極道とスラムジャネイロ

「ちっ、子供ガキにまで、ドラッグ売ってやがんのかよっ、ここはっ」


街で子供達の姿を見た石動は、吐き捨てるように言った。


「旦那、なんで、そんなことが分かるんだ?」


人間以外の種族であることを隠すために、ローブを着て、フードを目深まぶかに被っている、人狼のジトウ。


「頬がげっそりこけて、目がギョロギョロ、ギラギラしてやがるっ」


「おそらくっ、クスリが効き過ぎて、目が冴え渡りまくってて、何日も寝てねえんだろうっ、アッパー系の典型的な症状だなっ」


「まぁっ、人間、神経が研ぎ澄ますれたまま、何日も寝れないでいると、ああなるってこったっ」


「それにっ……中毒症状が出て、手が震えてやがるっ」


周囲を見渡していたマサが頷く。


「大人にも、中毒症状が出てる人間が、相当数います」


「これは、もう、街全体が、薬物汚染されてるようなものですね」


「これも、ドウゲンの仕業なのかっ!?」


「まだ、そこまでは分かりませんが……」


「いやっ、こんだけ、街にヤク中が溢れてるんだっ……ドラッグを使って、女をさらったそいつが、無関係とは思えねえなぁっ」


「まぁっ、確かに、偶然にしては出来過ぎですかね」


-


建物の前に座って、震えている少女。歳の頃は、とお前後といったところか。


マサは、その少女をおびえさせないように、そっと近づく。


「おじちゃん、お金ちょうだい」


少女は、開口一番、震える声で、そう呟いた。


「お嬢ちゃん、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」


あらかじめ用意しておいた硬貨を、少女の痩せた手に渡すマサ。


「ありがとう、おじちゃん」


この上なく、優しい口調で、少女に尋ねる。


「何か、すごくいい気分になる、薬とか食べ物、あると思うんだけど、あれ、どうしたの?」


この世界である以上、注射器などは有り得ない。口から入れるしかないはず。


「うーん?」


「なんか、すごく元気になるとか、変なものが見えたりとか、そういうやつ」


ドラッグという言葉を知らない子供。さらには、自分がドラッグを使っているのに、それをドラッグだと認識していない子供。その子に、ドラッグのことを聞くのには、さすがのマサも苦労している。


「アレのことかなぁ」


「そうそう、多分、それじゃないかなあ」


「知らないおじさんが、くれるの」


「くれるの?」

「買うんじゃなくて?」


「だって、あたし、お金なんか、持ってないもの」


「そうなんだね」


「そのおじさん、どこに居るか、知らないかな?」


「分かんない」

「いつも、突然、あたしの前に出て来て、アレ、くれるの」


「どんな人?」


マサは、売人の手がかりを掴もうとして、少女にいろいろと質問をしたが、特に有力な情報は得られずに終わった。



「おうっ、ご苦労だったな」


「こればかりは、私がやるしかないですからね」


「若頭が近寄って来たら、怖くて、きっと、泣き出しますよ、子供なら」


「まぁっ、ちげえねえなっ」


「それでっ、なんか、いいネタはあったかっ?」


マサは、少女との会話の内容を、石動達に伝えた。



「ここの売人は、随分と、性質たちの悪い奴等みたいだなっ……はじめは無理タダでばら撒いて、お試しさせるなんざあっ、よく分かってるじゃねえかっ」


「中毒症状が出るぐらいなのに、まだ無料お試しというのは、随分と、出血大サービスですね」


「まぁっ、ヤク漬けにして、ヤク欲しさに、何でも言うことを聞くようになるまで待ってる、そんなとこじゃねえかなっ」


ジトウも、街の人間達に、ドウゲンのことを聞いて回っていたが、そのことを口にする者は、誰もいなかった。


いずれにせよ、ドウゲンのことも、売人のことも、未だに手がかりはゼロということになる。


-


そこで、閃いた石動。


「おうっ、あんちゃん」

「そういや、鼻が利くんだろっ?」


「そこの子供ガキについてる、他の人間のニオイを嗅いで、そのニオイを追うことは出来るのかいっ?」


「ああっ、そういうのは、得意だぜ、お手のもんよっ」


「そうやって、ニオイを辿たどって行けば、いずれ売人に行き着くということですね」


「おうっ、売人に聞けば、ドウゲンのことを知ってる奴もいるだろうなっ」


「よし分かった、なら、なんでもやるぜ」



先程の少女に近づく人狼のジトウ。


「お嬢ちゃん、ちょっと、いいかな?」


フードを目深まぶかに被っているため、まだ人狼だとは気づかれていない。


「ちょっと、ニオイ、嗅がせて欲しいんだけど……」


「えっ? やだぁ」

「おじちゃん、変態なの?」


ジトウはいろいろと、選択を間違えた。


「へ、変態ぃっ……」


変態呼ばわりされて、一人で狼狽ろうばいする人狼のジトウ。


「もしかして、おじちゃん、ロリコンなの?」


十歳ぐらいの少女に、ニオイを嗅がせて欲しいなどと言えば、当然そうなる。もし普通の世界で、そんなことを言おうものなら、通報されて、事案になること間違いなし。


「ロ、ロリコン……」


「おじちゃん、お金ちょうだい」

「そしたら、ちょっとだけ、ニオイ嗅がせてあげてもいいよ」


ジトウは頭をかきながら、マサの方を振り返った。



結局、同じ中毒症状が見られる成人男性で、仕切り直すことに。どちらにしても、お金は取られることになったが。


「お金を出して、少女のニオイを嗅がせてもらうというのは、教育上、あまりよろしくありませんからね……」


その男についている、他の人間のニオイを嗅いだジトウ。


四つ足になり、地面に鼻を近づけて、その人間のニオイを探し回る。


「こっちだなっ」


かたきが、この街の何処かに居るかもしれない、そう思うと、居ても立ってもいらない。四つ足のジトウは、ニオイがする方へ、猛然とダッシュして行った。


「もう、あいつ、ただの警察犬だなっ」


-


何度か空振りはあったものの、人狼のジトウは売人の一人へと辿り着く。


ゴミが散乱する小汚い路地裏に、売人を追い詰めたジトウは、胸ぐらを掴み、恫喝どうかつする。


「てめえに、聞きたいことがあるっ」


「な、なんでっ、今時、人狼なんかが、この街に居やがんだっ」


先走って、一人で行ってしまったジトウに、後からようやく追い着いた石動とマサは、後方で、その様を眺める。四つ足になったジトウの瞬発力には、いくら筋力五倍でも、さすがにすぐには追い着けない。


「おいっ、ドウゲンって男を、知っているなっ?」


いかにもチンケな小悪党らしい男は、ビビり気味に虚勢を張る。


「しっ、知らねえなっ」


興奮している人狼のジトウは、鋭い牙をむき出しにして、ガルルっと呻り声を上げた。両手の爪を長く伸ばし、拷問も辞さない構えだ。


「いっ、言える訳ねえだろっ」


売人の顔に、鋭利な爪を当てると、男の頬からは血が垂れる。


「なっ、仲間を売るのは、ご法度はっとに、決まってんだろっ」


人狼の爪が、より深く顔に刺さる。


「ひっ、ひぃぃぃっ」


「言えば、命だけは助けてやる」


「……わっ、分かったっ」


売人の男は、ジトウの脅しに、小物らしく、すぐに口を割った。


「『幽霊ゴーストの売人』が、確か、ドウゲンと名乗っていた時期があったはずだ……」


「『幽霊ゴーストの売人』?」


「ああっ、この街で、ドラッグの売買を仕切ってる男だっ」


「ドラッグの売買っ!?

人身売買の間違いじゃねえのかっ!?」


「両方だっ、ドラッグの売買と人身売買、両方やってやがんだ」


「いや、むしろ、今じゃ、ドラッグの売買のほうに力を入れてやがる……」


そこまで話すと、売人の男は深呼吸して、一息入れた。


「いつも、この街に居るはずなのに、普段、この街で、奴が歩いている姿を見かけた人間は、一人もいねえ……」


「ブツを渡しに来る時も、いつも、気づくと、いつの間にか、後ろに立っていやがる……」


「物音ひとつ立てずに、気配すらも感じさせねえ……突然、降って沸いたように現れやがんだ……」


「だから、売人達にも、薄気味悪がられててな……中には、奴は幽霊なんじゃねえかって、言う連中すらいる」


「それで、付けられた通り名が『幽霊ゴーストの売人』、売人達の間じゃあ、そう呼ばれている」


男の微かに震えている声が、出鱈目でたらめではない、信憑性しんぴょうせいを感じさせる。


「おいおいっ、なんだっ?

この世界じゃあっ、幽霊がドラッグ売ってんのかいっ」


ここまで黙っていた石動も、思わず、突っ込んだ。


「だから、俺等も何処にいるかはまったく分からねえ」


「分かっているのは、この街に居るってこと、ただそれだけだ……」


「クソッ!!」


仇を目前にしながら、手掛かりが掴めないジトウは、苛立ちを隠せない。


一通り話を聞くと、掴んでいた売人の胸ぐらを突き放す。


腰を抜かして、その場に座り込む売人の男。顔には安堵の表情が浮かぶ。



ジトウからすれば、ドウゲンへの復讐こそがすべてで、その他のこと、売人のことなどはどうでもよかった。


だが、石動はそうではない。


パァン


銃声と共に、眉間を撃ち抜かれて、売人の男は、その場に倒れた。


「だっ、旦那、殺しちまうのかい? 」


驚いた顔をしているジトウ。


「ああっ……」


力のこもった声で、石動は言う。


「俺は、子供ガキにヤクを流すような奴は、ぶち殺すと決めているっ」


それこそが、転生前から、石動の中で、決して譲れないルール。


石動は、はじめから、この街の売人達を、みな殺しにする気でいた。


もちろん、マサは、そのことを知っていた。いや、知っていたというよりは、この街の光景を見て、察していたと言うべきなのか。



「それになっ、このまま、下っ端の売人、殺し続けていきゃあ、その内、その幽霊野郎のほうから出て来るぜっ」


「そうですね、まぁっ、極道式捜査方法とでも言いますか」


「いっそ、この街の売人、みな殺しにしていけば、いずれ、嫌でも、そいつに、ぶち当たるだろうしなっ」


「ええ、供給する人間、サプライヤーが、極端に減れば、欲しがる人間達は、残った売人に群がるしかないでしょうから、売人も探しやすくなりますしね」


理に叶っているのか、無茶苦茶なのか、よく分からない理論に、ジトウは戸惑っている。


「そうですね、とりあえず、『売人狩り』とでも呼びましょうか」


困惑するジトウを他所よそに、石動達は売人狩りをはじめる。

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