6.極道と娯楽と依存症

極道とドワーフ

「ちょっとぉ、勇ちゃん、

トランプ、強過つよすぎんよぉっ」


ドワーフの工房長、ムサシはそう言って、テブールの上に突っ伏した。


石動は、自らを『勇者』と名乗ることを好まないが、周りの者達からは、分かりやすく、『勇ちゃん』もしくは『勇さん』と呼ばれている。


同じテーブルで一緒に遊んでいたドワーフの徒弟達、ベンケイとバクウも、親方同様に、浮かぬ顔でため息をつく。



この世界には、存在していないトランプだが、マサはその試作品を、ムサシに依頼して、作ってもらっていた。


試作品が出来てからは、連日ドワーフの工房で、みんなして賭け事三昧ざんまいという訳だ。


「馬鹿野郎っ、賭け事で、俺に勝とうなんて、百年早えんだよっ」


ムサシの向かいに座るのは、ドヤ顔の石動だ。


「トランプだけじゃねえ、お前等、チンチロリンでも、丁半博打でも、全部、俺に負けてんじゃねえかっ」


テーブルの上には、同様に、サイコロの試作品もある。



「あらっ、やだっ、あんた達、ホントッ、弱いわねえ」

「賭け事、向いてないんじゃないのっ?」


他のテーブルでは、アイゼンやサブが、やはりドワーフ工房の徒弟達を相手に、賭けトランプをしている。


「どやっ、イカサマの天才と呼ばれたワイにかかれば、こんなもんやっ」


最初は、この世界の数字が覚えられず、四苦八苦していたサブも、今ではすっかり馴染んでいた。


「なんなんすかっ!」

「イカサマしてんじゃないっすかっ!」


ただ、サブのテーブルは、ちょっと揉めていた。



「なんか、あっちで、揉めてやがんなっ」


「まぁ、ギャンブルのトラブルは、金のトラブルに直結しますからね」


一人、叡智のノートパソコンで、何やらやっているマサ。ダークエルフの森という、仮の拠点が出来たことで、マサの計画は、新たな局面へと移行しつつあった。


「金のためなら、平気で人を殺すような連中も多いですし」

「日本をはじめとする国々が、賭博とばくを規制したいってのも、まぁ、分からなくはないですよっ」


「金がある奴は、ギャンブルで全財産を失って、無一文になり……金が無い奴は、借金をしてまでギャンブルをして、さらに金を失う……」


「まぁ、ご覧のように、勤労意欲も削がれてますし」


実際、ドワーフ達は、ギャンブルに夢中になり過ぎて、ここ数日、職人としての仕事をしていない。


「まぁ、その辺も、ギャンブルの怖えーとこだなっ」

「いわゆる、依存症ってやつかっ」


-


「お前等、随分と、負けが込んで来てんなっ」

「借金、相当、たまってんぞっ」


いいようにカモにされ、オケラどころか、借金までつくってしまったドワーフ工房の一同は、すっかり意気消沈している。


「借金は、ちゃんと、働いて返してもらうからなっ」


「あぁっ、分かってるってっ」


ドワーフ工房長の、やる気がない返事。


「で、次は一体、何を作りゃあいいんだい?」


「今回は簡単ですよっ……」


それに対して、マサの声は明るい。


「このトランプと、サイコロを大量生産してもらいます」


「もしかして、これ、売る気なのかっ?」

「いやっ、そもそもこれっ、売れるのかいっ?」


「馬鹿野郎っ、なに言ってやがる」

「お前等が、こんだけ夢中になって、借金つくりまくってんのが、何よりの証拠じゃねえかっ」


「確かに、遊び方は広めて行く必要がありますが……そこは、森で暇してる連中に、営業とサクラでも、やらせるとしましょう」


「いや、みんな、今日を食うにも困ってる連中ばかりだからよ、そんな玩具おもちゃに金出す奴なんかいんのかな、と思ってな」


ドワーフのムサシが言うように、この世界の者達は、実際、そんな室内遊具なぞに、お金を出せるような暮らしぶりではない。


「あらっ、楽しみがないからこそ、こういう手軽な遊びが受けるんじゃないのっ?」


「せやなあ、大流行するかもしれんなあ」


人類史を見ても、時代を越えて、これだけ世界中で流行った遊具は、他には存在しない。マサは、成功を確信していた。


流行はやったら、流行ったで、パクられまくって、そちこちに類似品が出まくるでしょうが……著作権なんて、どこ吹く風、って世界ですからね、ここは」


「それでも、流行ってくれるなら、それでいいんですよ」


「我々の目的は、トランプを商品として、売ることよりも、賭場とばを開いて、ボロ儲けすることですから」


「この世界では、賭博は違法ではないですからね」

「まぁ、やりたい放題ですよ」


アイゼンは頷く。


「そもそも、まともな法律があるのかどうかすら、あやしいわよね、この世界」


魔女狩りに捕まった時に、裁判ひとつなかった経験がそう言わせるのだ。



「しかしよっ、このトランプを大量生産すんのには、さすがに、この工房の人数じゃ、手が足んねえわっ」


ドワーフの言うことももっともで、マサは、叡智のノートパソコンで用意していたプランを見せる。


「それに関してですが、むしろ、あなた達には、生産ラインをつくってもらいます」


「紙の精製方法、型抜き、印刷などなど、各製造工程のフローを、出来るだけ簡単かつ効率的に確立して、マニュアル化してください」


「技術が要らない、誰でも出来る仕事は、ダークエルフの森で、暇してる連中にやらせますから」


「働かざる者、食うべからず、そういうことです」


マサは、流浪の者達に、新しい住処すみかと食事を提供したが、逆にそれは、労働力を確保したということにもなる。ただ、元々が極道なので、ブラック企業にならないとも限らないが。



「あと、一つ、懸念事項があるんですが……」


「おそらく、この世界の貧困層は、ロクに教育を受けていないでしょうから、数字が計算出来ない可能性があります……ですので、足し算、引き算を使う遊び方には、抵抗があるかもしれません」


「でもっ、サブですら、出来るんだからっ、それぐらい出来るんじゃあないのっ?」


「せやなあ、さすがにワイでも、それぐらいの計算は出来るで」


そこで、この世界の住人であるドワーフに意見を求めてみる。


「まぁ、確かに、読み書きや計算が出来ない奴等は沢山いるな、実際」

「でも、これぐらいなら、すぐに覚えるんじゃねえのか」

「計算要らない遊び方も、多いみたいだしな」


「俺は、この工房に来てから、親方に教えてもらったクチだな、計算はっ」

「あぁっ、俺もだなっ」


「はえっー、随分、社員教育がしっかりしてるんやな、この職場は」



「まぁ、いずれにしても、賭場に呼ぶ客は、富裕層が望ましいですね」

「貧乏人から、金を巻き上げても、たかが知れてますし」


「おうっ、いいじゃねえかっ」

「貴族や商人、そんな富裕層どもが、貧乏人から搾り取った金を、俺達が巻き上げるっ」

「そりゃ、痛快だなっ」


石動の言葉に、反応するアイゼン。


「あらっ、ちょっと、義賊みたいでカッコイイわね」

「それが、ここで働く元難民の人達に、還元されるってことでしょっ?」

「あっ、そうだわっ、収入が無くて困ってる人達も、働きに来られる工場みたいにしたら、いいいんじゃないかしらっ」


「馬鹿野郎っ、俺達は極道だっ、そんな、いいもんじゃねえ」


石動は、自分達の行動を綺麗事にすることを、極端に嫌がる。


「はぁーいっ、そういうことにしておいてあげるわっ」


石動の反応とは裏腹に、アイゼンの案は採用され、将来的には、拡大された工場に、職を求めた大勢の者達が集まって来るようになる。


-


「で、賭場とばは、どこで開く気だっ?」


「そこなんですが……さすがに僻地へきち過ぎて、ダークエルフの森という訳にはいかないでしょうね」


「ならっ、人が集まって来る、どこかの都市、ということになるわねっ」


そこで、石動は閃いた。


「じゃあっ、マジアリエンナだなっ」


「あらっ、やだっ、宗教都市で、ギャンブルするのっ?」

「でも、ちょっと、淫靡いんびでいいかもしれないわねっ」


「あそこはっ、ワイ好みの別嬪べっぴんさんが、多かったからなあっ」


「まぁ、確かに、アリですかね……」

「あそこでは、勇者と『奇跡のヒーラー』は、盛大に名前を売り出しましたし」

「富裕層を、呼び込みやすいかもしれません」


「あらっ、やだっ、『奇跡のヒーラー』だなんてっ、マサも分かってるじゃないのっ」


「巡礼の名目があれば、他の都市からも人が集まりやすいでしょうし」


「でもっ、巡礼した後、ギャンブルして帰るとか、人としては、ちょっと、どうかとは思うわねっ」


「ただ……また、教会と、ひと悶着もんちゃくあるかもしれませんが」


宗教都市で、賭博、ギャンブルを布教などすれば、今度こそ、邪教徒扱いされても不思議ではない。ただ、すでに石動は『神の使い』を宣言しているので、それがどちらに転ぶのかは、さすがにマサにも読めない。


「まぁ、ひと悶着は、どこに行っても、いつものことだからなっ」


それでも、ここに転生させられて来たばかりの時を思えば、みんなと一緒に居て、遥かに状況は良くなって来ているはず。


「でもっ、あたし達が、シノギをするなんて、久しぶりじゃないっ」

「まさかっ、こんな日がまた来るなんてっ、思ってもいなかったわっ」


アイゼンのように、この世界での、これから先に、希望を持つ者もいる。


「せやなあ、ワイも、なんだかワクワクしてるわっ」


-


「そういやっ、お前等は、この世界で、娯楽と言えば、何を思いつくんだっ?」


石動は、参考までにと、ドワーフのムサシに聞いてみた。


「まぁ、金のねえ貧乏人は、娯楽どころじゃねえからなっ」


「富裕層の間では、闘技場コロッセオとかで、闘技会を見るのがすげえ流行ってて、すげえ熱狂してるって話なら、聞いたことがあるな」


「ほおっ、闘技会ねえっ」


石動の目がキラリと光る。


早速、闘技会について、叡智のノートパソコンで調べるマサ。


「格闘技系の興行みたいですね……」


「相手が死ぬまで、殺し合う、死闘だとか……そこが観客の熱狂ポイントだ、とも書いてあります」


「まるで観光地のガイドマップみたいな紹介やな」


「ほおっ、なんだかっ、面白そうじゃねえかっ」


何故だか、目を輝かせている石動。


「こりゃっ、いっぺん、競合にあたるライバルを、敵情視察に行かねえといけねえなあっ」


「おっ、そうだなっ」

「工房長よぉっ、俺に覆面、作ってくんねえかなっ?」


その一言で、付き合いの長い一同は、みな察した。


三人は集まって、小声でヒソヒソ話す。


「やだっ、あれって、試合に乱入する気満々なんじゃないのっ?どうするのっ?」


「せやなあ、あの目の輝き具合からして、もう止められんろうしなぁっ」


「まぁ、とりあえず、ここは好きにさせておきましょうっ」

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