8-1.極道とアンデッド

極道とマッドな研究所

カツカツカツカツ……


薄明りの中に響く足音。地下道を歩く三人の影。


先頭を歩く、人狼のジトウが、松明たいまつを手にしてはいたが、それでも、火の灯りが届く範囲しか、先がどうなっているかは分からない、暗闇、視界不良。


「竜人族からは、ここも、収容所だと聞いていたんですが、どうも、ここは、ガセネタだったようですね」


「まぁっ、それにしても、随分と、薄気味悪いところだなっ」


「こんな、薄気味悪いところ、とっとと、出ましょうぜっ」

「誰か、生きてる奴が、居そうな気配もねえようだし」


「なに言ってやがるっ、ここはっ、夜目も嗅覚も利く、あんちゃんの活躍どころだろうがっ」


「いや、旦那、なまじっか嗅覚が利くんで、余計にタチが悪いってもんだ」


「こっから先は、もう変なニオイしかしねえ、血のニオイも混ざってやがるし」



地下道の先にある、鉄扉てっぴをマサが開けると、そこは、山のように死体が積まれた部屋。


「ああっ、やっぱりか……」


しかも、単なる死体ではなく、様々な種族の者達が解剖された後の姿、パーツが、室内に散乱している。


「切り裂くっていう、俺の攻撃方法的に、内臓とか、グロいのは見慣れてんだけどなあ、それでも、ここはヤベエ、胸クソ悪いぜ」


手にした松明をかざし、部屋を見回すマサ。


「……誰かの研究室、ですかね」


部屋にある設備や器具、遺体から、マサは推察をはじめる。


「腐敗処理はされているようですが、それでも、やはり、強烈なニオイがしますね」


「廃棄された研究室、ですか……」



「おうっ、これ」


やはり、周囲を見回していた石動が、何かを発見する。


「これは……」


部屋の片隅、誰もいない机の上に置かれていたのは、スラムジャネイロで、ばら撒かれていた、ドラッグと同じ形状の錠剤が、多数。


「ここが、あの悪魔の言っていた、マッドな研究者の、研究室ということでしょうか」



やがて、部屋に残されている、研究記録や資料を、手に取って、マサは読み漁りはじめる。


「よく、こんな所で、そんなもん、読むのに集中出来ますよね」


「まあなっ、マサも、マッドサイエンティスト気質があるからなっ」


そんな言葉も耳に入らないほど、集中していたマサだったが、しばらくすると、驚きながら声を発する。


「すごいな……」


「ここで研究していた男は、本当に、天才なんでしょうね」


「やれ、魔法だ、錬金術だと言っている、この世界で、ちゃんとサイエンスをしています……まぁっ、ところどころ、やはり、謎パワーが使われていますけど」


「……うーん」


それから、唸り声を上げる。


「……ただ、同時に、正真正銘のマッドサイエンティストだったみたいですね、残念ながら」


資料に目を通すマサは、思わず口に出す。


「もし、これが完成していて、ここに書いてあることが、実行されてしまっていたら……この大陸は滅ぶかもしれません」


-


マッドサイエンティストの研究室を後にした三人は、竜人族の提供情報を元に、次の収容所へと向かったが。


「おうっ、悪いなっ、ちょっと、トイレだっ」


近くの山中に、石動が、用を足しに行った時だった。


「この野郎っ! まだこの辺をウロチョロしてんのかいっ!」


石動が振り返ると、そこには、くわを振りかざした老婆の姿。


「おいおいっ、いきなりっ、なんだよっ、ばあさんっ」


いきなり怒鳴られ、訳が分からない石動に、老婆は、問答無用で鍬を振り下ろす。


「あたしの大事な息子、ルジカの名前をかたって、この辺をウロチョロしやがってっ! 一体、どういう了見だいっ!」


老婆の鍬をかわすのは、造作もないことだが、どうにも、状況がよく分からない。


「おいっ、ちょっと、待って、人違いだろっ」


「そんな訳あるかいっ! あんたみたいな大男、この辺に、そんな何人も居てたまるかいっ!」


老婆のおでこを、手で軽く押さえる石動。それだけで、老婆の動きは止まるが、やかましい口は、一向に止まる気配がない。


「そんな服着て、変装したって、無駄だよっ!」


そうこうしている内に、すきなた、包丁、思い思いの武器を手にした村人達が、大勢押し寄せて来る。


「ちょっ、お前等っ、いい加減にしろっ!!」


珍しく大声を出して、一喝いっかつする石動。


-


「いやあっ、本当にすまなかったねえ」


「もうあたしもいい歳だし、目が悪くなったのかねえ」


口で言うほど、反省の色を見せず、態度を豹変させている老婆・リマイマ。


「昨晩、村の娘、ドミリが死んでしまったばかりで、みんな、少し、ピリピリしておったんじゃよ」


この村の村長が、そう弁明し、謝罪する。


騒ぎを聞き、駆けつけた、マサの説明により、とりあえず、事態は収束していた。


他の人間に正体を知られてはマズい、人狼のジトウは、ローブのフードを深く被り、顔にマフラーを巻く、重装備で臨んでいる。


「まさか、あんたが、勇者様だったとはねえっ」

「やっぱり、勇者ってえのは、たくましい体してんだなっ」


石動は、自らを勇者と公言するのを好まないが、こういう時に、誤解を解くのに、勇者という肩書きが、非常に重宝するのは間違いない。


村人達は、真近で見る勇者に、感心しきり。



ここは、アロガエンス王国の外地にあるポアブネイ村。先ほど、石動が、用を足そうとしていた山中とは、目と鼻の先にある。


「いやあっ、最近、この辺に、あたしの息子、ルジカの名を騙る、不審者が出没していてねえ」


「ちょうど、あんたぐらいの、大きな体をしているんだよ」


それなりに、言い訳をする老婆リマイマであったが。


「そうだっ!」


「ちょうどいいから、あんた達、そいつを、退治して来てくれないかい?」


老婆は、初対面の人間に、随分と、厚かましいことを、言い出した。


「いやっ、ちょうどいいの意味が、よく分からねえなっ」


「旦那、そりゃ、勇者と言えば、人助けとか、魔物退治とか、そういうのを、期待するってもんですぜ」


-


「いやあっ、まさか、マサさんが、やると言い出すとは思いませんでしたよ」


結局、老婆の頼みを受けることになった一行。それを言い出したのは、マサだった。


「まぁっ、あの村の場所が、場所だけに、ちょっと、気になりましてね」


研究室で見た資料と、何か関係があるのではないか、マサはそう勘繰っていた。


「どうせっ、あのババアが、デカいゴブリンとかオークを、見間違えたんだろうよっ」


「まったくっ、あのババア、調子乗ってやがんなっ」



目撃情報があった、山中を歩き回り、探索する一行。


しばらくすると、人狼のジトウも、ただならぬ気配を感じはじめる。


「妙だな、あの研究室で嗅いだニオイと、同じようなニオイがしやがる」


「そのニオイを、追ってみてください」


自らの勘が正しかったと確信するマサ。


「おうっ、ちょっと、探検隊みたいで、面白くなってきやがったなっ」


人狼のジトウは、四つ足になって、ニオイの先を追って行く。


「まぁっ、あいつは相変わらず、警察犬みてえだがっ」



ジトウの嗅覚で、ニオイを追い続けた先に、ようやく、大きな人影を見つける。


「おうっ、本当に居やがったなっ」


だが、こちらに気づくと、その人影は逃げ出した。


ここで、ようやく本気になった石動は、跳躍して木につかまり、木渡りをはじめる。


「旦那、すげえなっ、まるで猿みたいだ」


「まぁっ、見た目的には、ゴリラに近いんですがね」



「おうっ、待ちやがれっ」


先回りして、人影の前に立つ石動。


「ひいぃぃぃっ」


巨漢だと言われる割には、臆病な大男。体を縮めて怯えている。


そこに、ようやく、追い着いたマサとジトウ。


「ああっ、やっぱりですか」


「……人間、なんですかいっ?」


そこに居たのは、全身ツギハギだらけの、腰布一枚で、ほぼ全裸の大男。肌の色も、赤、青、緑など、バラバラのツギハギ。ただ、総じて、全身に青みがかかっている。



「まぁっ、確かに、背も、ガタイも、ほぼ、俺と同じぐらいだな」


石動と対峙する大男、背格好だけであれば、瓜二つ。


「若頭、この人、何に見えますかね?」


そこで、マサはあえて聞く。


「おうっ、なにって、そりゃ、フランケンシュタインかなんかじゃねえかっ?」


「ああっ、まぁっ、確かに、我々の世界だと、それもありますね」


「マサさん、ゴリラって、言いたいだけなんじゃあないでしょうね?」


「いえいえ、さすがにそんな」


「この人はですね、『人造勇者』です……あの研究室の資料にあった」



「あの研究室のマッドサイエンティストが、様々な種族の体のパーツを寄せ集めて造った、いわば人造人間……資料には『人造勇者』と書いてありましたが」


「おいっ、それ、フランケンシュタインで当たってねえかっ?」


「体のパーツが、死んだ者から移植したとは限らないですからね、生きてる奴のを移植したのかもしれまんよ」


妙なところで、こだわりを見せるマサ。しかも、より残酷な方向性で。


「資料では、竜人族の羽根も付けるとあったんですが、見当たりませんね、予算が足りなかったんでしょうか」


ブラックジョークまで、言いはじめる。


「脳は、脳死していない、死にかけの人間から移植するとありましたし、なかなか、鬼畜の所業ですよ」


「まさか、本当に、造ってたんですね」



「こいつが、お前の言っていた、この世界を滅ぼすかもしれねえ研究ってやつか?」


「とてもっ、そんな風には見えねえけどなっ」


大きな体を小さくして、まだ、怯えている人造勇者。


「まぁっ、こいつの、この反応から見て、多分、豆腐メンタルだなっ、こりゃあっ」


「いえ、それはもう一つの、薬の方です……いや、ウィルス、そう言っても、いいかもしれません」


-


その頃、ポアブネイ村では、葬儀が執り行われていた。


昨晩、村に住む娘、ドミリが、高熱を出して、苦しんだ後、急逝したためだ。


高熱の原因は、よく分からないまま。


こんな外れの村に、ヒーラーなどが居るはずもないし、もちろん、医者などはいない。呼んで来るとしても、町までは何日もかかるし、お金があるはずはない。


村の者達が、どうしようかと思案している内に、あっという間にドミリは、息をしなくなった。


ドミリには、身寄りがなかったし、せめて村の者達で、丁重に葬ってやろう、そんな話をしていたのだ。



荷車の後ろに載せられている、動かなくなったドミリの亡骸。血が通わなくなった、青い顔をしている。


村の男達が、荷車を交替で引き、その後ろには、彼女を追悼する、村人達の葬列。


村の共同墓地には、すでに別組の男達が、スコップを手に、待っていた。彼等の足元には、土を深く掘ってつくられた、墓穴がある。


ドミリの亡骸を、丁寧に墓穴へと降ろす村人達。



祈りを捧げ、土をかけて、埋めようとした時だった。


動かなくなったはずのしかばねが、跳躍して、男の一人の首筋に嚙みついた。


青い顔のまま、墓場から甦った女。


「うわあぁぁぁぁぁっ」


頸動脈を嚙み切られた男の首からは、血が噴き出す。


「ゾンビだっ! ゾンビが出やがったっ!」


その場に居た村人達は、一斉に走って、逃げ出した。



この大陸の人間領で、ゾンビのたぐいは、もう何十年も確認されていない。


だが、魔王領には未だ多数存在しており、マッドなサイエンティストは、それを研究し、人間をゾンビ化させる薬をつくり上げた。


クレイジーデーモンの指示で、ドラッグの開発を行ったのも、魔王領から、その検体を得るためだ。



普通のゾンビとの大きな違いは、人間の肉を喰う訳ではなく、ゾンビの体内に存在するアンデッド化ウィルスを増殖させるためだけに、人間を襲う。


空気感染も、接触感染もしないが、血液感染によってのみ、人間に伝染する。ただ、傷口などからは、一発で感染、間違いなく発症する。


発症までの時間には、個人差があり、すぐに発症する者もいれば、半日から一日経過して発症する者もいる、ドミリのように。


マッドサイエンティストは、何十年振りかで、人間領にゾンビを復活させたのだ、自らの復讐のために。


かって、ドミリだった者に噛みつかれた村人も、アンデッドと化して、逃げ出した村人達を襲いはじめる。

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