極道と真の勇者

「よいか、決して、村の中には、入ってはならんぞ」


集まった兵達を前に、指揮官は、改めて告げる。


「我々は、村の中で、何が起こっているのかを、目撃してはならんのだっ」


「この村は、王国に反旗をひるがえさんとする、レジスタンス達の巣窟そうくつ、この村の者達は謀反を企んでいた……よって、我等が、この村を焼き払って、反逆者達を掃討するのだ、よいなっ」


国内の情勢が不安定な今、アロガエンスの国内にゾンビがよみがえったとなれば、国を揺るがす大騒動となり、最悪、国の崩壊を招くことにすらなりかねない。したがって、絶対に、外部に漏らす訳にはいかないのだ。



「しかし、これは、昔ながらのゾンビ感染対策マニュアルに書かれている対処法なのでは……」


大昔、まだ、人間領にゾンビが居た頃には、ゾンビ感染対策マニュアルと称した本が書かれており、今回の対処が、それに基づいているのは、誰の目にも明白だった。


「おいっ、貴様、滅多なことを言うもんじゃない」


兵の声は、指揮官の耳にも入っていた。


「この場に居る我々とて、いつ感染の疑い有りとして、あらぬ嫌疑をかけられ、口封じのため、処断されるか、分からんのだぞっ」


たかだか、一兵卒風情が、口封じのために、始末されたとしても、なんら不思議なことではない。国家存亡の危機とあれば、この国は、それぐらいは平気でする。兵達もみな、そのことは分かっていた。


「ここには、ゾンビもいなければ、感染もない、ただ、国家反逆者達が居るだけだ、いいな?」


それ故に、この場に居る誰もが、ゾンビの感染だと知りながら、決して、そのことについては、触れてはならないという、なんともいびつな構造が出来上がっていた。


-


準備が整うと、早々に、村には火が掛けられる。


村の外周から、大量の火矢が、次々と放たれ、魔法士達が、続々と火属性魔法を放つ。


村全体に、炎が燃え広がって行くまで、村の隅々に、火が行き渡るまで、それが、延々と繰り返される。


時間はかかるが、村内に踏み入っただけで、感染症扱いされ、処分されるのは間違いない、そうしたこの状況下で、それをまぬがれるためには、こうした、まどろっこしい手段を取る必要があった。


それに、これは、ゾンビ感染対策マニュアルにも書かれている内容でもある。


「ちょうど、強風が吹きはじめたことだし、この調子なら、すぐに燃え広がるだろう」


ようやく収束の目途めどが立ち、指揮官は、安堵する。


-


「あぁっ、村がっ……、俺の村が……」


燃える村を見て、ルジカは嘆き、悲しむ。


あれ程に、大好きだった村が、今、目の前で、紅蓮の炎に焼かれているのだ。


その場に崩れ落ち、座り込み、落胆するルジカ。



石動達は、結局、研究室には行かずに、村に戻ることを選択していた。人狼のジトウが、村の方角から、何かが燃えているニオイがすると言い出したからだ。


叡智のノートパソコンで、状況を調べているマサ。


「どうやら、恐れていたことが、起きてしまったようですね」


「ゾンビの出現が、まさか、この村からだとは、思っていませんでしたが……」



さらに村へと近づくと、火を放っている兵士達の姿が、目視でも確認出来た。


「おいおいっ、こいつ等、こんな時ばっかり、やたら動きがはええなっ」


「この村の家は、木造家屋で、密集気味に建てられていますからね、おまけにこの強風では、火は、あっという間に、燃え移って行くでしょう」



「村を完全に封鎖して、中に居るゾンビと人間を含め、村を丸ごと焼き払う」


「目撃者達の口封じも出来ますし、これなら、隠蔽工作もバッチリです」


「今、パンデミックが起こっているなんて、国民が知ったら、それこそ、暴動が起きかねませんから」


「真実ごと、闇に葬り去る、それが最善策ということでしょう」


「まぁっ、この世界の感染症対策なら、こんなもんでしょうね」


「あぁっ、土葬じゃ、不衛生だから、火葬にしようってことだなっ」



「クンックンッ」


人狼のジトウが、今一度、何やらニオイを嗅ぎ分けている。


「村の方から、風に乗ってやって来るニオイ……」


「その中には、まだ生きている人間のニオイが混じってるぜ」


ジトウの言葉に、落胆していたルジカが反応する。


「かっ、かあさんのニオイはっ!!」

「まだ、生きてるのかっ!?」


「ああっ、あの婆さんのニオイなら、まだある……きっと、まだ、生きてるんじゃねえかな」


その言葉を、聞くや否や、ルジカは走り出す。


「かあさんっ!!」


村に向かって、駆けて行く。もちろん、生存者を助け出すために。



「若頭、どうしますか?」


「まあっ、自分達だけ、安全な場所から、誰かの命をどうこうしようってえのは、気にいらねえなあっ」


「そう来なくっちゃなあっ、旦那」


叡智のノートパソコンで、ゾンビ感染対策マニュアルを発見し、内容を確認していたマサ。


「村から出て来た者を、全員、殺す気満々みたいなマニュアルですから……まぁっ、まずは、あの兵士達をなんとかしましょうか、我々は」


-


「かあさんっ!」


突如、大声と共に、背後から現れた、異形の大男に、慌てふためく兵士達。


ルジカは、行く手を遮る兵士達をなぎ倒し、燃える村の中へと、飛び込んで行った。


「ほらっ、お前達も、こんなとこで、そんなことしてねえで、生き残った村人達を、助けに行って来たらどうだっ?」


火を放っている兵士や魔法士達を、死なない程度に、次々と、殴り飛ばして行く石動。


「まぁっ、傷をつけられなきゃ、なんともねえらしいしなっ」



草木を燃やし、勢いを増して、火の海は広がっている。これでは、木造家屋の密集地帯に燃え移るのも、時間の問題だ。


村の先へと進むルジカ。


「かあさんっ!」


火の海の中で、必死に、母に呼び掛け続けるルジカ。


人造人間であるルジカの声に、ゾンビ達は反応を示す。ルジカ自身もアンデットに近しい者だというのに。必死なその声に、人間らしい何かを、感じたのかもしれない。


ルジカの元には、次々とゾンビ達が押し寄せる。


「ごめんねっ」


襲い掛かるゾンビ達を、次々と殴り倒して行くルジカだが、元々が顔見知りの村人なだけに、ついつい、謝罪をしてしまう。



「かあさんっ!」


ようやく、我が家の前に辿り着いたルジカは、玄関の扉を壊し、母を呼ぶ。


住み慣れたはずの、家の中に入れたのは、行方不明になって以来、はじめてのこと。ルジカはようやく、家に帰って来ることが出来たのだ。


家の中に隠れていた、ルジカの母リマイマは、驚きを隠せない。


「この化物っ! こんな時まで、来やがったのかいっ!」


相変わらず、眼前に居る異形の大男を、ルジカだと信じようとしないリマイマ。


だが、今度ばかりは、信じざるを得なかった。


「なんで、信じてくれないんだいっ!?」


「今、村の人達が、ゾンビにされてるんだから、俺が、こんな姿にされてたって不思議じゃないだろっ!」


村人達がゾンビにされる可能性と、息子が化物に改造される可能性。どちらのうほうが、有り得ないことなのか。


「あんた、本当に、ルジカなのかい?」


論より証拠。強情な母は、ゾンビ事件を目の当たりにして、ようやく、目の前に居る人造人間の言うことを、信じる気になった。


「ああっ、そうだともっ」


「俺だよ、ルジカだよっ、かあさん」


「ルジカッ……」


まだ少し、戸惑いを見せる、母リマイマだったが、今この場で、再会を喜んでいるような時間の猶予はない。


「この村には、火が掛けられた、ここにも、いずれ、火が回る」


「早く、ここから逃げよう」


「でも、外には、ゾンビが居るんじゃ……」


「大丈夫だよっ」


「この体を見てくれよ、俺は怪力なんだ」


ルジカ自身、ずっと醜いと思い続け、恥じていた、改造された体を、はじめて、人に誇った。


自分は、この時のために、この体を手に入れたのではないか、そんな風にすら思えて来る。


「俺が、ゾンビから、絶対、守るから、大丈夫だよっ」


そう言って、母を家から連れ出すルジカ。



家の周囲に居るゾンビ達をぶん殴って、撃退すると、大声を上げて、まだ生き残っている者達に、ルジカは呼び掛ける。


「みんな、逃げるんだっ!」


「この村には、火が掛けられた、

ここにも、いずれ、火が回って来る」


「みんな、早く逃げるんだっ!!」


「俺が、ゾンビから、みんなを、絶対、守るからっ」


「みんなで、ここから、逃げようっ!!」


リマイマが一緒に逃げているところを見て、家の中に隠れていた村人達は、慌てて家から飛び出し、一緒についていく。


約束通り、近寄ろうとするゾンビ達を、片っ端からぶん殴り、ルジカは、村人達を守った。


-


村の外へと、生き残った村人達を脱出させたルジカ。その付近の兵士達は、すでに石動がぶっ飛ばし済みだ。出て来たら、いきなり、斬られるようなことはない。


「ルジカッ!ごめんよ、ルジカッ!」


涙ながらに、抱きつこうとして来る母に、ルジカは、てのひらを前に出して、これを止めた。


「かあさん、俺に触らないほうがいい」


「感染してしまうかもしれない」


多数のゾンビ達と接近戦を行い、肉弾戦を繰り広げた、人造勇者ルジカの体には、多くの傷がついている。


「どうやら、俺も、感染しちまったみたいだ」


母に背を向け、再び、炎の中へと歩き出すルジカ。


「ルジカ、一体どこに、どこに行く気なんだいっ?」


悲しげな顔で、母を、振り返る。


「かあさん、俺はもうダメだ、いつ発症してゾンビになるか、分からない」


「ゾンビになったら、自我がなくなり、無差別に人間を襲うんだ」


ゾンビと人造人間、見た目は、同様にみにくかったとしても、そこには、あまりに大きな違いがある。そして、その差は、決して、どうにもすることが出来ない。


「俺がゾンビになって、母さんや村の人達を襲うなんて、俺にはとても耐えられない」


「だから、せめて、ゾンビになってしまった村の人達が、外に逃げ出さないように、俺が、村の中に閉じ込めておくよ」


ルジカは、そう言って、母に微笑んだ。


すべてのゾンビ達を道連れに、己の身を炎に焦がす、ルジカは、その覚悟を、すでに決めていた。


「ルジカッ!」


「かあさん、俺の分まで、長生きしてくれよ」


炎柱の中を、村へと帰るルジカ。


「ルジカッァァァ!」


泣きながら、崩れ落ちる、ルジカの母リマイマ。


-


その長く大きな腕を広げ、向かって来るゾンビ達を、まとめて炎の中へと押し切る人造勇者ルジカ。


さらに押し寄せるゾンビ達を、火柱の中へとぶん投げる。


それでも、外に居る人間を目指して、村から出ようとするゾンビ達を始末するのは、石動の役目だ。


火だるまになりながら、向かって来るゾンビの、眉間を狙い撃つ。


「ゾンビでも、さすがに、脳天を撃たれると、活動を停止しますからね、遠距離から頭を狙える、若頭の銃は、かなり相性がいい敵なんです」


「まぁっ、俺は、眉間を外さねえからなっ」


「逆に、ジトウとの相性は、悪いと言っていいでしょうね」


「切り裂き系だと、どうしても、接近戦になるでしょうから、こちらが傷を負う前に、頭部に致命傷を与えるのは難しいでしょう」


「いや、俺なら、ゾンビの首を刎ねるぐらい、訳ないって」


「爪に付着したゾンビの血肉から、感染してしまう可能性も考えられます」


「まぁっ、百パーセントとは言えない以上、ここは、無理をせずに、サポートに徹しましょう」


「万一、怪我でもしたら、感染も発症も間違いなしですから」


-


やがて、強風により、急速に広がった、紅蓮の炎は、村全体を包んで行く。


燃え盛る炎の中に立つ、人造勇者のルジカ。


「かあさん、俺は、本当に、この村が好きだったんだ……」


「だから、俺は、この村に残ることにするよ……」


「村があった、この場所に、ずっと居ることにする……」


「かあさん、俺が死んだら、ここに、俺の墓を建ててくれよ……」


「俺の村があった、この場所に……」


「村があったこの場所と、ここで死んで逝った村の人達のことは、ずっと、俺が見守っているから……」



やがて、人造勇者ルジカは、炎の中に消えて行く。


「人造勇者かっ……」


「まぁっ、俺なんかよりは、よっぽど、勇者らしかったんじゃねえかなっ」


石動は、その勇姿を、最後まで見送っていた。



ポアブネイ村のパンデミックは、村を丸ごと焼き尽くすことで、このクラスターからの感染拡大を、何とか未然に防ぐことが出来た。


しかし、パンデミックが起こっていたのは、この村だけではない。

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