第3話 きび団子には、なびかない

 桃太郎は鬼ヶ島を目指します。

 家の前にある海からでは、潮の流れによって鬼ヶ島にはたどり着けません。なので、村を避けて山の中を通って反対側の浜まで行くことにしました。

 また、一昨日のように浜辺を通るのでは、村人に見つかってしまうと考え、出来るだけ人のいない方へと歩いてゆきます。

 しばらく山の中を進んでいると、少し開けた場所に、一匹の犬がうなだれているのが見えました。美しい金の毛並みの犬です。

 調子が悪いのかと桃太郎が駆け寄ると、想像以上に大きな体の犬はすすり泣いていました。

「どうしたのですか、犬さん」

 桃太郎の声に、犬は立ち上がりました。

 四つ足をついていても、桃太郎の顎下まである大きな身体をしています。

「麗しい声の人間さん、君はどうしてこんなところに?」

 鼻をすすりながら犬は言いました。

「これから、鬼ヶ島へ向かうところです。犬さんは?」

「ボクはここで、昨日枯れた花のことを思っていたんだ。とても美しい花だった」

「貴方はとても、優しいんですね」

「そうだといいな。けれどもボクは薄情だから、君の声を聴いたとき、そんな花のことなんてどうでもよくなってしまったんだ。枯れたら次の花を探すだけ。神様に誓う愛だって、死が二人を分かつまでの、期限付きの愛なんだ」

 桃太郎は犬の話していることがあまり理解できませんでした。けれども犬は、首をかしげている桃太郎を気にせず話を続けます。

「だから、今日からは君を大切にしていきたいと思うんだ。君はとても素敵な人間のようだから」

 桃太郎も、別に犬が悲しんでいないのなら良いかと気を改めました。

「ところで人間さん。君は鬼ヶ島へ行くと行ったかい? たった一人で?」

「ええ。おじいさんには一人で行かないように言われたのですが、そんなことを頼めるような知り合いはいないんです」

 犬は大きくしっぽをパタつかせると、

「それならボクがついていこう! きっと、君の役に立つよ」

と言い、飛び回りました。

「けれども、危ないことはしないでね。私はあくまでも、鬼たちに会ってお話をしようと思っていますから」

「ああ、わかったとも。君に危険が迫った時だけ、ボクは君の役に立とう。ところでお腹が空いたのだけど、近くの桃の木まで行ってもかまわないかい」

「それならきびだんごをあげましょう。腹持ちが良いそうです」

 桃太郎はおじいさんにもらったきび団子を犬に渡すと、犬は大喜びしました。

 そうして桃太郎は大きい犬を連れて、どんどん山の中に入っていきます。

 さすがに山を通っては、一日で島の反対側まで着きそうにありませんでした。日が傾き始めたころ、犬が「近くに温泉があるから、そこで休んでいこう」と言ったので、桃太郎は犬についていきました。

 次第に木々が減っていき、岩肌が目立ってきます。

 そこは辺り一帯、湯気がもうもうと充満していました。

「ずっと島にいたのに、こんな場所知りませんでした」

「ここは村からも離れているからね。それに、普段は猿たちが縄張りにしているんだ。まあ、そんなに悪いやつじゃないから、一晩くらいなら貸してくれるさ」

 その言葉通り、一番大きな温泉では、多くの猿たちがいました。

 彼らはとくにこちらを警戒するでもなく、落ち着いて温泉に浸かっています。

 桃太郎たちは少し離れた場所の温泉で湯を浴びました。

 ひとりと一匹で温泉を楽しんでいると、先ほどまでは気が付きませんでしたが、どうやら先客の猿が一匹、同じ湯につかっていました。その猿は他の猿と違い、真っ白な毛を持っていたため、白い温泉のお湯と湯気に紛れていたのです。

「あら、ごめんなさい。貴方が先にいたと気が付かなくて」

 桃太郎はすぐに詫びましたが、猿は特に気にしていたわけでもなく、静かに口を開きました。

「構いませんよ。お湯は余るほどあるのですから、僕を嫌でないのなら、ゆっくりしていくと良い」

「ありがとう、猿さん」

 桃太郎が礼をの言うと、猿はていねいに一礼しました。

「ところで人間さん。貴女はなぜこんな山奥に来たのです? もし嫌でないのなら、これも何かの縁。ひとつお聞かせくださいな」

 猿は涼やかな声で、そう尋ねました。

 桃太郎はこれまでの経緯を話すと、猿は少し考えてから言いました。

「もし貴女が嫌でないのなら、僕もついて行って良いですか? 貴女がどのように鬼と話し合うのか、とても興味がある。それに、いざというときは、きっと力になれるでしょう」

「それは構わないですよ。犬さんも良いですか?」

「君が良いならボクも良いよ。けれども、猿っていうのは群れで生きるんだろ? いいのかい、山から出て行っても」

 猿は鼻で自虐的に笑ってから、大きな温泉の方を薄目で見ました。

「僕は皆と少し違いますから、群れにいたって楽しいことはないのです。別に、嫌なわけではないですよ。ですが、どうせやることもなく毎日を浪費するのです。多少の冒険はね?」 


 夜が明け、温泉を発つ前に、桃太郎は猿にきび団子を渡しました。

「これはとても腹持ちが良いのです。まだ海までは遠いですから、ひとつ差し上げます」

「これはどうも、桃太郎さん」

 ていねいに受け取った猿は、落ち着いた様子で受け取りました。

 ですが一口食べれば目を大きく見開き、黙ってゆっくりと味わいました。

 食べ終わると猿は口を拭い「とても美味しかったです」と感想を述べました。

 そして犬の背中に乗り、ひとりと二匹は山を下り始めました。

 この山を抜けて少し行けば、鬼ヶ島が目の間にそびえる浜辺に出ます。きっと今日のうちにたどり着くでしょう。

 木々が生い茂る山の中をずんずん歩いていくと、今度は一羽の鳥に話しかけられました。

「や、やあ、妙な組み合わせだね。こんなところで何をしているんだい?」

 キジのように見えますが、それにしては少し赤い羽根が目立つ鳥です。

「これから鬼ヶ島へと向かうのです」

「えぇっ? どうしてそんなところへ? そんな場所行ったって面白くもなんともないのに!」

 ひどく抑揚の付いた話し方で、キジはそう言いました。

「かくかくしかじかで、鬼たちに会ってみようと思ったのです」

「君は変わっているね? あは、よければ俺も混ぜてくれよぉ! なんたってサイコーのショーが見られるかもしれないんだ! あ、い、いや……な、何を言っているんだろうな俺は。そ、そんなものを見たって意味なんてないのに! 何をしたって意味なんてないのに! ああ、くだらない!」

 悲鳴を上げたキジは、地面に自ら落ちていくと泣き始めました。

「気味の悪い鳥だね。行こうよ、桃太郎」

 犬は桃太郎の服の裾を引っ張りましたが、キジを通り過ぎることが出来ずに声をかけました。

「どうしたのですか、鳥さん」

「アッハハ、君は変わっているねえ。普通はこういうとき、俺を避けていくんだぜ? アハハハハハハ」

 乾いた笑いを上げる鳥は、どこか悲しそうな顔をしています。

「ほら、もう行こう桃太郎。君は誰にでも優しすぎるんだ」

 犬は桃太郎を引っ張りますが、今度は猿がそれを止めました。

「まあ、彼女が満足するまで見ていましょう。攻撃はしてこないようですし」

 犬と猿は木の陰で、ひとりと一羽のようすを見守りました。

「鳥さん、もし私の力になれることがあれば言ってくださいね」

「あは、おかしいんだ俺は。ちょっと、おかしいんだ。だって……! いや、この話は君にしたって仕方がないんだ。俺はずっと仕方のないことを考えて、どうにかできないかと嘆いて、その度に段々おかしくなって。もう、何もかもどうしようもないんだ。あは」

 桃太郎はそっと、鳥を撫でました。

「確かに、どうしようもないこともたくさんあるのかもしれません。けれども、どうにかできることもまだあるのです。鳥さんがどうにかしたいことは何ですか?」

 鳥は口をパクパクさせました。何も言いません。

 桃太郎はきび団子を差し出すと、鳥に

「もしお腹が空いたのなら一緒にご飯を食べましょう。どうにかできる小さなことから、一緒に始めましょう」

と言いました。

 鳥は桃太郎の手から団子を啄むと、少し落ち着きを取り戻したようで立ち上がりました。

「ありがとう、桃太郎さん。お、俺はいつだって、自分でどうにかできないことばかりを気にしていたらしいね」

 鳥は頭を深く下げました。

「それでは私たちは先を行きます。どうか貴方に道しるべがありますよう」

そうして桃太郎一行は、キジを背に海を目指しました。

 少し時間を使ってしまいましたが、そう焦ることでもありません。まだ日は高く、今日中に海を渡ることも難しくないでしょう。

 そうして歩いていくと、森はすぐに開け、見慣れた浜が見えてきました。その先には鬼ヶ島が、日の光をも拒むように波の間に立っています。

「ヤッター! 海! さあ、急いで桃太郎さん。早くしないと日が暮れてしまうよ!」

 犬はきらきらと輝きながら、美しい毛を波立たせ走ってゆきます。

 ここまでちゃっかり犬に乗って来ていた猿は、その勢いで振り落とされました。

「まったく、気の早いやつですね。それに、彼はあの様子だと泳いで渡ってしまいますよ」

 猿に言われて桃太郎はハッとしました。どうやって向こうまで渡るかを、考えていなかったのです。

 その顔を見た猿は、深いため息をつきました。

「桃太郎さんもけっこう、後先を考えないのですね。まあ、海沿いを歩いていれば船の一隻や二隻、見つかるでしょう」

 そういわれましても、すっかり海へ出ることを避けていた村です。そんなにほいほいと船があるはずもありません。

「どうしましょう。おじいさんの家へ戻れば船があるのですけれど、それではここまで遠回りしてきた意味がありません。それにきっと、船を地上で引きずる必要がありますから……」

 きっと桃太郎の力ならわけないでしょう。それでも、それなりの時間がかかること必至。

「ふ、船ならあっちにあるぜ?」

 上空から声がしました。

 見上げるとそれほど高くない位置で旋回している、一羽の鳥がいました。さきほどのキジです。

「ありがとう、鳥さん」

 鳥の案内に従うと、崖辺に立てかけてあった古い小舟を見つけました。

「これなら借りていっても、誰も困らないでしょう、桃太郎さん」

「そうですね。ではさっそく向かいましょうか」

 桃太郎は船に穴が開いていないことを確認すると、ひょいと軽々持ち上げました。

「き、君はとっても強いんだね」

 鳥は驚きながら、上空を旋回しています。

「貴方もついて来るのですか?」

猿の声に「そうしたいんだけど、大丈夫かな?」とキジ。

「貴方の見たいものが見れるかはわかりませんし、手出し無用とのことですが、きっと桃太郎さんは来るものを拒むことはしませんよ」

 桃太郎を差し置いて猿は答えました。桃太郎は返事をしないまま、先に海へ駆けて行った犬へと向かっていきます。

「犬さん! この船であちらへ渡りますよ! どうか戻ってきて!」

 そう叫ぶと犬はその場に座り込んで、しっぽが千切れそうなほど振りながら桃太郎を待ちました。

「素敵だね、これなら毛が濡れないや!」

 犬はすでに、波で足元が濡れそぼっています。

「そうですね。くれぐれも先を行かないようにしてください。ここからは、何があるかわかりませんから」

 桃太郎が犬にやさしく伝えると、犬は元気よくワン! と鳴きました。

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