極道と人造勇者

「今日も、いい天気だなっ」


ポアブネイ村に住む青年、ルジカは、この村のことが大好きだった。


何がある訳でもない、ただの普通の村。


おそらく、この国のどこででも見られるであろう、ありふれた景色。


お金がなく、貧しいため、石材を調達することが出来ず、近くの山中で、木々を伐採して建てられた、木造の家々。


昔から村の伝統で、ご近所付き合いがしやすいようにと、家と家の間も、それほど遠くなく、まとまっている。お陰で、村の人達はみな、とても仲が良い。


母親は、少々口うるさく、調子のいいところもあったが、それでもお互いに、深い愛情でつながっていることに、疑いはない。


「晴れた日は、遠くまで、ハッキリ見える」


この村が見せる、時折々の様々な顔。朝焼け、夕焼け、日中に、夜の闇。春には花が咲き、夏には緑が生い茂り、秋には収穫、そして、冬には雪が降る。


そのどれもが、ルジカにとっては、大好きな景色。


ルジカにとっては、この村が、世界のすべてだったし、それで、十分に満足もしていた。


-


そんなルジカが、珍しく、遠くまで出掛けた時のこと。


 ――たまには、村とは違った景色を見るのも、悪くないかもしれない


ただ、それぐらいの、軽い気持ちだった。


自分の村では見ることがない、石造りの建物を見つけ、誰も人がいないのをいいことに、興味津々で、中を探索しはじめるルジカ。


そして、運悪く、地下道へと通じる通路を見つけ、鉄扉てっぴの前までやって来てしまった。


扉の鍵穴から、中を覗くと、机に座る白衣を着た老人と、良くは見えなかったが、もう一人、男の姿が。


「……ゾンビ……薬……」

「……ドラッグ……」


微かに、そんな言葉だけが聞き取れた。


この建物の持ち主に、見つかったらマズいと思い、慌てて、その場を逃げだしたルジカ。


しかし、急いで逃げるルジカの足音で、逆に、部屋の中に居る人間に、存在を気づかれてしまう。


「誰かいやがんなっ!! 」


ルジカは全力で走ったが、扉を開けて、部屋の中から出て来た男が走る速さは尋常ではなく、すぐに背後まで追いつかれる。自分が着ている服の襟元に、手をかける男。


次の瞬間、ルジカは、自分の背中から、体の中に、何か冷たいモノが、入って来るのを感じていた。


-


次に、目を覚ました時、ルジカは、自分の体を動かすことが出来なかった。


 ――手足を縛られているのかもしれない


ルジカはそう思ったが、手足の感覚すら、まるでない。


 ――体の感覚が麻痺しているのか


部屋の中では、やはり、自分を刺した男と、白衣の老人が、二人で何かを話している。


液体が入った小瓶を手にして、見つめているのは、自分を刺した男。


「これが、ゾンビになる薬か……」


「まだ、試作品だ」


そこで、激しい眠気に襲われて、また再び、意識を無くすルジカ。


そんなことが、度々あった。



何度目かに、ルジカが目を覚ました時、手足には感覚が、はっきりとあった。


何やら、体を拘束具で縛られていたが、ちょっと、力を入れたら、壊れて、体が自由になる。


 ――随分、脆い拘束具なんだな


その時は、それぐらいにしか、考えていなかった。



部屋の壁に掛けられている松明たいまつ。その明かりで、部屋の片隅に置かれている机、その椅子に、白衣の老人が座っているのが分かった。


「あのぉっ……」


ルジカが、何度呼び掛けても、一向に返事がない。


 ――机に、突っ伏していることだし、寝ているのだろうか?


白衣の老人に、近寄るルジカ。


寝ている老人を起こそうと思い、体に触れたところで、ようやく気づく。


「しっ、死んでる……」


机の上には、見たことがあるような小瓶が、転がっていた。その横にも、液体入りの小瓶が、もう一本。


 ――服毒自殺、なのか? これは


-


怖くなって、その場から一目散に逃げ出したルジカ。暗かったため、壁や扉に体をぶつけて、そちこちを破壊しまくっていたが、そんなことにすら、本人は気づいていない。


そのまま、真っ直ぐ、村へ、自分の家に帰ったルジカだったが。


「かあさん、ただいま」


「ひぃぃぃっ!」


家の前で、母である老婆リマイマと、再会を果たしたが、母は、自分を見て、血相を変えていた。


「どうしたんだい? かあさん」


「なんだいっ! この化物はっ!」


「化物だなんて、随分と、酷いじゃないか」

「寝ぼけてるのかい?」


「なんなんだいっ! お前はっ!」


「俺だよ、俺、ルジカに決まってるじゃないか」

「自分の息子を忘れちまったのかい?」


「あんたみたいなのが、あたしの大事な息子の訳がないじゃないかっ!」


「なんで、俺のことが分からないんだよ、かあさん」


「あの子が、この村を出て行ってから、もう半年……あの子は、きっと、この退屈な村が嫌で、あたしを置いて、出て行っちまったんだ」


「そんなに、悲しんでるあたしを馬鹿にして、楽しいのかいっ!?」


「もう、半年も経っているのか……」


予想外に月日が経過していることに、愕然とするルジカ。


「いいからっ、あたしの前から、いや、この村から、とっとと、出て行っておくれっ!!」


母リマイマは、そばにあったくわを手にし、振り回しはじめた。



リマイマの大声を聞きつけた村人達も、武器となる刃物を手に、集まって来る。


「なっ、なんだっ、この怪物はっ……」


「このっ、化物めっ!」


村人達もまた、ルジカに向かって、手にする刃物を振り回しはじめる。割と本気で、殺意も高めに。


こうなってしまっては、ルジカも一旦退却、この場から、逃げ出すしかない。



 ――どうしてなんだっ!? なんでなんだっ!?


 みんな一体どうしたんだっ!?

 どうにかなっちまったんじゃあないのかっ!?


村から逃げ出し、闇雲に山中を走り回ったルジカ。ふと気づくと、そばには川が流れていた。


 ――水でも飲んで、落ち着こう


ルジカが、川に近づくと、水面には、見たこともないような異形の化物が映っている。


それから、しばらくして、ようやく気づく。


「……こっ、これが、俺なのかっ?」


ルジカは、川の水面に映る、自分の姿を見て、愕然とした。


研究室で、勝手に改造され、人造勇者と呼称される、人造人間の脳パーツにされてしまったルジカ。


どうにかなってしまったのは、自分の方だったのだ。



それからというもの、ルジカは、母親を、村の人達を、何度も説得しようと試みたが、一向に聞く耳を持ってはもらえない。まるで、信じてはもらえない。


毎度、殺意高めに、武器代わりの刃物を振り回されて、逃げ戻るのが、関の山。


そこで、仕方なく、山中に身を潜めて、遠くから村を見守っている、というのが今の状況だ。


-


「ちょっと、待ってください」


ルジカの話を、一通り聞いて、疑問を感じたマサ。


「あなたが、研究室から逃げ出した時、その白衣の男は、机のところで、死んでいたんですよね?」


石動達が、研究室を調べた時、机には、博士の死体などはなかった。


「俺らが行った時には、そんな小瓶も、なかったしなあ」


人狼であると、すでに正体を明かし、フードを取っているジトウ。


「誰かが、死体を運んじまったとか? 」


「そうですね、もう一人の男が、博士の死体と一緒に、小瓶を持ち去ったのかもしれません……」


眼鏡を指で押すマサ。


「しかし、マズイですね……」


「その小瓶の液体が、もし本当に、人間をアンデット化させる薬だったとして……」


「誰かが、使おうとしているのか、もうすでに、使ってしまっているのか……」


「このまま、放っておくという訳にも、いかないでしょうね」


そこで、石動がようやく口を開く。


「またっ、随分と、面倒なことに巻き込まれちまったなっ」



とりあえず、手掛かりを探すためにも、再度、研究室に戻るしないと判断するマサ。


だが、ルジカは、一緒に、研究室に行くことに、難色を示した。


「いや、俺は、村から離れたくない……」


「そう言うなよっ、いいじゃねえか、このまま、俺達と一緒に行こうぜっ」


人間以外の種族ということで、親近感を覚えているジトウ。本当は、人造人間も、人間には違いないはずなのだが。


「酷かもしれないが、正直なところ、村の人間が、お前さんを受け入れるってえのは、かなり厳しいと思うぜ」


「何もしていないのに、見た目だけで、そんな迫害を受けるようじゃな……せめて、話を聞いてくれるぐらいしてもよさそうなもんだろ」


「だから、この仕事が終わったら、俺達と一緒に、ダークエルフの森ってところに行こうやっ」


「そこじゃ、どんな種族でも、差別なんかされないで、暮らしてるらしいからよ」


「ねえ? 旦那」


「あぁっ、まぁっ、狼男に、フランケンシュタインとくれば、あとは、吸血鬼とミイラ男が必要だなっ」


意外と、古い恐怖映画が好きだった石動。


「いや、しかし……」


人造人間のルジカは、まだ、故郷への未練が、断ち切れない。


-


ゾンビの群れが、徘徊を繰り返している、ポアブネイの村。


すでに、村の半数近くの者達が、ゾンビと化してしまっていたが、まだ生き残っている者達も、少なくはない。


そうした、逃げ遅れた村の人々は、家屋の中に閉じこもって、じっと息を潜め、ただひたすらに救援を待っていた。


この村の若者、アルバオも、そうした生き残りの一人だ。


 ――おかしい

 もう一日以上は、経っている……


 村の外に逃げ出した者達は、おそらく、この近くにある軍の駐屯地に、助けを求めに行ったはず……


 ……だが、一向に、救援が来そうな気配すらない


そこで、アルバオは、賭けに出る。


 ――幸い、ゾンビの動きは、思っていたよりも速くはない


 俺の足なら、こいつ等に、追いつかれずに、村の外まで、出られるかもしれない……


 もちろん、走路の先に、ゾンビが待ち構えていたら、アウトだが……ルート選択は、運次第にならざるを得ない



一緒に隠れていた、友達のヒュマトウに、その策を持ち掛けると、ヒュマトウは、二つ返事で、その話に乗って来た。


「よしっ、行くぞ」


ちょうど、ゾンビの徘徊が、来ないタイミングを見計らって、二人は村からの脱出を試みる。


顔を見合わせ、頷くと、外に出て、全力で、村を駆け抜けるアルバオとヒュマトウ。


生きた二人の人間、それに気付いたゾンビ達は、彼等の後を追いはじめる。


村中のゾンビが、追って来ているのではないかと思うほどの数、後ろを振り返ると、その圧迫感が、ただならない。



その恐怖に負けたヒュマトウは、横を並走する、アルバオの走路に足を出し、引っ掛けた。


「ヒュマトウッ!!」


転んで、その場に倒れるアルバオ。


「すまねえっ、アルバオ」


仲が良かった村の友人は、極限の状態に置かれ、自身が生き残るために、仲間を裏切った。


「俺は、こんなところで、死にたくねえんだっ」


アルバオを置き去りにし、一人先へと進んだヒュマトウ。


だが、家の角を曲がると、その陰には、ゾンビの群れが溜まっていた。


ルート選択を失敗したヒュマトウは、そのままゾンビの餌食となる。



転んで倒れたアルバオは、ゾンビに掴まれる、すんでのところで立ち上がり、再び走りはじめる。


ゾンビに襲われているヒュマトウを横目に、別の道、ルートを選択するアオバル。結果として、ヒュマトウが、危険なルートを事前に知らせる役割を果たしくれたことになる。


心臓が破裂しそうなぐらいに、全力疾走で走り続けたアオバル。


村の外れまで来たところで、村の外に待機してる、大勢の兵士達の姿を確認する。


 ――なんだ、もう、こんなところまで、助けは来ていたのか


「たっ、助かった……」


心の中で、安堵するアルバオ。


 ――これで、取り残された者達も助かる


村の境界線を出るか否か、その瞬間に、アルバオは、待ち構えていた兵の剣で、袈裟斬りにされた。


「どっ、どうしてっ……」


安堵から一転、絶望に打ちひしがれるアルバオは、血を噴き出して、その場に倒れる。


-


「この男のしかばねは、すぐに焼却しろっ」


兵達の指揮官が、そう叫んで、指示をする。


すでに、駐屯地の兵達は、総勢で、村の外周を取り囲んでいた。


「この村から出て来た者は、一人残らず、生かしておく訳にはいかん、見つけ次第、即刻、切り捨てよ」


「すぐに、焼却することも忘れずにな」


村の中に居る者達が、外に逃げ出さないように、包囲して、完全に封鎖する。


それは、つまり、救援ではなく、完全隔離に、全総力を注ぎ込んでいるということ。


先に、村から外に逃げ出した者達もまた、すべて捕らえられ、切り捨てられて、その死体を焼却されていた。これも、感染の疑いが有るということだろう。


普段はやる気のない、外地の兵士達も、今回ばかりは、緊張感がまるで違う。


「もうこれ以上、一刻の猶予もならん」


そして、指揮官は、再び指示を出す。


「村に火を放つ、準備を急がせろっ!」

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