極道の女と暗殺者のケジメ
「あたしの首を
石動の前に立ったストヤは、突然、そう言い出した。
みんなで食事をしていた石動は、飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「とりあえず、お前達とは、安全保障条約とやらで、同盟を結ぶことになったのだ」
「この先、共に戦うことになるというのに、お前達の仲間を殺したあたしがいたら、
「それが、いずれ疑心暗鬼や、不協和音の原因となるかもしれん」
「そうならないように、今ここで、あたしを殺せっ」
――こいつ、何も分かってねえなっ
河原で、石動がした話、その真意を、ストヤは何も理解していなかった。
「こちとら、ついこの間、女を見送ったばかりなんだっ」
「そんな頻繁に、女の死に様ばかり、見せつけられる訳にはいかねえんだよっ」
しかし、石動の言葉にも、まったく耳を貸そうとしないストヤ。
「そうはいかないっ、
これは、あたしのケジメだっ」
「ケジメかっ、随分と、懐かしく感じちまうなっ」
「こんなクソみたいな世界で、ケジメなんて言葉が聞けるとは、思ってもみなかったぜっ」
そして、何の前触れもなく、石動は言った。
「おうっ、気に入ったぜっ」
「お前、俺の女になれっ」
「なっ、なっ、何を言うのだっ!? 貴様っ!!」
顔を真っ赤にして、
「あたしを、からかっているのかっ!?」
「こちらは、真面目に、話をしているんだぞっ!」
「そっ、そうかっ、ひと思いには殺さず、あたしを、性的な奴隷にして、
「くっ、なんと言う卑劣な……」
「まるで野獣のような男だなっ、やはり、それがお前の本性なのだなっ!?」
「いやっ、別に、そういう意味じゃ、ねえんだがっ……」
「まぁ、俺の筋力は、この世界の常人の五倍らしいからなっ」
「思いっきり抱きしめちまったら、全身の骨が、粉々に砕けちまうかもしれねえなっ」
「そんなの、もうすでに、身をもって体験済みだっ!」
「喋れなくなる程、首を締め上げられたことは、忘れていないからなっ!」
「そもそも、おめえ、いくつなんだっ?」
「ダークエルフってのは、随分と長生きするって聞いたがっ」
「……」
しばし、押し黙るストヤ。
「……ひゃ、百二歳だっ」
「なんだっ、ただの、ババアじゃねえかっ」
「なっ、なにを、言うのだっ! 失礼なっ!」
「それでも、人間の年齢に換算したら、二十歳ぐらいのものなのだぞっ」
「ババアが、俺の愛人かっ、そりゃ傑作だぜっ」
-
二人の会話、というより、
「そう言えば、若頭って、物おじせずに、自分に立ち向かって、嚙みついて来るようなタイプの女子が好みよねえ」
「せやなぁ、若頭の昔の女、みんな、めっちゃ気が強いのばかりやったわっ、ようあんなんと付き合うなって、思ってたんやっ」
「まぁ、特殊性癖みたいなものじゃないですかね」
-
そして、下ネタが大好きな三老もまた、この話を聞き逃すはずがなかった。
「ちょ、ちょっと、ストヤ、こっちに来なさい」
ソリッノ、セシワ、リモモリの老人三人は、石動と話していたストヤを呼びつける。
「お前、あの男と、やっちゃいなさいっ」
「なっ、なにを、そんな
「あれだけの生命エネルギーを持つ男なんて、この世界のどこにもおらんぞ」
「バンバン、子供つくって、バンバン、子供を産むのじゃ」
「よく考えるのじゃ、あれだけの生命エネルギーを受け継いだ、我が一族の子供がいっぱい出来てみろ? 我等ダークエルフがこの大陸の覇権を取れるぞ?」
「なっ、なにを、言っているのですかっ!?」
「お前だって、常々、この世界で一番強い男しか、自分には相応しくない、などと言い続けて、未だに
「なっ、なんてことを、言うんですかっ!?」
「今ここで、そんなこと言わなくても、いいでしょうっ!」
「あやつは、間違いなく、今この世界で一番強い男じゃぞっ」
――それは、確かに、間違いない
あたし自身が、一番良く知っている
あんな重戦車を受け止め、巨大馬をなぎ倒すような男だ
あの太い腕で、あたしを締め上げた時も、まったく本気ではなかっただろう……
もし本気で抱きしめられたら、本当に全身の骨が粉々に砕けてしまうかもしれない……
「なっ、なっ、なにを、考えているのだっ、あたしはっ!」
-
「どうでもいいのですがね、そちらの会話、こちらまで、丸聞こえですよ」
内容が内容だけに、これはさすがに、忠告せざるを得ない。
「お爺ちゃん達ってば、ホントッ、最低っ!!」
「女は、子供を産む道具じゃないんですからねっ!!」
「せやなあ、ワイ、ちょっとドキドキしたわ」
「ですが、今の会話の内容ですと、もしかして、あなた達には、生命エネルギーが見えているのですか?」
「あぁ、あたし達には、生命エネルギーを感知出来る能力があるんだ……」
「だから、あたしが勇者を暗殺すると決めた時、まず、顔も知らない勇者を探すのが大変だろうと思っていたんだが……尋常じゃない生命エネルギーを感知したから、すぐに分かったよ、誰が勇者か」
「我々が、弓矢の名手と言われているのも、その能力があればこそ」
「感知した生命エネルギーをターゲットにロックして、命中率補正の魔法と連動させることで、遠距離からでも正確な射撃が可能となるのじゃ」
「視力だけに頼っていては、限界があるからのう」
「なるほど、どおりで……つまりは、ほぼ、赤外線自動追尾システムという訳ですか」
-
調子に乗った老人達は、今度は石動に話を聞きに行く。
「あのぉ、やはり性行為は、生で?」
「おうっ、そりゃそうだろうっ、決まってんじゃねえかっ」
「いやぁっ、さすがっ、勇者殿っ、実に男らしいっ」
「で、では、中で、出しますよね?」
「それもそうだろうっ、決まってんじゃねえかっ」
「いやぁっ、さすがっ、男らし過ぎて涙が出ますなぁっ」
そこで突然、ストヤが口を挟む。
「結婚は、してもらえるのかっ?」
「はぁっ? する訳ねえだろっ」
「若頭ってば、ホントッ、最低っ!!」
怒りのアイゼンの後に、再び尋ねるストヤ。
「では、子供が出来たら、どうする?」
「本当なら、堕ろせと言いたいところだが、まぁ、認知ぐらいはしてやるよっ」
「まぁ、あらかじめ、お前等に言っておくが」
「俺はヤク中夫婦の
石動は未だに、己の出自を、よく思ってはていないのだ。
-
石動が席を外すと、三老達は、再びストヤを近くに呼んだ。珍しく今度は、三人とも、真面目な顔をしている。
「少なくとも、今のお前には、新しい選択肢が出来たということじゃ」
「お前は、自分の生きる道は一つしかない、そう思って生きているのかもしれんが」
「違う生き方だって出来るし、違う人生だってある」
「男を愛して、男に愛される生き方だってあるのじゃ」
「子らを産み、子らを育てる、そういう生き方だってあるじゃろう」
「勇者殿は、そう言いたかったのではないかのう」
「なにより、長老も、ワシらも、みな、お前が良き
三老達は、みな頷く。
「……」
今度こそ、ストヤに、その真意が届いたのかどうかは、分からない。
「まぁ、せめて最後は、いい話風にまとめておかんと」
「ワシら、ただのセクハラジジイになってしまうからなぁ」
「今日はまた随分と、面白い下ネタ話が出来たのおっ」
「お爺ちゃん達ってば、ホントッ、最低っ!!」
-
数日後、ストヤを連れて出掛けたのは、マサだった。
ダークエルフ達に、この世界の最高の技術者であるドワーフを紹介してもらったマサが、工房に発注していた納品物を、受け取りに行くためだ。
「マサ殿、あたしをここに連れて来て、どうする気だ?」
「あなたは、ケジメをつけたいと、そう言いましたからね」
「あなた自身の手で、ケジメをつけさせてあげようかと思いまして」
「実は、今回の件って、まだ完全に終わってはいないんですよね」
「やられたら、徹底的にやり返す、その根本にある元凶も含めて」
「まぁ、それが、我々の流儀なので」
工房長のドワーフ、ムサシが持って来た納品物を確認するマサ。
「いやぁ、この曲面を、これだけ滑らかに再現出来るとは、さすが、この世界最高の技術工房ですね」
「いや、あんたの世界の、道具や工作機械について、いろいろ教えてもらったお陰だ」
「まぁ、その工作機械も、今のところ、すべて手動か足踏み式というのが、残念ですが」
「やはり、この世界では、燃える水や燃える石、爆発する粉やガスなど、そんな話は、聞いたことがないですか?」
「あぁ、あんたに言われて、俺もいろんな奴に聞いてみたんだが、知っている奴はいなかったな」
この世界にも、石油や石炭、火薬、可燃性ガス等々、それに類似するものがある筈だと思い、マサはずっと調べているのだが、今のところ、それらしきものの話すら聞かない。
この先、大人数の敵を相手に、少人数で戦って行くためには、数の差を埋められるだけの技術格差がある武器が必要となる。
もっと言えば、動力源、移動力、通信網、この世界で、圧倒的に優位に立つためには、それ等が必要だというのが、マサの考えだ。
「では、これを、あなたに試してもらいたいんです」
マサは、ドワーフからの納品物を、ストヤに手渡した。
「ただ、これを使って、あなた自身の手でケジメをつけるということは、今しばらく暗殺者でいなくてはならないということになりますから……」
「自分自身で、選択肢してください」
「あなたは、自由で、あなたには、無数の選択肢があるのですから」
「若頭も、それを望んでいるようですし……」
-
「大変ですぞっ!!」
会議室に、大臣達が集まっていると、巨漢のトンドル卿が慌てて、入って来る。
「なんですか、一体? これから大事な会議がはじまるところです、邪魔をしないでいただきたい」
ヤサ男のドロリー卿は、怪訝そうな顔をする。
「本当でございますなぁ、こういう品格の無い者が、政府の要職とは嘆かわしい」
ボヤルド卿も、嫌味の一つでも言っておく。
「それどころでは、ござらぬっ!」
「財務卿が暗殺されましたっ!」
その場に居る一同が、ざわつく。
「直近だけでも、もうすでに三人目ではないか」
「政府の要人ばかりを狙って来るとは……」
「みな、出世コースからは外れているが、優秀な人材ばかりだ……」
-
「いや、それにしても、すごいものだな、これは」
塔の上に立ち、二キロ先を見つめるダークエルフのストヤ。
「飛距離、スピード、威力、正確さ、どれを取っても、弓矢よりも遥かに優れているとは」
彼女が手にしているのは、スナイパーライフル。
マサが、石動の銃の構造を研究して、設計・開発を行い、ドワーフに造らせたものだ。
ダークエルフの生命エネルギー感知と、命中率補正魔法をシステムとして組み込んでいるため、ダークエルフ以外は使えないが、暗殺専用の武器なので、それ程、大量に必要となることもない。
機構は石動の銃を参考にはしているが、この世界の住人達は生命エネルギーが弱いため、魔法エネルギーと、アンチ魔法石が生み出す反発力で代替している。
「あたしに勇者を暗殺させようとした者達を、あたし自らが暗殺することで、あたしのケジメはつけさせてもらうぞ」
ストヤは、自らの命でケジメをつけるのはなく、それとは違った手段でケジメをつけることを選択したのだ。
「優秀な人材ばかりとは……」
「次は、どう考えても、私ではないですかぁ」
「あぁ、なんと、優秀な自分が恨めしい」
ストヤの目には、二キロ先の会議室で震えている、三卿達の姿が映る。
「マサ殿は、優秀そうな者からターゲットにしろと、言っていたからな」
「まぁ、あいつらは最後で良さそうだな」
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