第5話 桃太郎はあきらめない

 私はかつて、本国にやとわれた研究員のうちの一人でした。

 国では日々、争いに勝つための強力な武器を作るべく、様々な活動が行われていました。私のいた国立研究所もその一つです。

 けれども、初めから武器を作るというわけではありません。

 我々の出来る最大の研究を、潤沢な資金を使って行う。それが軍事転用できれば万々歳。そういったものでした。

 実際、世の中のいくつかの武器は、人の生活を助けるために生みだされた技術の応用だったりします。

 当然、そんなことを平然と許せるほど冷酷ではありませんよ、私も。

 けれども、研究資金を、研究するための環境を得るには仕方なかったのです。

 そして、我々は研究の果てに、呪いというエネルギーを観測するに至った。これは強大な負のエネルギーです。そのエネルギーを持つ品々に近づけば、ひとはたちまち様々な影響を受け、最悪の場合は死に至る。

 そして発見と同時に、これを公表することに抵抗を感じた。

 だって、突然、いかにも悪用できそうなエネルギーが目に見える形となってしまったのですから。そして我々はそのことを研究所内で隠し、別の研究でカモフラージュしながら更に詳しく調べていきました。

 すると驚くべきことに、数年前に絶滅した鬼という種族が、呪いを弾くことの出来る肉体を持っていたことがわかりました。

 ここまでに我々は十年近く使ってしまっていました。何しろこれはひっそりと、極秘裏に進められていた研究でしたから。

 そうとわかればさっそく、安全に呪いを扱うために、呪いに対抗するためのスーツを作り始めました。ですがこれが裏目に出ました。

 呪物の一つや二つであれば、適当な言い訳がいくらでもできます。データだっていくらでも隠すことが出来ます。けれども実際に作ったスーツを、完全に隠しきることは敵いませんでした。

 そうして我々が極秘に進めていた研究は、白日の下にさらされました。

 ですが、決して我々が懸念していたような事態は招きませんでした。

 彼らは呪いの存在を信じなかったのです。もっとも、そちらの方は隠しきれたということでもありますが。

 そして我々は、オカルトを信じ狂った研究員として、その迷信のために国の資金を横領していた者として追放されました。国からこの島へと。


 所長が喋り終わるころには、犬はあくびをしており、キジは再び床で転げまわり始めていました。

「なるほど、あなた方がこの島にいる理由はわかりました。ですが――」

 桃太郎の声を遮り、猿は怒鳴りました。

「それと村人を襲うこととなんの関係が!」

「どうどう、落ち着いてください。皆さんがそう思うのも無理のない話です。実際、村から多くのものを奪ってきていることは事実ですから。同時に、皆さんは見落としもしています」

「見落とし、ですか?」

 桃太郎はその赤い瞳を、まっすぐ所長へ向けています。

「我々は決して、村人を傷つけてはいない。そして、奪ってきたものはすべて、多かれ少なかれ呪いのこもった物。確かに、何も言わずに持ってくるのは平和的ではありませんが、呪いのこもった物はとうぜん、持ち主に精神的作用をも及ぼす。この意味が解りますか?」

 所長も桃太郎に強い視線を向けます。

「……手放そうとしない?」

「ご名答。ですからこうして収集するほかなかったのです」

 所長はoni-suitsの表面を撫でました。

「それなら、そのことをもすべて、村の方にお話すればよいではないですか」

「本国で素直に話した結果が、今の私たち。とうに人々は私たちを見捨て、私たちもまた人々と対話することを諦めたのです。いまさら話せばいいだなんて、確かに、可能性がゼロとは言いませんが、村の人々が私たちを未知の脅威だと思っている方がずっと都合がいい。まあ、部下たちのやり方は、私が想定していた以上に乱暴なようでしたが」

「ゼロでないのなら」

「試してみるべきだ? 確かに、普段ならそうするでしょう。ですが相手は人間です。大衆の動きというのは、実験結果よりずっと予測しやすいのですよ。まだ貴女にはわからないかもしれませんがね」

 犬は相変わらずあくびをし、キジはようやく落ち着きを取り戻し、猿は毛づくろいをはじめていました。

 桃太郎はしばし考えた後、所長にいくつかのお願いをしました。

 所長はそれを聞き入れ、桃太郎たちと海岸で落ち合うことに決めました。


 一行の乗った船は、鬼ヶ島を背に村へと向かってゆきます。

 鬼ヶ島に来た小舟ではなく、所長に借りた大きな船です。そこにはoni-suitsと、村人の所有物がいくつか載っています。

 猿は少し残念そうに、犬は少し退屈そうに、キジは少し不思議そうな顔をしていました。

 冒険のほとんどは、つまらない結末を迎えるものなのです。

 島に着くといつの間にか桃太郎の話が広まっていたようで、海岸では村人たちが桃太郎の帰りを待っていました。そこにおじいさんの姿はありません。

「桃太郎! よく無事だったね! それから……」

 村人たちの視線は、船に乗ったoni-suitsに注がれていました。

「ええ、これから、すべてお話をします」

 そうして桃太郎は、鬼ヶ島であったことを全て村人たちに話しました。

「研究の最中に呪いを失ったいくつかの物品は、こうして持ち帰らせていただきました」

 村人たちの幾人かは、結果を嘆いたり鬼ヶ島の人々への批判を口にしました。けれども村人たちのほとんどは、所長の予想に反してただ黙ったまま、何かを考えているようでした。

 桃太郎はその状況を不思議に思っていましたが、そのうちの一人が「気持ちはわからなくもないから」と、口にしました。

 この村に集まる人々は、様々な事情を抱えています。中には、人に探られては困る経緯でやってきた人もいました。要するに、研究所の人たちに一定の理解を示したのです。

 ですが、それはそれ。

「理由があっても黙って持っていかれるのでは、我々も生活に困ってしまう」

 そこで今度は村人たちが鬼ヶ島へ、話し合いに向かうことにしました。

 少なくとも話し合いの出来る相手だということが分かったのと、自分たちによく似ていると感じたからです。まあ、すべての村人がそう考えていたわけではありませんが、おおよその方向性はそう決められました。


 さて、無事帰ってきた桃太郎。

 家でジッと待っていたおじいさんに温かく迎えられ、これまでのことを全て話しました。

 そして、連れ帰った二匹と一羽を紹介しました。

「君が何も失わない冒険をしたのであれば、私は嬉しいよ、桃太郎」

 ふと、桃太郎はおじいさんに所長の影を照らし合わせました。

「おじいさんは、もしかして……」

「君が何を考えているのかはわからないけれど、私の過去もまた、詮索するものではないよ。それに、私は自分で選んでここにいるからね」

 一方で、その後の村人から桃太郎への扱いは、以前より冷たいものとなりました。

 鬼という脅威が去った今、ただただ強い桃太郎が、次に村人の脅威に成り得る存在だったからです。

 誰もが桃太郎と距離を置くようになりました。

 それでも桃太郎は少し寂しいくらいで、毎日退屈することはありませんでした。

 元気な犬と、賢い猿、おかしな鳥という友人が出来たからです。

 ほんの少しだけ、村が窮屈になったくらいで。

 そんな桃太郎を黙って見ているおじいさんではありません。

 ある日おじいさんは、桃太郎を桟橋へ連れ出しました。たった一隻の小さな船が停まっている、立派な桟橋です。

「詮索はしないでくれたまえ」

とだけ言うと、おじいさんは海へ飛び込みました。

 大きなしぶきを上げ、それは桃太郎の目を一瞬眩ませます。

「おじいさん!?」

 叫びながら桃太郎が桟橋の下を覗くと、おじいさんの指さす方向に、暗く大きな巻貝の影のようなものがありました。

「おじいさん、それは一体なんですか?」

 桟橋の下へ頭だけ出す桃太郎。おじいさんは口元に人差し指を当てて言いました。

「ノーチラス号。私が世界を旅した潜水艦だよ。ここはいささか、窮屈だろう?」


 干潮の朝、桃太郎とおじいさん、そして犬と猿とキジはノーチラス号と名付けられた潜水艦に乗り込みました。

 無数の書物が並ぶ部屋や、海底を一望できる空間などのある、立派な潜水艦です。

「さて、桃太郎。この世界はたった二つの島で出来ているわけではないんだ。どこまでも続く海、壮大な大陸、まだ見ぬいくつもの島々。そのすべてが君を待ち構えている。君の知らないどこかが、ほとんどなんだ! 冒険の決まりはたった四つ。危険だと思ったらすぐに逃げること。自分の命が危ないときは、相手を傷つける躊躇いを捨てること。お腹が空いたら休んで、団子をたらふく食べること。そして、この先の君の人生が、きっと素晴らしいものになると信じてやまないこと!」

 おじいさんはそう言い、ノーチラス号を出航させました。

 桃太郎は広大な海に心を躍らせ、団子をひとつ口へ放り込みました。

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