極道とアロガ城
その日、アロガ王は、彼の家でもあるアロガ城を、留守にしていた。
王の留守中、城内では、興味本位の噂が独り歩きしている。
「城下に、新しい女が出来て、逢引きをしているのさ」
「王妃の手前、城に呼ぶのは、
「王子達が減ってしまったので、新しく補充する気かもしれないな」
そんなロクでもない噂だったが、大体、当たっているので、仕方がない。火のないところに煙は立たないということだ。
武の王としては、秀でていたアロガ王ではあったが、家庭人としては、全く最低であったと言っていい。
十八人いた息子達には、三歳の誕生日に、加護があるようにと、聖獣の末裔とされるイヌを贈ってはいたが、それ以外、父親らしいことは、何もして来なかった。普段、子供達に会うことも、滅多にない。
愛人との間に、生まれた子供は、男の子なら認知して、王族に迎え入れるが、女の子だった場合は、養育費を払うのみ。
ある意味、清々しいぐらいに、とても異世界らしい、倫理観の持ち主。
少なくとも、毒親であることに、間違いはない。
-
「これっ、いつもの、気分が落ち着く、お薬ですからねっ」
そんな、
そして、これまでずっと、毎回一緒について来ていた、魔女イリサの姿はない。
「今日のは、ちょっと、強めのお薬にしておきましたからぁっ」
さりげなく、ちらっと、王妃には、そう言って
――今日は、イリサの奴も、
こりゃあっ、ようやく、このドエロい奥さんと、ヤレちまうんじゃあねえのかあっ
いつもより、よく効くように、ドラッグも強めにしといたからよおっ
期待に、胸と股間を膨らませるクレイジーデーモン。
魔王軍の幹部であるにもかかわらず、やっていることが、その辺の性犯罪者と大差ない。
「ホントだぁっ」
「クレイジーデーモン先生ぇっ」
「今日は、いつもより、とっても気分がいいですうっ」
正常な思考を失い、幼児化している王妃。
その、恍惚とした表情を魅せる王妃に、クレイジーデーモンは、舌なめずりをしている。
「いやぁっ、エロいなあっ、ドエロいよっ、奥さん」
「あぁっ、もう、たまねえな、これっ」
ついには、辛抱たまらんとばかりに、王妃を押し倒し、襲い掛かる。
「奥さぁんっ!!」
-
ドガンッ!!
だが、次の瞬間、王妃の寝室、その天井が、落ちて来た。
「おいっ、いつから、間男なんかに、なっちまったんだぁっ?」
「クレイジーデーモン、いやっ、
「まぁっ、お前の女好きは、前世から、知ってたけどなっ」
これには、さすがに、クレイジーデーモンも、びっくりした顔をしている。
「……おいおいっ、どっから入って来んだよっ、
「
「まあっ、転移石ってえのを、はじめて使ってみたんだがっ、ちょうどいいところに出られたみてえだなっ」
「ふざけんなっ! 最悪のタイミングじゃあねえかっ! いいところを、邪魔しやがってよおっ!」
この世界では、大変貴重で、レアな転移石を、ようやく入手することが出来た、石動一家。
アロガ城に潜入していた、ヤスから連絡を受けて、早速、使ってみたのはいいが、使い方を間違えたのか、それなりの大事故となっていた。強靭な肉体を持つ石動でなければ、死んでいたかもしれない。
そして、転移石は、使用者が、一度行ったことのある場所にしか行けないが、このアロガ城は、最初に、石動が、アロガ王をぶん殴った、思い出の地でもあった。
「まぁっ、それは、どうでもいいけどなっ」
「てめえっ、俺を、余計なことに巻き込むんじゃねえよっ」
改めて、石動は、クレイジーデーモンに文句を言う。
「お陰で、俺んとこの
武勲を立てようと、勇者討伐を掲げて、攻めて来た王子は他にもいたが、今のところ、すべてみな、ダークエルフの森で、身柄預かりとなっている。
そう言うや否や、殴り掛かろうとした石動だったが、その時には、すでにクレイジーデーモンの拳が、顔面にヒットしていた。
王妃の寝室、そのお洒落な壁を突き破って、吹っ飛ばされる石動。さらには、隣の部屋の壁も突き破り、いくつもの部屋に渡って、いくつもの壁をブレイクスルーして、ようやく止まる。
「なんだっ、おいっ、王様の家だってえのにっ、随分と、チンケな壁してやがんなっ」
しかし、ダメージはない。
追撃して来るクレイジーデーモンの頬を、今度は石動が、右フックで殴り付ける。
二階の壁に大穴を開けて、外へと落ちて行くクレイジーデーモン。
その後を追うように、石動もまた、二階から地上へと飛び降りる。
そこで、また、前回のように、着地狩りされるかと思いきや、石動は、顔の前で両腕を交差させて、相手の拳を防御した。
それでも、相手の力に押し込まれて、着地した足下の土が、大きく
「賊だっ! 賊が侵入しているぞっ!」
騒ぎを聞きつけた衛兵達が、続々と駆け付けて来たが、当然、これも、二人に、問答無用でぶっ飛ばされた。
「ウゼエんだよっ!」
「邪魔だっ! どいてろっ!」
城内を移動しながら、バトルを繰り広げて、ありとあらゆるモノを破壊して行く二人。
それは、まるで、怪獣が二匹、王の城で、暴れているようなもの。さもなくば、ただの災害だ。
謁見の間、そこは、石動が初めて、アロガ王と出会った場所。真紅の絨毯が敷かれ、階段から続く、その上には、玉座がある。
ぶっ飛ばされた石動は、その部屋を支えている、大きく太い柱に激突し、これを大破。それでも、止まらぬ勢いは、さらに、そのまま、何本もの支柱を、真っ二つに折った。
今度は、クレイジーデーモンが、階段に衝突、これを粉々にして、崩れ落ちた瓦礫の中に、深く埋もれる。
追撃しようとして、空振りした石動の拳は、玉座を殴りつけて、これを木っ端微塵にした。
王の権威の象徴、すべてのはじまりの場でもある、謁見の間は、そこにあるすべてが廃材へと姿を変えられ、瓦礫で埋め尽くされた。
-
「何やら、随分と、城内が騒がしいですなぁっ」
ちょうど、会議室で、打合せ中だった三卿達。
「最近は、どうも物騒ですからなぁっ」
ボヤルド卿が、ブツブツとぼやく。
「そう言えば、この前も、賊の侵入騒動がありましたなっ」
トンドル卿の発言をきっかけに、ドロリ―卿は難癖をつけはじめる。
「やはり、ここは、城内の警備責任者であるトンドル卿に、責任を取っていただきませんと」
「そうですなっ、それがいいですなっ」
「いやいやつ、衛兵達は、ドロリー卿の管轄ではござらぬかっ」
相変わらず、足の引っ張り合いに、夢中になっている三卿達。
そこに、会議室の壁を壊して、いきなり、飛び込んで来た勇者。
「ひぃぃぃぃぃっ」
三卿達が、勇者の姿を、目の当たりにするのも、久しぶりのこと。
「なっ、なんとっ!! 」
「あっ、あの、勇者ではございませんかっ!」
「いっ、いけませんっ!! 逃げましょうっ!!」
彼等は、慌てふためいて、一目散に、城の外へと逃げ出した。
ただ、今回ばかりは、それは正しい判断で、度重なる衝撃を受け、何度も激しく揺れた、石造りの巨城は、徐々に崩壊をはじめていた。
-
「なっ、なっ、何事ぞっ!!」
上機嫌で、帰還の途に就いていたはずのアロガ王。
しかし、遠くで、半壊し掛けている、我が家を目にし、血相を変える。
「てっ、敵襲かっ!?」
「馬車を急がせいっ!!」
慌てて、城へと戻ったアロガ王だったが。
城門をくぐり抜け、城の入り口へと近づいた、その瞬間。
空から、取っ組み合った、二人の男が、降って来た。
ドンッ!!
地面に激突した衝撃、空気の振動を、肌で感じるアロガ王。
しかし、まるで、何事もなかったかのように、男の一人が、起き上がる。
「おうっ、アロガ王じゃねえかっ」
それが、勇者だった。
「おいっ、ふざけんなっ、石動よおっ、服が破けちまったじゃねえかっ」
そして、もう一人の見知らぬ男も、立ち上がって、ピンピンとしている。
さすがのアロガ王も、唖然とするしかない。
「おうっ、どうすんだっ?」
アロガ王の姿を見た石動は、クレイジーデーモンを茶化す。
「おめえがっ、間男しようとしてたら、旦那が帰って来ちまったぜっ?」
「間抜けな野郎だっ、最高に、笑えるじゃねえかっ」
石動に煽られて、悔しがるクレイジーデーモン。
「クソッ、今日のところは、ここまでにしといてやるぜっ」
人間領における軍事力の砦、アロガエンス王国を弱体化させろ、そう魔王から命じられているはずのクレイジーデーモン。
今ここで、アロガ王を殺すことが、その最善策であったのだが、やはり、そこは、間男としての、後ろめたさなのか、そんなことは、微塵も、頭に浮かんでいない。
むしろ、気まずそうな顔で、早く帰りたそうにして、素直に引き下がろうとすらしている。
「ああっ、そうだっ」
その去り際に、何を思ったのか、石動は、次の約束について、言及する。そんなことをするのは、石動にしては、珍しい。
「次は、この国の、北の大地で、会おうじゃねえかっ」
魔王領と接している、アロガエンス王国の領土は、北方か、砂漠地帯か、その二択しかない。
「北の大地? そっちかっ?」
「砂漠じゃあねえんだなっ?」
「まぁっ、あんなクソ暑いとこで、ノロマなおめえなんかを待ってたら、俺が干からびちまうからなっ」
「次こそは、決着をつけてやるぜっ、石動よおっ」
「おうっ、上等じゃねえかっ」
持っていた転移石を使い、クレイジーデーモンは、その場から、姿を消した。
――あそこに、魔王軍を入れる訳にはいかねえって話だからなっ
砂漠地帯には、この世界の秘密が隠されている、マサの解析で明らかになった事実、それを魔王軍に知られる訳にはいかないのだ。
因縁の勇者を前に、身構えるアロガ王。
「あんたっ、俺の命を狙うのは勝手だがっ、もうちょっと、身内のゴタゴタ、どうにかしたほうがいいぜっ」
「俺まで、巻き込まれちまったじゃねえかっ」
石動もまた、転移石を使って、その場から消える。
「じゃあなっ、近い内に、また、会おうぜっ」
こちらにも、また、再会することを約束して。
「クウゥゥゥゥゥッ」
アロガ王は、歯軋りする。
アロガ王が、城に入ると、そちらこちらが、瓦礫に埋もれて、兵士達が倒れていてる。
内部は、想像以上に破壊されており、ボロボロ。もう、むしろ、建て直したほうが、早いのではないかと思うような有様。
「……そうじゃ」
「王妃は、王妃はどうしたっ」
思い出したかのように、王妃の寝室へと向かう。
「あっ! 王様だぁっ!」
だが、そこには、重度のドラッグ中毒で、幼児化した、王妃の姿があるだけだった。
「ねえっ、ねえっ、王様って、強いんでしょおっ?」
強過ぎたドラッグの影響で、脳が破壊され、王妃は、記憶すらも失いはじめている。もう元の王妃には、戻れないかもしれない。
王妃を寝取られかけ、廃人にされ、城は半壊、兵達は殺された。
「クウゥゥゥゥゥッ」
それは、アロガ王にとって、最悪な一日だったに違いない。
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