8-3.極道と王都エンダロウナ

極道とクレイジーデーモン

空から見下ろすと、その巨大都市の全貌が、よく分かる。広大な敷地に、ぎっちりと詰め込まれた、石造りの街並み。


外敵の侵入を防ぐために、その外周は、長い城壁に囲まれ、堅固けんごに防御されている。


そして、都市の最深部に、一際高く、そびえ立っているのが、王の居城であるアロガ城。


ここで暮らす者達はみな、一定以上の所得が有り、富める、裕福な上流階級層がほとんど。これまでの貧困にあえぐ町や村とは、対極に位置する大都市。


それが、アロガエンス王国の王都・エンダロウナ。



上空を旋回していたドラゴンは、城壁の外へと降り立った。


「まぁっ、あれだなっ」


「馬に乗ってる極道ってえのは、まだサマになるがっ、ドラゴンに乗ってる極道ってえのは、全くっ、しまらねえなっ」


ドラゴンの背に乗り、空路で、王都エンダロウナに到着した石動達。


「さすがの旦那も、振り落とされないように、しがみついてるだけだったしな」


「いやっ、俺も、旦那のことは、言えたアレじゃねえけどよ」



架けらていた跳ね橋を渡り、城門を通って、中の様子をうかがっているマサ。


「間に合ってはいませんが……まあっ、まだ、はじまったばかりというところですかね」


すでに、ゾンビが出現してはいたが、これまで見て来た村々に比べれば、まだそこまで、数は多くない。


「きゃあああっ!!」


それでも、降って沸いたかのように、突如出現したゾンビの群れに、王都民達は、悲鳴を上げて、逃げ惑い、パニックを起こしていた。


襲われて、首筋を噛まれた者達の血が飛び散り、美しい石畳みの路地、石造りの壁が、赤く血塗られる。


「増援は、まだ、来ないのかっ!?」


巡回していた衛兵隊が、迅速に対応し、とりあえず今のところは、持ち堪えているが、それもいつまで続くかは分からない。


手にする剣で、体を斬ったところで、頭を潰さない限りは、ゾンビ達が止まることはない。ただ、人の原型を留めていない姿に近づくだけだ。


手足を斬られ、それでもなお動き続けるゾンビの群れ。その外観は、嫌悪感から来る、人々の心理的恐怖を、ますます増幅させて行く。



「まぁっ、とっとと、始末するかっ」


現場に到着し、銃を手にした時だった。


石動は、背後に殺気を感じる。


振り向き様に、銃を向けたのは、教会の屋根の上。


そこには、石動に向け、銃を構えて立っている男の姿が。


向こうも、石動と全く同じ、初期装備の銃を手にしている。


銃口を向け合い、睨み合う二人の男。



そして、ジャラジャラと、金属同士がぶつかる音。


「やっぱりかぁっ……」


相変わらず、シャツの胸をはだけて、貴金属のアクセサリーを、ジャラジャラとぶら下げているクレイジーデーモン。


そして、傍らには、黒いスーツ姿の秘書、魔女・イリサが、美脚を披露していた。


「やっぱりなのかぁっ!!」


ついに、念願の勇者との対面を果たし、歓喜に沸くクレイジーデーモン。


「勇者は、やっぱり、おめえしかいないと思ってたんだよっ」


「石動よぉっ!!」


クレイジーデーモンの正体もまた、石動の予想通りではあった。



「やっぱり、てめえかっ……」


「てめえっ、こっちじゃ、『クレイジーデーモン』とか、名乗ってるらしいなっ」


真央まおうの、出門享也でもんきょうや


前世で、威勢会いせいかいと抗争を起こしていた、真央連合まおうれんごうの若頭・出門享也は、石動の宿敵でもある。


彼もまた、この世界に転生して来ており、クレイジーデーモンを名乗って、今は、魔王軍の幹部にまで成り上がっていた。



「俺がっ、どれだけっ、この時を待ち侘びたことかっ」


「あの、クソ女神がよぉっ、時間差をつけて転生させる、そんなことしやがるからよっ」


「こちとらっ、五年も、おめえのこと、待ち続けてたんだぜえっ」


「なるほどなっ、そういうことかいっ」


前世で、ほぼ同じ時間帯に死に、転生のでも一緒のはずだった、石動と出門。そして、威勢会いせいかいの構成員と真央連合まおうれんごうの組員。


だが、真央連合まおうれんごうの者達は、何故か、石動達より五年前の時間に転生させられていた。しかも、転生先は、魔王領にだ。


そこには、転生の女神アリエーネに指示を出して、この二人を同じ異世界に転生させた、神々の思惑があるのかもしれない。



「やっぱり、おめえがいねえ世界は、クソ面白くねえわっ」


「この五年間は、ホントッ、退屈で、退屈で、仕方なかったぜっ」


「退屈過ぎて、魔王軍の幹部になってはみたがよぉっ、まぁっ、それも、シノギが増えただけで、やっぱり、クソ面白くねえわっ」


これまで、石動がよく口にしていた『スッキリしない』、その感覚はクレイジーデーモンこと、出門享也もまた同じだった。この男もまた、この世界では、規格外過ぎた。



「五年も待ったんだからよぉっ、存分に、俺を楽しませてくれよ、石動よぉっ」


「ふざけんなっ、てめえのせいで、こちとら、随分と、面倒くせえことに、巻き込まれちまったじゃあねえかっ」


「おいおいっ、そんな、つれないこと言うなよっ」


「おめえが、来るのが遅いから、先にパーティー、はじめといたんだぜっ?」


「おいっ、パーティーってえのは、あのゾンビどものことかっ?」


「まぁっ、おめえらしいっ、つまんねえっ、冗談だなっ」



跳躍して、一瞬で、屋根の上に飛び乗った石動は、その勢いのまま、クレイジーデーモンこと、出門の顔面をぶん殴った。


後ろに吹っ飛ばされ、屋根の上から、転げ落ちる出門。


あまりにも唐突に、二人の闘いは、はじまった。


「えっ!?」


横に居たイリサは、その光景を見て、驚きのあまり、思わず声を上げる。


 ――こいつが、ぶっ飛ばされるの、はじめて見たわ



石動は、屋根から飛び降りて、出門を追撃する。


だが、石動が、地面に着地した瞬間には、すでに出門の拳が、顔面にヒットしていた。


後方に吹っ飛ばされ、教会の壁に激突する石動。


石動もまた、こちらの世界に来て、はじめて、ぶっ飛ばされた。


石動の巨体に、教会の壁は、突き破られ、大穴が空いていたが、当の本人は、何事もなかったかのように、ピンピンしている。


「まぁっ、こっちの世界の壁は、壊れやすくていけねえなっ」


「分かるわあっ、それ、異世界あるあるなんじゃねえのっ」


元の世界で、互角の強さであった者にしか、分からない、この世界での感覚。それは、この二人にしか共有出来ない。



石動の重量級パンチが、出門をぶん殴ると、吹っ飛ばされた体は、石造りの壁に激突。建物にはヒビが広がり、壁は陥没している。


出門のパンチに、今度は、石動が転げ回ると、店のガラス窓を割り、破片が散乱、ぶつかった衝撃で、店の柱が折れた。


二人の殴り合いは、もはや、ゾンビなど関係なく、次々と、街を破壊して行く。



その様を、唖然として見ている魔女イリサ。


 ――えっ? なにっ?

 勇者って、こんなに強いのっ?


 あいつと、全く互角じゃない……


 魔法とか、術抜きなら、

 あいつ、魔王より強いのに?


 次の魔王は、あいつだと思ったから、

 あたしも、秘書やってやることにしたのに……


 同じぐらい強いわけっ!?



同じく驚いていたのは、魔女イリサだけではなかった。


「もうこれ、人間同士の殴り合いじゃねえだろ」


はじめて見る、石動、本気の肉弾戦に、人狼のジトウも呆然とするしかない。


「若頭と出門のタイマンは、いつも相討ちでしたからね」


「ちなみに、対戦成績は、九十九戦、零勝零敗、九十九分け」


「まぁっ、結局、勝敗はまだついてないんです」


-


ノーガードの殴り合い。ガチンコ、タイマン。


お互いに殴り合って、最後まで立っていた方が勝ち。まるで、そんなルールでもあるかのような闘い方を繰り広げる、石動と出門。


「パワー馬鹿と言いますか、脳筋にもほどがあると言いますか」


この光景を見慣れているマサは、ただ呆れるばかり。


だが、石動の目は、これまでになく本気で、ギラギラと光り輝き、出門もまた、歓喜の笑みを浮かべて、殴り合う。


そして、二人が、吹っ飛ぶ度に、粉塵ふんじんが舞い、形あるものが、瓦礫がれきへと、ただの廃材へと変えられて行く。


すでに、石動との殴り合いに、すっかり熱く、夢中になっているクレイジーデーモン、いや、出門享也でもんきょうや。もはや、ゾンビのことなど、すっかり忘れてしまっている。



 ――いやぁっ


 あいつが、勇者、勇者、言ってたの、分かったわぁっ


 なんか、今まで見たことないぐらい、生き生きしちゃってるし


 なんか、これまでの鬱憤、全部、晴らしちゃってる感じだわぁっ


 結局、性欲よりも、ドラッグよりも、一番、中毒性が高いのは、あの勇者だったって訳ね


二人のバトルに、ヒートアップし、すっかり、エキサイトしている魔女イリサ。


彼女もまた、ゾンビのことなど、すっかり忘れていた。


-


何度も、どつき合い、ようやくダメージが蓄積された頃。


交錯する二人の拳、クロスカウンター。


お互いの拳は、相手の顔を捉えたまま、そこで、動きがピタリと止まる。


「……やっぱ、おめえだわっ、石動」


石動の拳に、顔をひん曲げながら、出門が言う。


「こんだけ、俺と殴り合えんの、おめえしかいねえわっ」


「こっちの世界で、対等にやり合えるの、俺達だけだわ、きっと」


石動の顔にも、出門の拳が、めり込んだままだ。


「クソ、ムカつきやがるがっ、そこに異論はねえっ」


二人はそのまま崩れ落ち、その場に倒れた。


ダブルノックアウト。


両者の決着は、毎回、これがほとんどで、相討ちに終わる。



しばらくして、フラフラしながら立ち上がる石動。同じく、出門もヨロヨロしながら立ち上がろうとしている。


「まだだっ、まだやれるぜっ、石動よぉっ」


「当たり前だっ、上等じゃねえかっ」


その時、そんな二人の間に、ゾンビが入り込んで来た。


「ウゼエッ」


明らかに、嫌な顔をする出門。


せっかくの、石動とのタイマンを邪魔されて、いきなりブチギレた。


パァン


銃を取り出し、ゾンビを撃ち殺す。


「おいっ、なんか、こいつら邪魔だなっ」


ゾンビに対して、怒りの収まらない出門は、周りにワラワラと湧いて来ているゾンビ達を、次々と銃で撃ち殺しはじめる。



「ハッ!」


そこでようやく、魔女イリサも我に帰った。


「あんた、馬鹿なのっ? 頭おかしいのっ?」


「あんたが、ゾンビ殺しはじめて、どうすんのよっ!!」


「今日のところは、挨拶だけだって、あんた、自分で言ってたでしょ!?」


そこで、口を挟んだのは、何故か、石動だった。


「馬鹿野郎っ、まだ、挨拶は済んでねえっ、

挨拶の途中で帰ろうとする奴があるかっ」


「おいおいっ、さすがっ、石動、いいこと言うじゃねえかっ」


「あっ……」


そこで、魔女イリサは気づく。


 ――ヤバい、こいつら、似た者同士だ


 方向性が違うけど、二人とも、絶対、頭おかしい人達だわ



「今日は、この薬の実験データ、持ち帰るだけなんだからっ、もう十分よっ」


魔女イリサに、散々怒られて、クレイジーデーモンに戻る、出門。


「確かに、ゾンビのせいで、興ざめしちまったしなっ」


「そういうのっ、本末転倒って言うのよっ」


「お楽しみは、まだまだ、これからだなあっ、石動よぉっ」


そう言い残すと、イリサの魔法で、その場から姿を消した。



「まぁっ、あの野郎も、相変わらず、女にはよええみたいだなっ」


闘いを終えた石動の元へと、マサとジトウが駆け寄る。


「実験データ……おそらく、あいつ等、ゾンビ化する薬を、量産化する気でしょうね」


マサの予想を聞き、石動は、舌打ちした。


「チッ、クソがっ、

これでっ、魔王軍と、戦う理由が出来ちまったなっ」

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