!?」


 タカシは逆光の中、窓の向こうにそのシルエットを見る。何か動物の顔とその頭に生える角の形を捉えた。


 男が言う。


「ルドルフ遅かったじゃないか」


 ルドルフ、そう呼ばれたのは窓の向こうにいたトナカイ。

 そのトナカイが申し訳なさそうに男に頭を下げた。


「さてと、じゃあそろそろ僕も行こうかな」


 男はそう言って何でもないように拘束を外し椅子から立ち上がる。百均の結束バンドが床に落ちた。


「な!? 待て! 逃げるのか!?」


「申し訳ない、タカシ君。私を待っている人は世界中に居るんだ。特に今日は忙しくてね、あまりゆっくりはしていられないんだ」


「待て……、待って、待って下さい! くそ! 真っ赤なお鼻が眩しくて近寄れない!」


「あ、因みに、タカシ君、さっきの話だけれど、僕の弟子になるには君はちょっと早すぎるかな」


「そ、そんな……」


「だって子供はサンタさんを待っていなくちゃいけないからね。まあ、もしも君が大人になっても私のことを信じてくれていたら、その時は考えてあげなくもないけどね。じゃあ僕はこれで」


 白い袋を持ち颯爽と窓からトナカイの背に乗る男。


「待って下さい! 行かないで! くそ! せめて連絡先だけでも!」


「それは駄目だよ、連絡先はあげられないな。だって君が欲しがっていたのは『ナンテンドウスウェッチ』だろう」


 男はそう言ってタカシのベッドの枕元の大きな靴下を指差す。

 タカシが駆け寄り確認すると、その中には彼が欲しがっていたゲーム機があった。


「え、本当に! わ、新型の有機ELディスプレイのだ! あ、でも、あ、うわあああ!!」


 様々な感情の狭間で叫ぶ少年。


「ホッホッホ、メリークリスマス。それで友達と一緒に遊ぶと良い。さあ行こうトナカイたち、次の町へ!」


 いつの間にか男はソリに乗りソリの前にはルドルフと八頭のトナカイが。

 タカシはなんとか正気を取り戻し貰ったスウェッチを抱えて窓に駆け寄る。しかしその時にはもう遅くそこに男の姿は無かった。


「くそお! 来年こそは絶対に弟子にしてもらうからなあ!」


 静かな雪の夜空にはそんな少年の声と微かにベルの音だけが響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る