極道と王子の帰還

「リッ、リシジン王子っ!?」


城に立て篭もっていたウハウル男爵、その目の前に現れたのは、死んだとされているリシジン。


「死んだのでは、なかったのですかっ!?」


その姿を見た男爵は、動揺して、狼狽うろたえている。


石動とは別行動をしていた三人も、立ち塞がる敵を、アイゼンがなぎ倒して、男爵のもとまで辿り着いていた。



「男爵っ、なぜ、このようなことをっ!?」


ウハウル男爵に、詰め寄るリシジン。


「決まっているではないかっ!!」


「これまで、死ぬような思いで、稼いで来た、金を、財をっ、あんな事件ごときのことで、奪われてなどたまるかっ!!」


「そのために、領民をだまし、利用して、人質にしようとしたというのか?」


「しれたことよっ!!」


「領民を人質にして、時間稼ぎをするつもりだったのに、随分と、とんだ邪魔が入って来たものだっ」


開き直った男爵の言葉に、リシジンは、顔を歪める。


「出来ることならば、そうであって、欲しくはなかった……」



「……あらぁっ、ホントッ、清々しいぐらいの、小悪党よねえっ」


そこで、男爵の見事な悪党ムーブに、アイゼンが、口を挟む。


「でもねえっ……」


ドヤ顔で、親指を立て、アイゼンは、サムズアップをした。


「はいっ、アウトッ!!」


アイゼンが修得した拡声スキルは、他者に向かっても、使うことが出来る。


先程、発したウハウル男爵の言葉は、すでに、ヤドゥテラーレンカ中に、響き渡っていた。


つまり、ヤドゥテラーレンカ、すべての領民が、男爵本人の言葉を耳にしたのだ。


もちろん、それには、ラーレネイまで進行して来た王国軍や、モオワリィ将軍も含まれる。



「一応、録音、再生も出来るみたいなんだけどっ、上手くいってるかしらねえっ……」


そう言いながら、コンパネを開いて、保存されているデータを再生するアイゼン。


『決まっているではないかっ!……』


男爵の声が、再び、ヤドゥテラーレンカの空にこだまする。


「もう一回っ、再生しとくっ?」


『決まっているではないかっ!……』


何度も、男爵の声が、領内に、繰り返される。


「どうっ? これで証拠もバッチリよっ!」



「クッ、おのれえっ、そのようなまやかしをっ」


繰り返される、自らの声を聞き、歯軋りをする男爵。


「あらぁっ、あたし達の世界だと、こういうのっ、常套手段なんですけどねえっ」


最近では、みな、多彩なスキルを身につけて、コンパネも、スマホみたいになっている。


もはや、破れかぶれの男爵は、手にした剣で、リシジンに斬りかかった。


だが、次の瞬間、何者かに殴られた、男爵は、後方へと倒れ、壁に頭を撃ちつける。


「リシジンには、指一本、触れさせる訳にはいかねえよっ」


それは、姿を消して、これまでずっと、リシジンを護衛していたヤスだった。


「とりあえず、ここまでは成功ですね」


そう言いながら、縄で男爵を縛り上げるヤス。


男爵の悪事を暴き、捕縛した、後は、王国軍の兵達を引かせるだけ。


-


「ほらっ、ほらっ、せっかくなんだからっ」


城のバルコニーに姿を見せるリシジン王子。


「えっ、いやっ、ちょっと、僕はそう言うのは……」


人前に出るのを恥ずかしがるリシジンを、アイゼンは、無理矢理、大衆の面前へと押し出した。


「あんたっ、死んだことにされちゃってるじゃないのっ」


眼下の町には、軟禁されていた領民達、そして、遠くには王国軍の姿が見える。


「おいっ、あそこに、誰かいるぞっ」


家から出て来て、声がした空を見上げていた領民達はみな、城のバルコニーに、そこにいる人影に、視線を送っていた。


「ちゃんとっ、ハッキリと姿を見せて、

王子の帰還を、宣言しちゃいなさいよっ」


リシジンにとっては、このまま、死んだことにされていたほうが、幸せなのかもしれない。


しかし、それでは、進行中の討伐軍を、納得させられない。



頬に当たる、少し冷たい風が、興奮して、熱を帯びたリシジンの体には気持ちいい。


見上げると、そこには、美しい青い空が広がり、白い雲が流れている。まるで、空を飛んでいるかのような解放感。


 ――こんなに空は、広くて、気持ちがいいのに……


 僕はまた、暗くて狭い世界に、戻るんだな


後悔はしていない。自分で決めたことだから。


ただ、十三歳の少年、リシジンには、それが、ちょっと面白かっただけだ。


決意を固めたリシジンが頷くと、アイゼンは、スキルを発動させた。



「王国軍の兵達よっ、ここを、引けっ!!」


ヤドゥテラーレンカの空に、リシジンの声が響く。


「私は、アロガ・ゴーマエンスの十三番目が子、リシジン・ゴーマエンス」


「私利私欲のために、ヤドゥテラーレンカの領民を騙し、利用し、あまつさえ、人質にせんとした……」


「悪虐非道たる逆賊、ウハウル・ハディンナ男爵は、我が手によって、捕らえた」


「これ以上、王国軍が、ここに留まる理由は、もはや、何もないっ」


「新たな領主が、着任するまでは、ここ、ヤドゥテラーレンカ領は、アロガ・ゴーマエンスが子、このリシジン・ゴーマエンスが預かる」


「そなた等が、この王国に、王家に仕える、アロガエンスの軍であるならば、エンダロウナに戻りて、我が父アロガ・ゴーマエンスに、そう、申し伝えよっ」



そう叫びきると、リシジン王子は大きなため息をついた。


こんなに大声を出したのは、生まれてはじめてのことかもしれない。


「……リシジン王子、ご立派です」


リシジン王子の言葉を聞き、涙ぐむサトミカ。


「……王子」


ヤスもまた、王子の、ここまでの、長かった旅路に思いを馳せ、目を潤ませる。


「やだぁっ、ちょっとぉっ、あたしも、感動しちゃったじゃないっ」


「少年が、大人になった瞬間ねっ」



「まぁっ、あれだなっ、子供ガキにしちゃ、随分と、立派なケジメだったんじゃあねえかなっ」


ラーレネイの空の下、義勇軍残党の胸ぐらを掴みながら、リシジン王子の声を聞いていた石動。


「まぁっ、上出来だろっ」


-


「リシジン王子……生きておられたのか……」


大本営発表では、すでに死んだことになっている王子、リシジン。


その生存を知り、アソラングは、驚きを隠せない。


騎士団長のユキフツカには、王子の身の上に、何が起こっていたのか、何となく、察することは出来た。


突然の死亡説も、その後に、実は生きていたというのも、王家のお家騒動には、よく例のあること。



「……そうか、王子は、自らの務めを、果たされたか」


「あのお方は、心根こころねの優しい方だったからな……」


ユキフツカの脳裏には、まだ幼かった頃の王子の姿が、思い起こされていた。母親を亡くし、葬儀で一人、ずっと泣いていた姿が。


「それならば、王子のお覚悟を、無駄にする訳にはいかんな」


ユキフツカ団長は、リシジン王子の想いに応えるべく、馬に鞭を入れて、これを走らせた。


-


「リシジン王子が、生きておられたっ!?」


モオワリィ将軍もまた、その事実に、困惑していた。


そこに、疾風はやての如く駆けて来る、騎乗のユキフツカ団長。


「それでは、私は、逆賊である男爵を、引き渡してもらいに行ってまいりますので」


「将軍は、どうぞ、帰還のご命令を」


ユキフツカ団長は、王子の意を汲み、速攻で、将軍の先手を打った。


これ以上の、無益な、戦闘行為を終結させるために、協力したのだ。


「おっ、おうっ……」

「そっ、そうであるなっ」


振り上げた拳の下ろし先を、ユキフツカ団長によって、勝手に決められてしまい、まるで、肩透かしを食らったかのようなモオワリィ将軍。


-


そのまま、リシジン王子のもとに、はせ参じる王国騎士団団長。


「王子、ご無事で、何よりでした」


王子の帰還に、敬意を表して、ユキフツカは、膝を着き、頭を垂れて、出迎えた。


「ユキフツカ団長……」


王子は、その姿を見て、懐かしさを感じると共に、安堵する。


こんな世界であっても、理性的なユキフツカ団長であれば、この場を、丸く収めてくれるはずだ、そういう信頼感が、そこにはあった。


「王子のご苦労、その心中、お察しいたします」


「ありがとう、この場は、よしなに、お願いします」


「はいっ、心得てございます」


それから、ユキフツカ率いる王国騎士団に、ウハウル男爵の身柄は引き渡された。


「しかしながら、僭越ではございますが、リシジン王子も、随分と、たくましくなられましたな」


そう言い残すと、ユキフツカは、王国騎士団を率いて、去って行った。


-


リシジン王子の生存を知らされ、その姿を見て、湧き上がるヤドゥテラーレンカの領民達。


王子の帰還を、領民達は、笑顔で迎え入れた。


領民達の命が失われることなく、その笑顔が見られたことに、リシジン王子は安堵する。


それこそが、リシジン王子が決断した、自らの自由を犠牲にまでした代価。


王子のもとへ集まった領民達は、みな、次々と感謝の言葉を口にしていた。



「生きていることが、分かってしまった以上……」


だが、これから先のことを考えると、王子の顔は、また曇る。


「僕は、また、兄弟達から、命を狙われることになるんでしょうね」


「いえっ、おそらく、そうはならないと思います……」


これから先の、マサが立てた計画を聞かされているヤスは、そう言った。


だが、それが、リシジンにとって、本当にいいことなのかどうかは、ヤスにも判断が出来ない。


「いずれにしても、必ず俺が、リシジン王子を守りますから」


それでも、サトミカと二人、夫婦で話し合って、これからもずっと、リシジンを支えて行くと、そう決めている。


「私達、二人は、いつまでも、ずっと、リシジン王子と共にあります……」


そうは言いながらも、未だ心中複雑なサトミカ。あのまま、暮らしていた方が、リシジンにとっては、幸せではなかったのかと。それが、いつまでも心に残り続けている。


-


ダークエルフの森で、留守番をしていたマサは、今回の作戦が、とりあえず、上手くいったことを知って、ホッとしていた。


「これで、最後のピースが、揃いました……」


マサもまた、自分達が通って来た、これまでの長い旅路を振り返り、思わず口にする。


「思えば、ここまで、随分と、遠回りをして来たものです、本当に……」


「もっと、最短のルートもあったでしょうに」


そして、ようやく、この旅路も終わりを告げようとしている。


「後は、タイミングを待つだけです……」


「そう……魔王軍が、侵攻して来るタイミングを……」

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