極道と領民の人質

「クソッ、こんなことになるならっ、もっと早めに逃げておくのであったっ」


ヤドゥテラーレンカ領主のウハウル・ハディンナ男爵、立て籠もった城で、その口から出て来るのは、恨み事ばかり。


「あれから、散々、根回ししたというのに、この沙汰とはっ」


夫人が事件を起こしてからというもの、金の力にモノを言わせて、王族や貴族、政治家達に、根回しという名の、買収を繰り返して来た。


これだけの長きに渡り、蟄居謹慎ちっきょきんしんのみであったのは、その所以ゆえんでもある。


それで、その後の沙汰が無かったために、男爵は、すっかり、高をくくっていた。軽い処分で済んだのだと。


しかし、男爵の当ては外れて、最終的な結果としては、領土と財産の没収等、厳しいもの。



「なんとしてでも、全財産を、安全な場所に移すまで、時間を稼がなくては……」


銀行などないこの世界で、財産というのは、現物でしか存在しない。通貨や貴金属、宝石などなど。


男爵はかねてより、ヤドゥテラーレンカ領のあちこちに金蔵かねぐらを分けるなどして、蓄財して来ていたが、巨額の富であるだけに、それをすべて運び出すには、相応の時間と労力がかかる。


ましてや、おそらくもう、アロガエンスの国内に滞在することは難しく、国外に持ち出すしかないというのが、さらに難易度を上げていた。


「領土を丸ごと、領民達全員を人質にしたのだ、これで、ある程度の時間は稼げるだろう」


そして、やはり、ここでも、高を括っていたということになる。


-


「まさか、ヤドゥテラーレンカが、反乱分子の巣窟になっていたとはっ」


ヤドゥテラーレンカに向かい、行軍する王国の討伐隊。


それを指揮するのは、アロガエンス王国軍のモオワリィ将軍。


戦場で数々の武勲を立てた英雄ではあるが、こちらも原則、脳筋なのでたちが悪い。


「そうであるなっ、最悪、領民達もろとも、ということになるなっ」


そう言って、馬上で、高らかに笑うぐらいなので、とにかく戦いに血が騒いで仕方がない、そんな戦闘狂の素養も十分である。


-


「しかし、我等が『王国騎士団』が、モオワリィ将軍の配下とは、納得が出来ません……」


王国騎士団所属のアソラング副団長は、馬上で不平を漏らす。


「私が、自ら志願したのだ、将軍の配下でもよいからと」


同じく騎乗の、王国騎士団長・ユキフツカは、そう応じた。


「いざという時に、モオワリィ将軍を止める者が、必要だろうからな」


「さもなければ、ヤドゥテラーレンカが、本当に、血の海になるということですか……」


「血の海というよりは、みな殺しだな……」


アソラングは、ゴクリと唾を飲み込む。



「そう言えば、ウハウル男爵は、リシジン王子の後援者でしたね」


「しかし、リシジン王子は、馬車での移動中に、野盗に襲われて、お亡くなりになれらている……おいたわしい……」


アソラング副団長は、リシジン王子を追悼する。


正しくは、王妃の企みにより、移動中に、暗殺者に襲われ、その後、行方不明なのだが。


大本営発表では、リシジン王子は、すでに死亡したということになっている。


主犯である王妃に、誰かが、虚偽の報告を行ったのか、それとも行方不明を、死亡扱いにしただけなのか、それは定かではない。


首謀者である王妃も、『現在、重い病にかかっている』、大本営からは、そう発表されており、すべてを闇の中に葬り去り、無かったことにする気満々だ。


「何か関係が、あるのでしょうか?」


「そう言われれば、そもそもの事の起こりは、リシジン王子が主催する舞踏会で、男爵夫人が、ヤレイア王子を襲ったのが原因であったな」


王国騎士団の団長と副団長が、雁首がんくびを揃えても、この程度の認識でしかないのだから、これでは到底、真実に辿り着くことは不可能だろう。


-


「おいおいっ、家から出て来んなって、言ってるじゃねえかっ」


「頼むっ、見逃してくれっ、こんなことに巻き込まれるなんて、真っ平ごめんだっ」


ヤドゥテラーレンカ領の都市部にあたる町、ラーレネイ。


町を囲う外壁、その大門は固く閉ざされ、見張りの兵達が、ここに、近づいて来る者達を追い払う。


今、ウハウル男爵が立て篭もっているこの町では、男爵の私設軍隊、金で雇われた傭兵、用心棒やならず者どもで構成された、自称義勇軍が、善良なる領民達を軟禁していた。


そこに、さらには、国に不満を持つ反乱分子達が、続々と集まって来ているので、王国軍からしても、誰が民間人で、誰が戦闘員なのか、見分けるのはまず不可能と言っていい。



「せめてっ、せめて、子供や女達だけでも、逃がしてやってくれっ」


町を見回る、義勇軍と称した、ならず者達に懇願する男。その男の家、扉の隙間からは、怯えている男の女房と、まだ幼い子供達の姿が見える。


「おいっ、何言ってんだっ、こういう、弱そうな奴のほうこそ、人質として、効果があるってもんじゃあねえかっ」


「あぁっ、そうだなっ、王国軍が来たら、女子供を、門の入り口に並べて、肉の防壁をつくるってのもいいかもなっ」


そう言って笑う、金で雇われたやからども。


「いいかっ、逃げようなんて思うなよっ」


「逃げようとする奴は、容赦なく殺すからよっ」


-


一方、その頃、石動達は……。


「今の転移石で、同時に転移出来るのは、四名までです」


「まぁ、リシジンは、間違いないとして……」


マサの言葉に、真っ先に反応したのは、サトミカだった。


「私も、一緒に参ります……事件の発端に関与する者として、これを、最後まで、見届けなくてはなりません」


「それに、転移先のヤドゥテラーレンカには、何度も行ったことがありますし」


「そうですね、転移の成功確率を上げるためにも、転移先を詳しく知っている人間がいいでしょう」


前回、石動が、転移先を適当にイメージして、それなりの大事故を起こしていたため、ヤドゥテラーレンカに詳しい人間は、確かに必要だった。


サトミカは、リシジンの有力な後援者であったウハウル男爵の領地、ヤドゥテラーレンカには、これまで何度も、足を運んでいる。



「あらっ、あたしは、今回、かなり重要な役よねえっ?」


余裕綽々よゆうしゃくしゃくで、選ばれることを、疑ってすらいないアイゼン。


「王子の次ぐらいに、重要な人物なんじゃないかしらっ?」


「そうですね、今回の作戦で、アイゼンを外すことは出来ませんから、これで、三枠は確定ですね」


「残り、一枠ですが……」


「まぁっ、俺だろうなっ」


そこで、石動が口を開く。


「そうですね、作戦が失敗して、最悪の事態となった場合は、若頭に、アロガエンスの軍勢を、腕力で、追い払ってもらうしかありませんから」


「ヤスも、おそらく、すでに、ヤドゥテラーレンカに潜入しているとは思いますが……」


作戦が失敗した場合は、領民達の命を優先して守るために、王国軍との戦闘も辞さない。そういう方針になっている。


そして、その可能性がある以上、石動をメンバーから外す訳にはいかない。一人で、敵軍と対等に戦える、まさしく、一騎当千なのだから。


「まぁっ、それだと、また、無駄に血が流れるからっ、そうならないことを祈るがなっ」


今回の件では、領民達にも、王国軍にも、無駄な血は流させたくない。それが、リシジンの願いであり、自らの自由を捨ててまで、望んだ未来でもある。


-


いよいよ、ヤドゥテラーレンカを目前とするところまで、歩を進めた王国軍。


モオワリィ将軍の、武人としての血が騒ぐ。


「よいかっ! 向かって来る者達は、このアロガエンス王国にあだなす反乱分子であるっ!」


「そして、向かって来ない者達は、我々の寝首をかこうと、隙をうかがっている反乱分子であるっ!」


「戦場では、油断こそが、大敵っ!!」


「なにっ、遠慮することはないっ、みな、やってしまえっ!!」


テンションMAXで、兵士達に檄を飛ばすが、その内容が、あまりにもひどい。


「要するに、誰かれ構わず、みな殺しにしてしまえと……」


王国騎士団のアソラングは、もう呆れるしかない。


「やはり、危惧した通りとなったか……」


団長のユキフツカも、渋い顔をしている。


 ――なんとか、上手くことを運ばなくては、

 領民達までもが、巻き添えをくらってしまう……


焦りを感じはじめるアソラング。


-


ラーレネイの外壁の上から、王国兵の行軍を確認した、ウハウル男爵の手勢は、本当に、町の女子供達を、集めはじめる。


「いっ、いやぁっ!!」


「やっ、やめてくださいっ!!」


「せめてっ、せめて子供だけはっ!!」


泣き叫ぶ女子供を、無理矢理に引きずって、門の前まで、連れて行く暴漢達。


閉ざされた門の前に、女子供を、生きたまま、はりつけにして、並べようと言うのだ。


「うるせえぞっ!!」


「今すぐ、死にたくなかったら、大人しくしろっ!!」


泣き叫ぶ子供を連れて行こうとした男が、そう怒鳴った時、石動のパンチが、顔面にヒットする。


転げ回って、吹っ飛ぶ男。まだ、かろうじて、生きてはいる。



「まぁっ、あれだなっ、無駄な血は流したくはねえとは、確かに、言ったがよっ……」


「それ以前に、そもそも、こいつらが、生きてること自体が、無駄なんじゃあねえかなっ」


想像以上の酷さに、先程の、自らの発言を、悔いる石動。リシジンの頼みが無ければ、いつもなら、この手のやからは、問答無用で殺しているところだ。



転移石で、ヤドゥテラーレンカに移動した石動達は、二手に別れて行動していた。


石動は、単身で、王国軍を食い止める役目のはずだったが、自称義勇軍の、あまりに目に余る所業を目の当たりにして、いつものように、ブチ切れた。


別れた、リシジン、サトミカ、アイゼンの三人は、ウハウル男爵のもとへと向かっている。その悪業を、白日の下にさらすために。



「なあっ? お前らが無駄に流す血と、お前らの存在、どっちが、本当の無駄だと思うよっ?」


石動は、次々と、領民達を軟禁している輩達をなぎ倒して行く。


殴り倒し気絶させ、時には、敵の両足を銃で撃ち、動けなくする。


「まあっ、あれだよっ、殺さない程度に、動けなくしろってえのが、一番厄介なんだよなっ、毎度っ」


-


「これはっ、どういことであるかっ?」


殺る気満々であったモオワリィ将軍を他所よそに、抵抗もなく、あっさりと、ラーレネイの大門は開かれた。


門をくぐると、そこかしこに、いかにも、胡散臭うさんくさそうな輩どもが倒れている。


モオワリィ将軍としては、拍子抜けもいいところ。首を傾げて、周囲を見回すが、他には、泣いている女子供が多数いるだけ。


ただ、王国騎士団、副団長のアソラングだけが、遠くで、背を向けて歩いている男の姿に気づく。


「あぁっ! 」


それが、誰かを理解したアソラングは、思わず感嘆の声を上げた。


「今回も、善意の協力者がいたようですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る