極道と王都の民

石畳みの道を、走って逃げる母娘おやこ


子供の手を引き、走る母、懸命について行く娘。


その、すぐ後ろには、ゾンビの群れが迫っている。


「あっ!」


子供が、石畳みの隙間につまづき、つないでいた手が離れて、転ぶ。


「スリアッ!!」


娘の名を呼びながら、我が子に駆け寄る母は、覆い被さるようにして、子供をかばった。


「きゃぁぁぁぁぁっ」


母娘に襲い掛からんとするゾンビの群れ。


パァン


そのゾンビ達の頭を、石動の銃が撃ち抜いた。


「おうっ、早く逃げなっ」



「貴様っ!何をしておるかっ!」


同様に、ゾンビの群れに襲われていた中年紳士が、石動に向かって叫ぶ。


「そんな平民なんぞはどうでもいいっ! このワシを、助けぬかっ!」


「ワシは、王家より称号を与えられし名門、ロッドウェル家の……」


「うっ、うわぁぁぁぁぁっ」


どこぞの名門貴族らしい、中年紳士は、ゾンビに首筋を噛まれる。


「まぁっ、そんなこと言ってねえで、とっとと逃げろってこっとだな」


その場で、すぐにアンデットと化した、ゾンビ貴族、石動は、その頭を撃ち抜いた。


当然ながら、石動の中には、自身が思う、助けるべき優先順位がある。そこは、誰の指し図も受けない。



「まぁっ、駆けつけたはいいがっ……」


「こんだけ、その気になれねえってのも、まぁっ、レアなケースだなっ」


この王都エンダロウナで暮らす貴族は、領地を持たない、ブルジョア化した高給官僚のような存在。


この期に及んで、与えられた称号で、特権を振りかざし、自らの命を最優先にしろと言う、そんな自称上級国民の貴族達に、石動は、辟易へきえきとしていた。


そもそも、権力を嫌い、権威を笠に着る連中が、大嫌いなのだから仕方がない。


「しかし、まぁっ、この世界も、あれだなっ」


「金持ちだろうが、貧乏人だろうが、等しく平等で、差別も、忖度そんたくもしないのが、ゾンビだけってえのは、随分と、皮肉なもんだなっ」


-


そして、そんな者達に辟易としている人間が、ここにも居た。


「弓隊、前へっ!」


「よいかっ、ゾンビの頭を、狙い撃てっ!」


王国騎士団に所属する、アソラング・グレーリュ副団長は、指示を叫ぶ。


彼は、若くして、騎士団長のユキフツカに才を見出され、副団長に抜擢されたほどの青年。


騎士団長不在の折りに起こった、ゾンビ大量発生事件。知らせを受けたアロガ王は、早々に、アソラング副団長に命じて、騎士団を出陣させていた。


そこまでは問題ない。


しかし、今、この状況下であるにも関わらず、彼は、自称上級国民達のクレーム対応を余儀なくされていた。


「おいっ、貴様、私が安全な場所に移動するまで、護衛の兵士達をつけろっ」


「そうだなっ、一人では心もとない、周囲四方をしっかりと、兵で固めるのだ」


「しかし、今、そんなことに、人員を割く、余裕はございません」


「貴様っ! 今、そんなことと申したかっ!!」


「我が名門、ガルサガリ家を愚弄する気かっ!!」


大きな声を出し、権威を盾に、恫喝しようという貴族の男。


「貴様っ、名はなんと言う!?」


「アソラング・グレーリュと申します」


「ふんっ、聞いたこともないような、家名だっ」


「よいか、我がガルサガリ家の力を持ってすれば、貴様を、家ごと潰すことも容易たやすいのだぞっ!?」


「分かっておるのかっ!?」


才のみで登用された副団長、家柄のことを出されると、返す言葉もない。



「ひっ!!」


だが、自称上級国民は、突然、素っ頓狂な声を上げる。


「まぁっ、ぎゃあぎゃあと、うるせえなっ」


そこへやって来た石動が、クレーマーの尻を蹴飛ばしていた。もちろん、本人的には、軽くのつもりだ。


「無礼者っ!! なんだっ、貴様はっ!!」


いきなり尻を蹴飛ばされて、激怒している貴族の男。


「おめえらっ、いつも、紳士だなんだと気取ってる割には、言ってることが、極道のイチャモンと変わらねえなっ」


「そんなに、安全なところまで移動したいのなら、俺が一瞬で移動させてるやるよっ」


「本当かっ!? 転移魔法かっ?」


「あぁっ、そうそう、それだよ、それっ」


「それならば、今の無礼を、許してやらんでもないっ」


貴族男性の胸ぐらを掴む石動。


「えっ?」


予期せぬ行動に、頭にはてなマークを浮かべる貴族。


石動は、男を持ち上げると、そのまま、はるか後方へと投げ飛ばした。


「なっ、一瞬で、転移しただろっ」


「それぐらい、後ろなら、安全なんじゃねえかなっ、まぁっ、怪我ぐらいはしてるだろうけどよっ」



横でそれを終始見ていたアソラングも、また驚いた。


 ――人間を、これほど、遠投出来るものなのか?


そして、おそらく、これが、アロガ王に敵対している勇者であろうことも、すぐに察する。


しかし、彼は賢明でもあった。


 ――今は、敵対する意思はないようだが……


 むしろ、先ほどまで、ゾンビを撃退してくれていたように思える……


「まぁっ、あんたも、こんな時に、あんなクレーマーの相手させられて、大変だな、おいっ」


当然ながら、今ここで、勇者とことを構えれば、そちらに戦力を割かれ、放っておかれたゾンビは、増え放題となる。何はともあれ、今は、ゾンビ殲滅を最優先にしなければならない。


 ――ここは、勇者だと気付かないフリをするしかあるまい


「民間の方、先ほどから、ゾンビ撃退へのご協力、感謝する」


-


「まあっ、大分、片付いて来たんじゃねえかなっ」


一度、マサとジトウの元に戻って来た石動。


「旦那も、ダメージが酷いだろっ、あんなのとやり合ったんだから」


「ここは、俺に任せて、休んでてくれよっ」


『待機していろ』、そう言い渡された、人狼のジトウは、歯痒い思いをしていた。



「馬鹿野郎っ、俺は、全然平気だっ」


「まぁっ、それにっ、あの野郎が、やらかしたことだからなっ、多少なりとも、俺にも責任があるっ」


「だがよぉっ、旦那、せめて、俺にも、手伝わせてくれよっ」


「いやっ、こんなのは、俺一人で、十分だっ」


「まぁっ、その代わり、俺が噛まれてゾンビになったら、あんちゃんが、俺を殺してくれっ」


そう言って、背を向けて、再び歩き出す石動。


「だけどよぉっ」


後を追おうとするジトウの、その肩を掴んだのはマサだった。


「俺一人で十分だ、それは、戦力的な意味だけじゃあ、ないんです」


「敵でもなく、恨みもなく、ロクデナシでも、外道でも、畜生ちくしょうでもない、ウィルスに感染した、言ってしまえば、病気にかかっただけの、ただの堅気かだぎの人間ですから」


「そんな一般人を殺して回るなんて、そりゃあ、まぁっ、損な役回りです」


「そんな、ババを引くのは、俺一人で十分だ、まぁっ、そういう意味なんですよ」


石動の心情をおもんぱかるマサ。


「じゃあっ、なにかいっ、旦那は一人で、業を背負おうってえのかい……」



「実際、最初にゾンビ騒ぎがあった時に、私は、ダークエルフの森から、仲間を呼ぼうと言ったんですが……」


「若頭に、猛反対されましてね、


『アイゼンは大甘だし、サブも女子供には甘い、ケンだって、人質を取られただけで動けなくなる』


『ちょっとでも、躊躇ちゅうちょしたら、怪我負わされて、ゾンビにさせられちまう状況だ』


『さすがに、自分もゾンビになった仲間を撃ちたくはねえ』、そう言ってましたからね」


「ウィルスに感染したってだけの、ただの一般人を、躊躇ちゅうちょなく撃ち殺せる、そんな、非情にてっしきれるのは、若頭しかいないんですよ、実際に」


-


「ママン、僕、死にたくないよぉっ……」


母の腕の中で、息子は願う。


「おぉっ、私の可愛い息子、ドルプニアッ」


ただ、この息子、年齢は、四十を超えている。体系も完全なメタボで、これまでの人生、贅沢の限りを尽くして来ただろうことが、うかがえる。


たたの単なるマザコンの中年おっさんだが、ゾンビに噛まれ、感染しているのは間違いない。


「何をしているのですかっ!

早くっ! 司祭を呼びなさいっ!」


「お金なら、いくらでも払いますっ!! そう言いなさいっ!!」


やはり、どこぞの名門貴族の家系なのであろう、母親は、周囲の兵達に、偉そうに怒鳴り散らして、そう命令した。


「大丈夫よ、すぐに司祭が来るから、悪魔祓いしてもらえば、必ず元に戻るわ」


さらには、誤った知識を信じ込んでいる。これは、ウィルスなので、いくら司祭がどれだけ頑張ったところで、どうにかなるものではない。



「おいおいっ、いい歳したおっさんが、まるで赤ん坊みてえだなっ」


ゾンビをあらかた始末した石動。残るは、感染しているが、まだ発症していない者達のみ。


「なんなんですかっ!? あなたはっ!?」


「あたし達を、名門ルガラニア家と知っての、狼藉ろうぜきですかっ!?」


「そのような暴言は、許しませんよっ!!」


さすがに、説明も、説得も、面倒になって来た石動。


「まぁっ、後は、あんた達に任すわっ」


騎士団の副団長アソラングに、後を託そうとする。


「発症して、ゾンビになったら、殺すだけだからなっ、あんた達でも、大丈夫だろっ?」


「心得ました」


その会話は、どこぞの貴婦人達にも聞こえていた。


「殺すっ!? 殺すですってっ!?」


「そんなことは、絶対にさせませんっ!!」


「このあたしがっ!! 絶対にさせませんよっ!!」


鬼のような形相で、必死に食ってかかる。


「ママンッ、ママンッ、」


息子は母親のことを、呼び続けていたが……。



パァン


今まさに、発症して、ゾンビとなって、母親を襲うとしていた息子。その頭を、石動は一発で撃ち抜いた。


「!!」


「ドルプニアッ!! ドルプニアッ!!」


息子を抱いて、泣き叫ぶ母。


「なっ、なんということをっ!!」


「このぉっ!! 人殺しっ!! 人殺しっ!!」


全身全霊で、罵声と怨嗟えんさを、石動に浴びせる。


「またかっ」


「まぁっ、そう言われるのは、いつものことだがっ、もう、それも、飽きて来ちまったなっ」


恨みの声に、背を向けて、石動は去って行く。


-


アロガ王の居城、その玉座の前にひざまずく、王国騎士団の副団長アソラング。


王より命を受けた、ゾンビ殲滅が完了したことを、アロガ王に報告に来たのだ。


そして、アソラング副団長は、己が見たままのことを、すべて王に報告した。勇者のことも。


それを聞いたアロガ王は、困惑していた。


「あの、勇者めが? 一体どういうつもりなのだ?」


勇者に、煮え湯を飲まされて来ていたアロガ王としては、にわかには信じらないこと。


「……ぬうっ」


「ワシに、恩を売ったつもりなのか?」



そして、同席していた三卿達は、いつものごとく、勝手に暴走をはじめる。


策士のごとく振る舞うボヤルド卿。


「そうでございますなぁ、きっと、今更ながら、アロガ王に、恐れをなしたのでございましょう」


武人のごとく振る舞うが、ただの官僚に過ぎないトンドル卿。


「そうに違いありません、アロガ王に許してもらおうと、必死の、点数稼ぎのつもりなのですよ」


典型的な、名家貴族の気取り屋であるドロリー卿。


「はあぁっ、自分から、喧嘩を売って来ておきながら、今更、媚びて来るとは、随分と、恥知らずなものですねぇ、あの勇者も」



切れ者だと思われたいボヤルド卿は、自らの策を披露する。


「そうですなあ、いっそ、この際、今回の事件はすべて勇者の仕業しわざ、そういうことにしてはいかがでしょうか?」


すぐに、トンドル卿が賛成した。


「おおっ、冴えておりますなぁ、本日のボヤルド卿は」


「失礼な、それでは、普段の私がボンクラのような言い草ではないですか、私はいつでも、冴えさえでございますぞ」


「濡れ衣を着せるというのは、美しくはありませんが、国家維持のためには、清濁併せ吞む、そういうことも必要ということでしょうか」



さらに、調子に乗るボヤルド卿。


「そうですなぁ、王都に、ゾンビなどという不浄な者達が現れたというのも、あまりよろしくはありませんなぁ」


「確かに、民が、今後の生活を、不安に感じてしまうかもしれませんな」


「それでは、あれは、勇者の仲間であった、そういうことにしてはいかがでしょうか」


アロガ王が、逡巡しゅんじゅんしているのをいいことに、三卿はすっかり、話をまとめてしまっていた。



「よいな、今回は、すべて勇者の陰謀じゃぞ、意を唱える者は、捕らえて、処罰しても構わぬぞ」


ボヤルド卿は、王になり代わり、アソラングに、お得意の言論統制、箝口令を言い渡した。


「はっ、御意にございます」


アソラングは、どこか、モヤモヤした気持ちではあったが、この場で、一番モヤモヤしていたのは、アロガ王だったかもしれない。


「一体、何を企んでおるのだ、勇者めは……」

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