8-2.極道とパンデミック

極道とパンデミック

「ダメですね、この村も、すでに手遅れです」


ポアブネイ村を南下し、立ち寄った、次の村は、すでに、ゾンビの巣窟となっていた。


さらに、南下して、この村にやって来たのだが、ここもやはり、もうゾンビが大量発生した後。手遅れだった。


「まぁっ、そうみたいだなっ」


石動は、村の中に飛び込んで行くと、ゾンビ達の頭を狙って、ひたすらに銃を撃ち続ける。


「我々が知る限りでも、ゾンビが発生していた村は、もうこれで、三つ目……」


「旦那も、大忙しだな……」



この村に発生したゾンビは、すべて石動によって撃ち殺されたが、本当の地獄はまだ終わっていない。


むしろ、ここからの方が、メンタル的には、キツい、生き地獄だ。


生き残った村人は十八人。


「これでも、この状況からしたら、よく生き残ったほうですかね」


生き残った人間達は、互いに、体に傷痕が残っていないか確認する。


逃げる際に、本人も気づかない内に、ゾンビと接触してしまった、そういうことがよくあるためだ。


そうやって、生き残った者達は、二つに分けられる。


この先も、生きて行くことが出来る者と、この先は、ゾンビになるしかない、つまり、死ぬしかない者、その二つに。



「残念ながら、こちらは、全員に、傷痕がありますね」


傷痕があると、判断されたのは、六人。


「うっ、うぅっ……」


傷痕有りの六人はみな、すすり泣いている。男も女も、若者も老人も。死刑宣告を受けたも同然なのだから、当然ではあった。


死ぬのは怖いし、ゾンビになるのも怖い。しかし、彼等にはもう、地獄のような、その二択しか残されていない。



そして、傷痕無しと判断された者達が、安堵しているかと言えば、そうではない。


やはり、こちらも泣いている。


今ここに居る者達だけが、どうして生き残ったかと言えば、同じ所に隠れていて、ゾンビ達に見つからなかったから、それが答えになる。


同じ所に隠れていた、行動を共にしていた、これは、つまり、家族や友人など、お互いによく知った間柄の者達ということ。


傷無しの老夫婦は、まだ若い自分達の娘を、村の青年は、父親を、傷痕有りと判断されていた。


まだ他にも居たが、いずれにせよ、傷痕有りの六人はほぼ、傷無しの者達の身内か友人だ。



「どうしても、殺さなくてはならんのか?」


「このまま、ゾンビにならない可能性だって、あるんじゃないんですか?」


老夫婦は、必死になって、年頃の娘をかばう。彼等の娘は、しくしくと泣いているだけ。


「いえ、残念ですが、感染してしまった以上、遅かれ早かれ、必ず、発症します」


マサは、無慈悲な真実を、告げることしか出来ない。



「ゾンビになっても、人間を襲わなければ、問題はないんじゃないかっ!?」


今度は、父親が傷痕有りになった、村の青年だ。


「そうだっ、ゾンビとして、人間と共生すればいい」


「人間に感染して、増殖し続ける、これはウィルスの本能のようなものです」


「例え、自我を維持出来たとしても、人間を襲いたいという衝動は、抑えられないでしょう」


「そもそも、ここに居る人達は、もうすでに、感染して、死んでいるも同然なんですよ?」


「ただ、まだ、ゾンビになっていないというだけで」


生き残った村の人達と、マサの問答が、延々と続く。


「何か他に方法はないのかっ!? 治療する薬が、出来るとか」


「その前に、この大陸から、人間が居なくなりますよ?」


感染して、すぐに発症し、自我の無い、ゾンビとなっていれば、まだ諦めもついたのだろう。


感染してから、発症するまでの、潜伏期間に個人差がある。それまでの間は、人間と変わらない。


それが、こうした余計な悲劇を生み出すことになる。



そこで、ここまで黙っていた石動が、ようやく口を開く。


「まぁっ、俺等は、このまま放置しておいても、別に構わねえよっ」


「どうせっ、通りすがりだっ、すぐに出て行っちまうんだからなっ」


「ただ、こいつ等が発症して、ゾンビになって、襲って来た時……」


「あんた達、そんときゃっ、こいつ等、殺せるのかっ? 自分達の手で」


「家族の姿、友達の姿をしたゾンビを、躊躇ためらうことなく、脳天かち割れんのかいっ? 首をねられるのかいっ?


「実の、子殺し、親殺しなんて、極道でもやらないようなことをよっ」


殺すのを、少しでも躊躇ためらえば、自らが感染して、ゾンビになる、それは誰もが承知している。


傷無しの十二人は、その言葉に、押し黙るしかない。



沈痛な静寂の中、青年の父親、初老の男性が、口を開いた。


「……分かった、やってくれ……どうやら、俺はもう、ゾンビになりかかっているみたいだ」


「……どうも、さっきから、変な衝動が抑えられない」


「……このままじゃ、いつ、どこで、誰に、襲いかかるかも分からねえ」


「家族や、村のみんなを襲って、ゾンビにしちまうぐらいなら、俺をやってくれっ」


「父さんっ! どうして、そんなこと言うんだっ!」


老夫婦の娘も、すすり泣きながら、それに続く。


「……あっ、あたしもっ、殺して」


「……さっきから、なんだか、胸がざわざわして、妙なの」


娘の言葉に、絶望する老夫婦。


「ああっ……なっ、なんでなの……」


感染の証、傷痕が残る、他の四人も、涙ながらに、それに同意した。


傷無しの者達は、必死に反対していたが、本人の意思を第一に尊重する石動に、迷いはない。



パァン パァン パァン……

パァン パァン パァン……


「うっ、ううっ……」


一瞬で、傷痕有りの者達は遺体となって、傷無しの者達は遺族となった。


むくろとなって横たわる、家族を前に、号泣し、やり場のない感情を、石動にぶつける遺族達。


「このっ、人殺しっ! 人でなしっ!」


「クッソ、なんで殺しちまったんだよっ……」


家族や大切な者を失った痛みは、人狼のジトウにもよく分かる。


「でもよ、旦那のせいじゃ、ねえだろうに……」


「遺族というのは、分かってはいても、どうにも出来ない悲しみや怒りを、誰かにぶつけなきゃ、やってられないんでしょう」


遺族達により、何度も繰り返される怨嗟おんさ


「このっ、人殺しっ! 人でなしっ!」


その言葉を背に受けて、去って行く石動。


「まぁっ、そう言われるのは、いつものことだっ」

「もうっ、慣れちまってるっ」


-


さらに南下を続ける石動達。


その夜は、馬を休ませるために、野宿をせざるを得なかった。


この付近の村々は、ほぼゾンビ化されているため、今や、どこかの村に駐留しようとする方が、よっぽど危険という有様。


「しかし、どういうことなんだ……」


明かりを取っている焚き火の前で、叡智のノートパソコンを眺めながら、マサは思い悩む。


「今回のゾンビは、あまり長距離移動をしないらしく、村に人間がいなくなっても、村の中を、ただ徘徊していることがほとんど」


「調べてみても、ゾンビの群れが、村を渡ったという形跡はありませんでした」


「しかし、ゾンビが出現した村は、どんどん、南下して来ています」


「このままでは、内地どころか、王都エンダロウナにまで、行きかねません」


ここアロガエンス王国の首都でもある、王都エンダロウナ。アロガ王の居城があり、政治、経済、流通等のすべてを司る国の、中枢、一極集中型都市。


さらには、そもそも、人口が少ないこの世界にあって、百万人超の人口を擁する、大陸最大の、破格の大規模都市でもある。


もしそこでゾンビが大量に発生すれば、この国の滅亡は免れない。



「誰かが、薬をばら撒いているってことなんじゃないのかい?」


マサの言葉に、人狼のジトウも一緒に、頭を悩ます。


「それか、放浪癖のある、はぐれゾンビがいるとか?」


「ルジカの話を聞いていた限り、薬が大量にあったとは、思えませんが……」


「はぐれゾンビの可能性は、否定出来ませんね」


「……」


「マサさん、話を聞いていて、改めて、疑問に思ったんだが」


「何がです?」


「そもそも、ゾンビになる薬を試されて、ゾンビになった第一号……感染源の大元」


「つまり、最初の一人目、オリジナルってえのは、誰だったんだろうな?」


ジトウの言葉で、マサは、ようやく気づく。


「そうか……迂闊でした……」


「博士は死んだと、思い込んでいた」


「いや、死んではいたんでしょう、間違いなく」


「……だが、ゾンビとして、復活していた」


「薬は、最初から二本だった……」



改めて、叡智のノートパソコンのデータを、調べ直すマサ。


「感染して、発症するまでの時間には、個人差がある」


「データを見る限り、墓に埋められてから、ゾンビになって甦った事例も多い」


「そして、もしかしたら、オリジナルには、博士の意識が残っているのかもしれない……」


「大昔に、自我を持ったアンデットの事例も、データがある」


「死体と薬は、誰かが持ち去ったのではなく、一本を博士が飲み、ゾンビとなった後、もう一本を、自ら持ち出した」


「ルジカが見た死体は、博士がまだ、ゾンビとして覚醒する前、薬を飲んだ後」


「今回のオリジナルゾンビである博士が、はぐれゾンビとなって、アンデット化ウィルスをばら撒いている……」


「それなら、説明がつく」



「そうだとして、そもそも、この事件の動機は?」


「おそらくは、復讐のため」


「あの研究室にあった記録には、研究を認めてもらえない、世の中への恨み辛みが、いくつも書かれていましたから」


「となると……最初から博士が目指しているのは、王都エンダロウナ」


「この国を、いや、この大陸の人間達を滅ぼすことが、博士の復讐なのでしょう」



ここまでの話を聞いていた石動が、口を開く。


「まぁっ、そいつが、南下して、エンダロウナを目指しているってえならっ、やることは一つだなっ」


「先回りして、先頭を止めるっ」


「まぁっ、頭を叩き潰すしかねえなっ」


人間をゾンビ化させる、アンデット化ウィルス。その感染源を止めれば、すでに感染者が出ている村はともかく、これ以上の、感染拡大は防げるはず。


-


三頭の馬を走らせて、南下し、感染源である博士の後を追う。


その途中、ゾンビの群れに襲われている村を二つほど、横目で見ながら通り過ぎた。立ち寄って助けずに、スルーしたのだ。


「全滅した村には悪いんですがね、正直、村二つで済むなら、安いものです」


「後手後手で、すでに感染した村をどうこうするより、まずは感染源を潰さないと、感染が拡大する一方ですからね」


そこは、非情な判断を下さざるを得ない。それ程に、深刻な事態。


「エンダロウナに到達されたら、もう止められませんよ」


「この大陸はともかくとしても、アロガエンス王国は、確実に滅びます」

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