極道と幽霊(ゴースト)の売人

「ドウゲンッ!!」


幽霊ゴーストの売人』は、十人ほど、売人を撃ち殺したところで、石動が言った通り、向こうからその姿を現した。


一早くニオイを察知した、人狼のジトウは、焦って、一人で先走り、石動達は、完全にジトウの姿を見失っていた。


路地裏にドウゲンの姿を見つけた、ジトウは叫ぶ。


「よもや、忘れたとは言わせねえっ」


「ラクサハとラヒリカのかたきっ、取らせてもらうぞっ!!」


不敵な笑みを浮かべているドウゲン。


「うちの連中、殺しまくってる『売人狩り』って野郎は、どこのどいつだと思ってたけどよお……」


「誰かと思えば、てめえは、あの時の、マヌケな人狼じゃねえか」


「ああっ、よく覚えてるぜ、てめえのマヌケっぷりはよおっ」


「怪しい人間、助けておいて、女ども、さらわれてんだから、てめえの馬鹿さ加減には、ホントッ、笑いが止まらなかったぜ」


「そんな馬鹿、忘れようたって、忘れられねえに、決まってんだろっ?」


神経を逆撫でするような挑発行為に、ジトウは、我を忘れて飛びかかった。



長く伸ばした鋭利な爪で、何度も切りかかるジトウだが、余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言わんばかりに、ドウゲンは紙一重でこれをかわし続ける。人狼の爪は、ただ空を切り裂くのみ。


「ほらほらっ、ワンちゃん、そんなに遊んで欲しいのかっ?」


「ウオォォォォォッ!!」


ジトウの気合により、さらに長く伸びた、執念の爪が、ドウゲンの頬をわずかにかすった。


頬からは、ドウゲンの血がわずかに流れる、だが、その色は赤くはない。


「てめえっ、よくも、俺に、血を、流させてくれたな」


ドウゲンは、その赤くない血を、指で拭って、舌で舐めた。


「てめえはっ、絶対、許さねえからなっ」



自らの血が流れてしまったことで、ドウゲンの擬態が解けはじめる。


「おっ、お前は……」


頭から、何かが顔を出し、それは次第に大きくなって行く。


さらに、背中からは、蝙蝠の羽根が、広がって行く。


幽霊ゴーストどころじゃねえっ……」


「……まさか……悪魔だったのかっ」


それは、すでに、人間領からはいなくなっていたと思われていた、悪魔の姿。


頭に大きな角を持ち、口には鋭い牙、尖った尻尾、そして、背中に蝙蝠の羽根。


「こっちこそ、まさか、だ」


「まさか、てめえみてえな、マヌケ相手に、この正体をさらすハメになるとはなあっ」




悪魔の姿となったドウゲンに、飛びかかろうとするジトウ、だが、どうにも思うように体が動かない。かたきであるドウゲン、その悪魔の体が、幾重にも見える。


「クソッ、どういうことだっ……」


次第に、集中力が失われて行き、世界が、極色彩へと変貌し、妹と許嫁の、幻すら見えはじめる。


「まるで、あの時、みたいじゃないか……」


集落で、ドラッグ入りの食べ物を口にしたあの日、その時の体験が、再びジトウの脳裏によみがえる。


もしかしたら、今目の前に居る悪魔もまた、実在していない、幻なのではないかとすら、ジトウには思えて来た。



「いやあっ、まぁっ、俺自身は、ドラッグなんてもん使わなくても、幻覚術ぐらい、いくらでも使えるんだけどよおっ」


「新しく出来た、試作品のドラッグを、お前達の集落で試させてもらったって訳よ」


「『あの人』がさあ、こういうのは、人間に試す前に、動物実験するもんだって言うからさあ」


「半分人間で、半分動物のお前等には、ピッタリじゃねえかっと思ったのよ」


「実験動物とか、ひど過ぎるネーミングで、ウケるよなあ、まさに、お前達のことじゃねえか」


「お前等の実験以降も、ドラッグは改良され続けてな……」


「中毒性が抜群で、人体への悪影響も半端ない、一度ハマれば、人間廃業、廃人、間違いなしって、極上のドラッグが誕生したって訳よ」


「これもみんな、実験動物ちゃん達のお陰よ、サンキュウなあっ、マヌケな人狼のみなさん」



「クソッ、こっ、こんなことで……」


夢現ゆめうつつの中で、正気を取り戻そうとする人狼のジトウ。


「俺の、怒りも、憎しみも、悲しみも……すべてが……幻の訳がねえっ」


「転げ回って、泣き喚いた、あの血の涙が……喉を潰して、血反吐を吐くまで叫び続けた、あの咆哮ほうこうが、嘘なんてことは、絶対にねえっ」


「あの時の、怒りも、憎しみも、悲しみも……すべて、俺は、この体に刻み込んで来たんだっ」


「そうだっ、ジリジリと、俺の身を焦がし、焼き尽くす、この復讐の炎こそが、本物だっ」


人狼のジトウは、自らの鋭い牙で、自分の左腕に嚙みつくと、そのまま、腕の肉を噛みちぎった。


「……そうだよっ、これだよっ」


血にまみれた、自分の肉を、吐き捨てるジトウ。


左腕はえぐれ、中の骨まで見えている。


「この痛みこそが、正真正銘の真実だっ」


痛みで、正気を取り戻したジトウは、再び、悪魔ドウゲンに飛びかかる。


「ウオォォォォォッ!!」


その長く伸びた鋭利な爪は、悪魔ドウゲンの顔に、もう一度、傷をつけた。



「チッ」


「てめえっ、マジで、ウゼエなっ」


だが、その戦闘力には、圧倒的な差があった。


ブチ切れた悪魔は、次に襲い掛かって来る爪をかわすと、ジトウの腹に、膝蹴りを入れる。


その重い一撃を受け、前屈みになったジトウ、その顔を、悪魔は蹴り飛ばした。


転がって、倒れるジトウ。その体を何度も蹴飛ばし続ける悪魔。



「ああっ、お前の名前、なんだったけかな……」


「……確か、ジトウとか、言ったかな」


「そういやっ、お前の名前、ずっと叫んでる女が、二人いたなぁっ」


「あれ、お前の女と妹だろっ?」


「『ジトウお兄ちゃん、助けて』とか、『ジトウ、助けて』とか、すげえ、うるさくって、たまんなかったぜ、思い出したわ」


倒れて動けなくなった人狼のジトウの顔を、足の裏で踏みつける、悪魔ドウゲン。


「だから、すげえムカついたからよお、ドラッグ漬けにしてやって、一番ヤベエ、変態紳士に売ってやったのよお」


「そしたら、毎晩、拷問ごっこされて、すぐに死んじまったなあっ、あいつら」


「俺は、悪魔だからよお、人間の絶望が大好物なんだけどなあ」


「まぁっ、それでも、お前等も、半分人間みてえなもんだしぃ」


「美味しくいただちまったよ、お前の妹と、お前の女の、絶望の極みをなあ」


悪魔ドウゲンの足の裏で、頭と顔を踏みつけにされ、身動きが取れないジトウ。


悪魔の圧倒的な戦闘力を前には、復讐の執念も、屈するしかない。


「クソッ、クソッ、クソッ、」


悔しさのあまり、血の涙を流すジトウ。


-


パァン


銃声と共に、悪魔の足が撃ち抜かれる。


「馬鹿野郎っ、お前、一人で先に行くから、完全に見失っちまったじゃねえかっ」


悪魔に向け、銃を構えている石動。そして、例によって、後方待機のマサ。


「なっ、なんだっ!? てめえらはっ!?」


「さすがにっ、極道みたいな稼業してる俺でも、てめえっ、みてえなっ、真正のド畜生ちくしょうに、名乗る名前はねえなっ」


倒れている人狼のジトウは、必死に叫ぶ。


「旦那、こいつは、悪魔だっ!!」


「これはっ、俺の復讐だっ、旦那達には関係ねえっ、ここからっ、逃げてくれっ!!」


いくら、強い石動でも、さすがに悪魔には勝てない、ジトウはそう思っていたのだろう。


「馬鹿野郎っ、そうはいかねえっ」


「俺は、子供ガキにヤクを流すような奴は、ぶち殺すと決めているっ」



「お前かっ、子供ガキに、ドラッグ流してる、ド畜生ちくしょうの元締めはっ」


悪魔ドウゲンは、不敵な笑みを浮かべる。


「おいおいっ、妙な言いがかりだったら、よしてくれよ」


「なんだっ? 子供ガキにドラッグ流すような奴は、許せねえとでも? そう言いたいのか?」


「俺は、子供ガキのためを思って、ボランティアで、やってやってんだぜ……」


「なんてったって、俺は優しいからな、いい子にしてたお子ちゃまには、もれなく無料でプレゼントしてあげちゃうんだからよおっ」


「死にたくなるような現実世界、目の前にある辛く悲しい出来事、逃げられない世の中、そんなものから、子供達を逃避させてやってんだから……」


「むしろ、感謝されてもいいぐらいなんじゃあねえのっ?」


「それとも何か? この馬鹿みてえに、痛みこそが真実だとか、本気で、子供ガキに向かって、言おうってえのかい?」 


子供ガキに、そんな、ひでえ、残酷なことするなんて、てめえのほうが、よっぽど畜生ちくしょうじゃねえかっ」



「まぁっ、もちろん、俺にもいい事があるんだぜ……いい事をしてもらったら、いい事を返してあげる、人間なら、それが当然だからなあ」


「ほらっ、子供ガキの頃から、ドラッグに慣れ親しんでおけば、大人になってもやめられねえだろ? 年季の入った中毒者は、もう抜けられねえんだよなあっ」


「ほらっ、なんてえのっ? 顧客育成? それとも青田刈り?」


「中毒になるとよおっ、ドラッグ欲しさに、何でも言うこと聞いてくれるようになってなあっ」


「自分から進んで、人身売買に、売られに行ってくれるんだぜ」


「そんで、売られた先の金持ちの家で、金銀財宝を盗んで来てくれたり、商売の邪魔になった連中は、一家惨殺して来てくれたりもするんだぜえ」


「それで、ノルマも回収出来て、悪魔の俺的には、人間の絶望も、腹一杯になるまで、たらふく喰えて、まさにウィンウィンの関係ってことよっ」


 ――いやあっ、こいつ、見事に地雷踏みまくってますね

 もう、見事過ぎて、むしろ、芸術性すら感じてしまいますよ


マサには、この後の展開が、だいたい察せられた。


-


石動は、悪魔に向かって、力強く、啖呵たんかを切る。


「俺は、子供ガキにヤクを流すような奴は、ぶち殺すと決めているっ」


「俺の親は、両親、揃いも揃って、ヤク中だったっ」


「だがっ、それでも、なんとか、生きていられたのは」


子供ガキの時分、俺の周りに、ヤクを渡して来るような、畜生ちくしょうどもが、いなかったからだっ」


「分別もつかねえ子供ガキの時分に、俺の周りに、ヤクすすめて来るような畜生ちくしょうどもがいたら……」


「そいつ等に、言われるがまま、ヤクにえ出してたら……」


「さすがに、俺も、本当に、詰んでただろうなっ」


「そうなりゃっ、とっくの昔に、俺は死んでたっ、今の俺はなかったっ」


「まぁっ、それでもっ、一度死んだから、ここに居るんだけどよっ」


再び、力強く、断言する石動。


「だからなっ、俺は、子供ガキにヤクを流すような奴は、ぶち殺すと決めているっ」

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