第4話 鬼ヶ島でも戦わない

 ひとりと二匹と一羽は、いよいよ鬼ヶ島へと出発しました。鬼ヶ島は目と鼻の先。半刻もあればついてしまうでしょう。

 桃太郎と犬、猿が乗り込んだ船はゆっくりと島から離れ、鬼ヶ島を目指していきます。その上空を飛んでいる鳥は、ときおり帆先に止まって羽を休めていました。

「桃太郎さん、話し合うって言ったって、村ではそれが出来なかったのでしょう。どうするおつもりなのか、僕たちに話してはくれませんか?」

 猿は桃太郎の顔を見上げました。

 桃太郎は赤い瞳で、鬼ヶ島をまっすぐ見据えています。

「村に来ていた鬼とは、お話できませんでした。けれど、島にいるすべての鬼がそうだとは限りませんから」

 その言葉を聞き、猿は口角を片方だけ上げました。

「大胆不敵と言いますか、何といいますか。存外、希望的なんですね、桃太郎さんは」

 この船を手に入れたときも、桃太郎はあまり計画的とは言えませんでした。猿は少しそのことを心配しましたが、すぐにそんなことがどうでもいいと思えてきました。猿にとっては、面白いものが見れるかもしれない方が、ずっとよかったからです。

「そ、そろそろだぜ。真正面から上陸するの?」

 帆先の鳥は、その赤い顔を桃太郎の方へ向けました。

「ええ、そのつもりです。私は侵略しに来たわけでも、討伐しに来たわけでも、暗殺しに来たわけでもありませんから」

「それならボクが先頭だ! まんいち桃太郎さんが、襲われそうになったとき守れるように!」

 犬の声に、桃太郎は首を横に振りました。

「大丈夫です。こう見えても私は強いですから。もしもの時だけで十分なのです」

そうこうしているうちに、船は鬼ヶ島の海岸へ着きました。

 島は、外部からの侵入を避けているかのような、鋭い岩肌に囲まれています。

 その上を一行は器用にのぼり、上陸します。

 島は、暗い森を中心に広がっているようでした。

 桃太郎たちが森の方へと進もうとしたとき、木がガサリガサリと揺れ、一行の足を止めます。

 揺れたほうを注視していると、そこから二体の大きな鬼が姿を現しました。どちらも桃太郎の倍くらいの大きさをしています。

「お、鬼だ! 桃太郎さん、ど、どうしよう!」

 キジは羽をばたつかせて地面まで落ちてくると、ネズミ花火のように転げ回りました。

「落ち着いてください。まだ距離はありますから。皆さんはこちらで待っていてくださいね」

 桃太郎はキジを踏まないように、ひとりで前に進んでいきます。

 犬も駆けだそうとしましたが、猿はそれを止めました。

 二体の鬼は、顔を見合わせてから、桃太郎の方を凝視しました。そしてそのまま、静止しています。

 あと一間といった距離のところで、鬼たちは後ずさりをはじめました。

「あの、勝手に島へ入ったことはごめんなさい。よければお話を――」

 桃太郎が言い終わる前に、鬼たちはドタドタと足音を立てて、森の奥へと走り出しました。

「おや、聞いた話とまた違った雰囲気の方々ですね、鬼は」

「桃太郎を目の前にして、怖気づいたんだ!」

 猿と犬の方を振り返った桃太郎は、静かに「行きましょうか」と言い、森の中へと入っていきました。


 どれほど歩いたでしょう。海から見たときよりも森は広く感じます。

 すでに日が沈もうとしています。暗く影を落とす森では、とうに太陽の光は見えなくなっていました。

「ま、迷ったらどうしようもないぜ?」

「それもそうですね。悩ましいですが、今日はこの辺りで火を焚きましょうか」

 桃太郎が荷物を下ろそうとしましたが、猿はため息をつきました。

「敵地だというのに、まるで警戒心がないではありませんか」

「桃太郎さんにはボクがついているから大丈夫だよ!」

 と言っていると、どこかから草を踏み歩く音が聞こえてきました。

 先ほどの鬼たちの足音にしては軽い音でしたが、一行はそれぞれ構えます。

 薄暗い森の中から、人影が現れました。

「に、人間だよッ」

 キジは叫ぶと飛び上がり、桃太郎の背に隠れます。

 それは人間の男のようで、ほっそりとした身体に真っ白なコートをまとっていました。顔にはひげを蓄えています。

「なんだ、お前は! 小さい鬼か!?」

 犬が問うと、その人は笑いました。

「ちゃんとした人間ですよ。安心してください、危害を加えるつもりはありませんから」

 優しい声でした。

 桃太郎は構えていた竹刀を収めました。

「桃太郎と言います。勝手に島に入ったことは謝ります、ごめんなさい」

「いいえ、それは構いませんよ。目的は気になりますが、こんな深い森で夜を明かす方が問題に思えます。よければ私たちの拠点で休むと良い」

 親切にもその人は、桃太郎たちを安全な場所へ案内してくれるようです。

「お言葉に甘えて、一晩。ありがとうございます」

 猿はいぶかしんでいましたが、一行はその人についていくことにしました。

 少し歩くと、やがて煌々と光を放つ大きな建物にたどり着きました。

「私たちはこの島で研究をしています。ここは研究所兼寄宿舎です。部屋は余っていますから、安心してください。私が所長ですから、細かいことも気にしなくて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます、助かりました。ですが、ここに鬼は来ないのですか?」

 桃太郎がそう尋ねると、所長は首をかしげました。

「鬼? ああ、なるほどそういうことでしたか。それなら明日にでも、貴女に一つお見せしましょう。今夜はゆっくり休んでください」

 一行もまた首をかしげましたが、その日はゆっくりと休みました。そう長くはない旅の疲れを癒すために。


 翌朝、一行は所長と共に研究所を案内してもらいました。

「あ、あのさ、変なことを聞くけれど、ここは罪びとが流れ着く島じゃなかったかな?」

 そういったキジの口を猿は押さえました。

 所長はそれを見て微笑みました。

「構いませんよ。確かに私たちは、罪びととして国を追われましたから」

「えっ! 善良な人間のフリしてっ! 桃太郎に何をする気だっ!」

 吠えた犬を桃太郎がなだめます。

「何をするつもりもありませんよ。部下から噂は聞いていますから、少し……いいえ、まずはこれを」

 そうして所長が一つの部屋を開けると、そこには幾体もの鬼がずらりと並んでいました。

「お、鬼だっ!」

 キジは飛び上がり、ふたたび猿に捕まります。

「安全なんですか?」

「ええ、大丈夫です。危険なものではありませんから」

 所長はそう言うと、一体の鬼へと近づいていきました。

「皆さんはこのスーツのことを鬼と仰っていたのですね」

 所長がふれても鬼たちは微動だにしません。

「スーツ、ですか?」

「ええ、これはすでに絶滅した鬼から、着想を得て作ったスーツです。その名もoni-suits。まあ、名前は何でも構わないのですが、皆さんが村で見ていたのはこのスーツを着ていた私の部下でしょうね」

 所長がoni-suitsの背中をいじると、鬼の腹の部分が観音開きになり、内側に大きな空洞が現れました。

「ここに人間が入り、スーツを装着します。試してみますか?」

「いいえ」

 桃太郎ははっきり答えました。

「つまり、貴方の部下が、このスーツを着て村を襲っていたということですか。何のために?」

「物取りの罪で流刑にあった、ということでしょうね」

 猿は桃太郎の足元で所長を睨みつけました。

「いいえ。皆さんもそうやって、誤解をする側なんですね。ですが冷静さは幾分かあるようだ。順を追ってお話ししましょう」

 そう言うと所長は、椅子に座り話をはじめました。

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