デスゲーム・クリムゾン

坐久靈二

デスゲーム・クリムゾン

 大部屋に集められ、閉じ込められた百人規模の老若男女様々な人々、彼らは皆気が付くとこの場所にいたらしい。


「ここはどこだ?」

「何が起こっている?」


 困惑する人々の声。


「ふざけんな! 出せよ!」

「明日はテストが!」

「ライブが!」

「大事な商談が!」


 理不尽に苛立つ人々の叫び。


 そんな中で唯一人、紅宮あかみや抜斗ばっとというおおよそ二十代後半と思われる男は奇妙な程冷静に辺りを見渡して溜息を吐いた。

 彼はこの異常事態に何の感慨も無いといった様子で、その場で天井の中央にぶら下げられたモニターを見上げて呟いた。


「さて、そろそろか……。」


 その言葉に答えるように、モニターに人を小馬鹿にしたような、おそらく八十年代の子供向けアニメのマスコットキャラの面と黒の全身タイツを身に着けた人間が映し出された。

 断言はできないが肩幅から男性、それも特に鍛えているという訳でも太っているという訳でもない痩せ型の男だろう。


『グッドモーニングエブリワン☆ ナイストゥミーチュー♪♪』


 モニターの男は妙に甲高い声で話し始めた。


「なんだてめーは‼」

「お前か俺達をこんな場所に閉じ込めたのは‼」

「さっさと帰せ‼」


 当然、部屋には抗議の怒声が飛び交う。

 面の男はそれをケラケラと大袈裟な動作で嘲笑った。


『あれーっ、いいのかな? そんな生意気な言葉を僕に吐いて……。例えば僕が君達の居る部屋を燃やしちゃったら皆焼け死んじゃうよね? 大人しく言うことを聞いた方が良いと思うよ?』


 確かに彼の言う通りだ。

 他にもこの場に集められた人間を皆殺しにする方法はいくらでもある。

 今彼らはこのふざけた男に生殺与奪権を握られていた。


 しかし、そんな状況にも関わらず紅宮あかみやという男だけは泰然自若としていた。

 そればかりか、なおもモニターに強い口調で言い放つ。


「前置きは良いからさっさと進めたらどうなんだ。やるんだろう? これからよくあるアレを。」

『君、頭悪いのかな? 他人の話を聞かないタイプ? そういうの、この先苦労すると思うよー?』

「この先、ということは俺の想像通りなんだろう?」


 態度を崩さない紅宮あかみやに、面の男は一瞬口籠る。


『……ま、いいや。何かそこの、えーと……。』

紅宮あかみや抜斗ばっとだ。以後宜しく、ゲームマスター君。」

『……抜斗ばっと君か、変な名前だね。それに何故か察しが良いみたいだし、君の言う通り進めちゃおう。今から皆さんにはゲームをしてもらいます。それもとびっきりスリリングで面白い、何より君達の真実が明らかになる死のゲームです。』


 と、そこまで男が話したところで紅宮あかみやはいやに大きな溜息を吐いた。


「またそれか。」

『は?』

「いや、正直そういうのもういいから。そりゃ最初の方は斬新だったんだろうけど、今日日何番煎じだよって話でな……。」


 紅宮あかみやの余りに太々しい態度に周囲の者達はみなモニターよりも紅宮あかみやの方を奇異の目で見てどよめいていた。

 そんな視線を余所に、紅宮あかみやは続ける。


「どうせ俺達の様子は全世界に配信されてるとか、そういうこともしているんだろう? いや、面白いと思っているのはお前らだけなんだよ。ひたすら悪趣味なだけなんだよな。大体、極限状態に置かれて取った言動がその人間の真実とかいう論理もボコボコに論破されて久しいんだよ。しかも大抵の場合、人間の美しさが発露された場合はやれ『つまらない。』だとか『綺麗事を言う良い子ちゃんの偽善者。』だとか難癖付けて認めないだろう? お前ら、人間の真実じゃなくて醜態が見たいだけじゃないか。それで殺し合うしかない状況に置けばいいなんて使い古されたことしか浮かばない発想力が凡庸なんだよな。実行できる能力は凄いんだろうが所詮オナニーの域を出ないよな。そんなものを見せられてもみんな困るというか、面白いわけがないということも分からないんだから。」


 ベラベラと早口で喋る紅宮あかみやに、閉じ込められた人々は呆気に取られた様子でただ彼を見ていた。

 モニターの中では面の男が震えている。


『お前‼ 自分の立場解ってんのか⁉ お前なんか僕の指先一つで死んじゃうんだぞ⁉』

「ほーう、どんな風にだ? 全身から血が噴き出るのか? 首が飛ぶのか? それとも突然心臓麻痺でも起こすのか? 正直俺も発想の貧困さでは他人の事をとやかく言えたものではないからこんな程度の趣向しか思いつかないな。ただまあ、同じデスゲームをやるにしてもお前よりは面白い、多くの人に楽しんで貰えるものが出来るけどな。」

『黙れ黙れ黙れ‼ もういい、お前は失格、退場だーッッ‼』


 男のヒステリックな叫びと共に、天井から無数の銃口が紅宮あかみやへと向けられた。

 彼の近くにいた人たちは悲鳴を上げて離れようとし、押し合い圧し合いになり将棋倒しを起こしたりとすっかり混乱していた。


「なるほど、人間の醜態を見たいだけならペナルティは必ずしもターゲット一人を確実に殺す必要は無く、巻き添えを出してもいい。こういう趣向もアリなのか。」

『そーさっ、よくも散々虚仮こけにしてくれたな! 精々澄ましてろ! お前が一番つまらない死に方をするんだ‼』


 けたたましい音を鳴り響かせ、無数の銃口が一斉に火を噴いた。

 しかし同時に、突然まるで電気が消えた様にモニターと閉じ込められた人々と紅宮あかみやを残し空間が暗転した。

 銃口から発射された弾丸は木端微塵に砕け散り、砂埃となって一切の殺傷力を剥奪された状態でこの暗黒に降り注いだ。


『え?』

「悪いな。俺が今までお前を平気で挑発できたのは、俺には俺でデスゲームを開催できるお前の能力を上回る能力があるからなんだ。」

『え? え?』

「俺の特殊能力、『死亡空想デスゲーム戯跳躍者クリムゾン』の効果は大きく二つ。一つは、『デスゲームに巻き込まれた場合、誰一人として犠牲者を出さずに完走したという結果を強引に生み出しその過程をショートカットして結末まで跳躍する。』というもの。ま、要するに『あらゆるデスゲームに於けるチート』だな。」

『は、ハァーッ⁉』


 モニターの中で面の男が狼狽して叫ぶと同時に、紅宮あかみや以外の者達の姿が次から次へと消えていく。


『なっ、何が⁉』

「言っただろ? お前が開催しようとしたデスゲームは既に犠牲者ゼロで完走した。彼らは皆無事に元の日常へと帰るんだ。」

『何だと⁉ おい、ふざけるな! ふざけるなよ‼』

「まあお前なりにお前の中では面白いゲームを色々考えていたんだろうが、全部無駄になってしまったな。だが安心しろ。お詫びと言っては難だが、俺がもっと面白いものをプレゼントしてやる。」


 紅宮あかみやの口角が不気味に上がり、同時にモニターの中で男がよろめく。


『な、何だ……?』

「さっきも言ったが俺も他人の事をどうこう言えるほど斬新な発想の出来る人間じゃない。『死亡空想デスゲーム戯跳躍者クリムゾン』の第二の効果は第一の効果と比べてそんなに大それたものじゃないんだ。だが、お前らのやろうとしていたオナニーよりは多少なりエンターテインメント性のあるものだと自負している。」

『か、身体に力が……意識が……。』


 闇の中、紅宮あかみやは一人人間の者とは思えない不気味な笑みを浮かべて立っている。


「さあ、ゲームの始まりだ。どうか可能な限り皆を楽しませてくれ。」


 黒い霧が部屋も、そして面の男の意識をも包み込んでいく。

 全てが漆黒に染まり、一つのデスゲームが未遂のまま強制終了の憂き目に遭った。




***




 大部屋に集められ、閉じ込められた数多の様々な仮面覆面を着けた者達、それから奇妙な人外のコスプレ、特殊メイクをしたと思われる者達、彼らは皆気が付くとこの場所にいたらしい。

 中央の壇上にはその誰もにとって見覚えのある男が佇んでいた。


「以前デスゲームを開催する動機について持論を語ったが、要するにマスター側にとっての醍醐味は参加者が醜態を晒す様子を楽しむことにある。そしてこれも持論だが、醜態がエンターテインメントとなるにはそれを演じる者が解り易くヘイトを集める人間であることが望ましい。嫌な奴に対し『ざまぁ見ろ。』という感覚はエンターテインメントの趣向として古今東西実にお手軽に用いられている。」


 静かに、しかし何処か嬉々とした様子で語る男のことはこの場にいる誰もが知っている。

 忘れようもない、間違いようもない、あの男は紅宮あかみや抜斗ばっとだ。


「な、何のつもりだ!」

「私達を閉じ込めて何をしようと言うの⁉」


 黒子の様な男と全頭ラバーマスクの女が抗議の声を上げた。

 そんな二人に、紅宮あかみやは冷たく笑って答える。


「察しが悪いな。これはだぞ? それとも、まさかとは思っていなかったか?」


 壇上の紅宮あかみやを憎々しげに見つめていた彼らに動揺が走った。

 そう、ここに集められたのは正にデスゲームを主催、運営していた側の者達だ。


「これこそが『死亡空想デスゲーム戯跳躍者クリムゾン』の第二の効果。お前らがデスゲームをやろうとすればそこには、そしてデスゲームに招待することが出来る。勿論、俺は差別なんてしないから男も女も老人も子供も、それから人間以外の存在だろうとみんな分け隔てなくゲームに参加させてやるぞ?」


 紅宮あかみやは不気味に顔を歪めて笑った。


「な、何だ……。お前は一体何なんだ‼」


 堪らず、おそらく八十年代の子供向けアニメのマスコットキャラの面と黒の全身タイツを身に着けた男が叫んだ。

 他の者も同じ心境であろう。

 紅宮あかみやの顔から笑みが消えた。


「俺はな、お前らが貶めてきた人間の尊厳だ。お前らに弄ばれた人間の掛け替えのない日常だ。お前らが身勝手な理由で嘲笑ってきた、あらゆる世界線に於ける那由他の有象無象、その心、怨念の集合体だ。お前らを決して許さないという不可思議の思いそのものだ。」


 紅宮あかみやは無表情なままカラスマスクの男を指差した。

 すると指された男は突然全身から血を噴き出して倒れた。


「だから殆どをモブの思念で構成された俺は。お前らに対し、この程度のつまらない意趣返ししか発想できない。俺は自分の下らなさが心底憎い。何故こんな存在として生まれてしまったのかと思うと、ほとほと嫌になる。死にたくなる。」


 次から次へと、紅宮あかみやに指差された者達が死んでいく。

 ある者は全身から血を噴き出し、ある者は首が飛び、ある者は突然心臓が止まったように倒れ伏していく。


「だがお前らの様な愚か者がいる限り俺は決して死ねん。俺がどれだけお前らを許せないと思っているか想像もつくまい。その怨念が、力だけは際限なく増幅させてくれる。それがどれほどのものか、お前らには想像も及ぶまい。だからこうして、お前らには落とし前を付けて貰う。お前ら自身がデスゲームの参加者となり、三千世界にその姿を晒し皆さんを少しは楽しませるんだ。」


 面の男は恐怖に震えていた。

 そしてこの状況は彼にとって、否、この場の全ての者達にとって耐え難い屈辱的な意味を持っていた。


 生殺与奪の権を握られている。

 そして殺し合わされる。


 彼らは皆よく知っている。

 デスゲームは参加者が必死になって足搔けば足搔くほど醜態を楽しみたい主催者の思う壺なのだ。

 無様な姿を晒し物にされ、笑いものにされる。

 それでも彼らは死の恐怖から逃れる為に必死で道化を演じ続けるしかない。


「ち、畜生‼」

「ふざけるな‼」

「覚えてろよ貴様‼」

「絶対殺してやるからな‼」


 ある者達は怒号を上げる。


「嫌だ‼」

「これは夢だ‼」

「何でこんなことに‼」

「助けてくれ‼」


 ある者達は悲鳴を上げる。

 しかしそんな彼らに対し、絶対的な支配者である紅宮あかみやが必要としたのはたった一言の言葉だけだった。


「黙れ。」


 凄まじい威圧感がその場の全ての者に襲い掛かり、一瞬にして場は沈黙した。

 紅宮あかみやはその様子に満足したのか口角を上げた。


「そろそろゲームを始めるぞ。何人生き残れるかはお楽しみだ。精々愉快な姿を見せてくれ。まあ、お前らのような凡庸で矮小な屑が極限状態で見せる姿など知れている。人間の美しさなど欠片も無いことに関しては絶対的に信頼している。デスゲームなどと言う下らない、糞みたいなものを開き、人間賛歌を嘲笑ってきたような連中だからな。」


 それは恐ろしく冷たく、そして不気味な笑みだった。


「では最初の糞ゲーを発表する。生き残る為に足搔いて見せろ。この俺の掌の上でな。」


 こうして、間違いなく人間の美しさなど発露する余地の無いデスゲーム主催者たちのデスゲームが幕を開けた。




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お読みいただきありがとうございます。

連載の合間に思い付いたので纏めてみたのですが、如何でしたでしょうか。

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また、もし宜しければ他作品の方もお読みいただければ心が躍ります。


それでは重ねまして、お目通し誠にありがとうございました。

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