9-3.極道と王子の帰還

極道と領主の反乱

「いってらっしゃい、リシジン」


今日も、サトミカの笑顔に見送られて、リシジンが出掛けて行く。


「気をつけてね」


新しい世界での生活にも、ようやく慣れて来たところだ。


「うん、いってきます」


今ではもう、自然な笑顔も、見られるようになって来ていた。



リシジンは、今、ドワーフの工房で働いている。


工房を見学に行った時に、モノづくりに魅了されたリシジンは、その場で、すぐに、親方に、弟子入りを志願した。


「まさか、アロガエンスの王子様が、ドワーフの俺に、弟子入りして来るとはなぁっ」


ドワーフの工房長、ムサシは、そう言ってあきれていたが。



これまで、自分が見たこともないようなモノが、生み出されて行く、その光景に感動したリシジンは、この先、職人になって生きて行くと、そう決めたのだ。


保護者であるサトミカも、反対などはしなかった。


まだ、十三歳の少年、リシジンには、無限の選択肢と、可能性があったのだから。


王になるしか生き残る道はない、頑なにそう信じていた少年が、王族を止めた途端に、何にでもなれる、可能性の塊となったのは、なんとも皮肉な話ではあったが。



何もかもを忘れて、作業に集中する。そんな瞬間が、リシジンは好きだった。


「案外、筋がいいのかもしれねえなあ、上達が早いじゃねえかっ」


親方に褒められて、嬉しそうに、素直に喜んでいるリシジン。元来、こういうことが好きだったのだろうと、本人も思う。


王子の地位を、王族を捨てて、今はただの、一人の人間として、工房で働いて、賃金を貰い、日々の生活を送っている。


ただ、お金のためだけでもない、スローライフとでも言うのだろうか、こういう生き方のほうが、自分には向いている、そう確信した。


まだ、漠然とはしていたが、将来は、自分の工房を持って、この世界にはまだ無いようなモノを創り出してみたい、いつしか、少年は、そんな夢を、思い描くようにすらなっていた。


しかし、リシジンの夢は、そう長くは続かなかった。これまでの、しがらみが、それを許してはくれなかったのだ。


-


「なんで、ヤドゥテラーレンカが……」


「そんなことって……」


青ざめた顔をしているリシジンとサトミカ。


ヤスが連絡して来た情報を、二人に伝えたのは、マサだった。


リシジンからすれば、知らないまま、今の生活を送っていた方が、幸せだったのかもしれないが。



舞踏会で、第五王子のヤレイア殺害未遂事件を起こした、ミトゥメイ・ハディンナ夫人。その夫であり、ヤドゥテラーレンカ領主のウハウル・ハディンナ男爵は、その責任を追及されて、長らく、蟄居謹慎ちっきょきんしんの身となっていた。


そして、追って新たに下された処分は、領地取り上げ、資産凍結の上、全財産没収等々、多岐に渡る。


処刑されないだけ、まだマシであったのかもしれないが、命よりも金が、財産が大事なウハウル男爵は、これに異を唱え、領地の居城に立て籠った。つまり、挙兵したのだ、ヤドゥテラーレンカの領民を人質にして。


「いやぁねえっ、領民を人質に取るだなんて、さすが、守銭奴しゅせんどは、やることが違うわねっ」


「せやなっ、金の亡者みたいな奴やなっ」


「この国も、いよいよ、磐石ではなくなって来た、そう捉えることも出来ますが」



「ヤドゥテラーレンカには、僕を支持してくれていた人達が、大勢いるんだ……」


そもそも、リシジンの有力な後援者であったウハウル男爵。彼の領地である、ヤドゥテラーレンカでは、もしかしたら、半ば強制的だったのかもしれないが、リシジン王子を支持する人々が、大勢いたことに、間違いはない。


「厄介なのは、この謀反に、領民達が、満更でもないということです」


「建前上は、圧制に苦しむ民衆達の救済を訴える、義勇任侠ぎゆうにんきょうの反乱ということになっていますからね」


「これまでに、散々、不満が溜まっていた国民達ですから、いいように騙されて、すっかり、その気になっていますよっ」


「他の領地からも、応援が駆けつけて来ている、そんな噂もあるぐらいです」


それは、アロガ王が支配する絶対王政にも、ついに、ほころびが出始めたことの証左しょうさ


「まぁっ、時間稼ぎをしている間に、財産を持ち逃げして、どこかに雲隠れする、おおむねね、そんな算段のようですが」



すでに政府側は、挙兵したヤドゥテラーレンカ領に対して、大規模な国軍を派遣している。ここで、きっちりと、見せしめにしておかねば、この先もまた、いつ反乱が起こるかも、分からない。


むしろ、これまで、恐怖政治により、国家体制を維持して来た、軍事国家の、面目躍如といったところか。


そして、おそらく、国軍は、領民の人質などには、目もくれず、徹底的に、交戦するだろうことも、リシジンには分かっていた。何なら、領民全員を共犯者として、処分しかねない。


この国の歴史を振り返れば、そんなことは、容易に想像がつく。



「ねえっ……」


「なんとかっ……なんとか、出来ないのかなっ?」


自分を支持してくれていた領民達が、ウハウル男爵の保身のために、肉の盾にされるなど、リシジンには、到底耐えられるものではなかった。


ましてや、そもそもの発端となる事件には、自分も大きく関与しているのだ。


「ねえっ、お願いだからっ」


「みんなさんの力で、なんとかしてもらえないかなっ?」


「だって、みなさんは、あんなに、強いじゃあないかっ」


ミガシキとの戦いを、目の当たりにていしたリシジンが、そう思うのも無理らしからぬこと。


「お願いですっ、お願いしますっ!!」


頭を下げて、懇願するリシジン。


まだ、子供であり、王子の地位も捨てた自分に、出来ることは何もない、力ある大人に頼るより他にはない、リシジンはそう思い込んでいた。



「ありますよ」


「なんとかする方法は、確かに、存在します」


しかし、マサは、それとは真逆のことを言った。


「ただ、それをするのは、我々ではなく、あなたです」


「いやっ、むしろ、あなたにしか出来ないと言っていいでしょう」


「王国の軍勢と、ヤドゥテラーレンカの領民達を、同時に引かせることが出来るのは、あなたしかいませんから」


信頼出来る人間が、男爵の悪事を暴露した後、王子としての権限で、国軍を引かせ、これまで支持されて来た者の立場として、領民達を納得させる。


それが出来る可能性があるのは、リシジンしかいない。それが、マサの提示した案だった。


「そうよねえっ、私達が言うことじゃあ、信頼性は皆無なのよねえっ」


「せやなあっ、どっちかっていうと、普通に、成敗される側なんと違うかなっ」



「そっ、そんなっ……」


その案を聞いたサトミカは、首を何度も横に振る。


それは、リシジンに、再び王子に戻れと言っているのに等しい。


せっかく手にした、自由と、新しい生活を捨てて、闇深い、修羅の道に戻れと、そう言っているようなもの。


今の幸せそうなリシジンを思うと、サトミカには、それが、あまりにも酷い仕打ちに思えて、他ならない。


「……」


リシジンもまた、返す言葉を失っていた。


-


川辺で、水面みなもを見つめている石動。


その横に、リシジンがやって来て、座った。


「僕は……」


「僕は、どうしたら、いいんでしょうか……」


石動の返事は、いつも決まっている。


「まあっ、お前の好きにしたらいいさっ」


太陽光を反射して、キラキラと輝く、水面みなも。リシジンは、それを、眩しそうに見つめる。


「僕、生まれてはじめて、夢が出来たんです……」


「職人になって、将来、自分の工房を持ちたいって……」


「モノをつくっている時、すごく楽しくて、とってもワクワクして……そんな気持ちも、生まれてはじめだったかもしれません……」


「おうっ、そうかっ」



「そう言えば、石動さん、前に、自由に旅をしたいって、言ってたじゃあないですか」


「どうして、そうしないんですか?」


「石動さんぐらい強ければ、全部、力でねじ伏せて、自分の思うように、自由に生きることだって、出来るんじゃあないですか?」


「まあっ、そうだなっ」


「俺も、自由に生きたいと、そう思ってはいるんだがなっ」


「だがっ、その前に、手前のしがらみに、ケジメをつけなきゃならねえっ」


「自分のしがらみに、ケジメをつける……」


「まぁっ、あれだなっ、仲間が安全に暮らせる場所をつくって、クレイジーデーモンの野郎と決着をつける、それが俺の、しがらみに対するケジメだなっ」


自由を求めていても、しがらみが、それを許さない。リシジンの境遇に、石動もまた、自身の置かれている立場を、重ね合わせていた。


だからこそ、『お前の好きにしろ』、それが、嘘偽りのない、本心でもある。



リシジンが、これまでずっと、気になっていたこと。最初に会った時の疑問。その言葉の意味を、リシジンは、知りたかった。


「王様なんて、なりたくてなるもんじゃないって、言ってましたよね」


「それって、どういうことなんですか?」


「うーん、そんなこと、言ったっけかっ……」


「あぁっ、最初に会った時かっ」


「まぁっ、確かに、なりたくて、なるようなもんじゃあねえなっ」


「そんなもんは、人にわれて、なるもんなんじゃねえのかっ」


「なりたい奴がなろうとするから、余計な人気取りなんて、面倒くせえことをしなきゃいけなくなるし、いろいろと、おかしなことになるっ」


「貢献した人だから、トップになって欲しいと言われるのか、トップになりたいから、貢献しようと思うのか、まぁっ、その違いってことだなっ」


「まあっ、ここに攻めて来た、お前の兄弟達は、みんな後者だなっ」



「……石動さん、今の僕は、人に人にわれているんでしょうか……」


「さあなぁっ」


「まあっ、だが、お前にしか出来ないことがあるってえのは、そうなんだろうなっ」


-


石動が去った後も、川辺で一人、答えを探すリシジン。


黄昏となり、金色に染まる川の水面。だが、その輝きは、先ほどまでよりも、弱くなって来ている。


そこに、近寄って来たのは、兄であるミガシキだった。


「どうする気なんだっ?」


「なんなら、俺が、代わりに、やってもいいんだぞ」


「勘違いするなよっ、俺の手柄にしたいだけだからなっ」


そう言って、ツンデレ属性を発揮したミガシキだったが、支援者達の後ろ盾をすべて失った今、もう自分が、王位に就くのは無理であることは、本人が一番よく分かっていた。


「ありがとう、兄さん」


「でも、これは、やるなら、僕がやらなくちゃいけないような、そんな気がしてるんだ……」


「そうか……」


「もうこうなりゃ、王位に就けなくても、何としてでも、生き残る方法を、考えたほうが良さそうだな」


「そのほうが、兄さんらしいよっ」


少しだけ、リシジンは、笑顔を浮かべる。


それは、ミガシキなりの、激励だったのかもしれない。


-


すでに日は沈み、川の水面も、夜の闇へとみ込まれている。ただ、そこには、川を流れる水の音がするだけ。


まだ一人で、川辺にたたずんでいたリシジンは、再び、誰かが、近寄って来る気配を感じた。


「ペギペギ……」


寄り添って来るペギペギを、リシジンは抱きしめる。


思えば、ペギペギの向こう側には、いつも、父の面影があった。


「僕は……」


そのペギペギの顔を、両のてのひらで掴み、リシジンは語り掛けた。


「僕は、僕のしがらみに、ケジメをつけて来るよ」

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