極道とダークエルフの女
「あたしの名は、ストヤ」
「あたしが、ずっとお前の命を狙っていた、暗殺者だ」
褐色の肌、銀色の短い髪、そして赤い瞳。ダークエルフの女、ストヤは臆することなく、そう言い切った。
「なぜ、あの時、俺を助けたっ?」
「非戦闘員の女達を、無差別に人質に取ったのが、許せなかっただけだ」
「一族の者達も、あの奴隷狩りの連中にさらわれて、売り飛ばされたりもしたからな、もちろん恨みもある」
「……それに、人質に取られているもどかしさも、分からないではない……」
「なるほどなっ……」
「その割には、今、ここに居る女達にも矢を向けるんだなっ? こいつらは非戦闘員だぜっ?」
「はなから、あたしの標的は、お前だけだっ」
「他の者達に、危害を加える気はないっ」
ストヤが合図をすると、ダークエルフ達は、石動以外の者達みなを、取り囲んでいる円の外へと連れ出した。
そして、ストヤは自らの弓を引いて、矢先を石動の心臓に向ける。
「これはあたしが、為さなくてはならないことだ、他の者達は手を出すな」
そして、誰にも聞こえぬような小さな声で呟く。
「……そう、手を
この距離であれば、いくら石動の胸板に筋肉があったとしても、矢は心臓までは到達するだろう。しかし、石動は動こうとはしない。
シュッ
ストヤが
しかし、矢が石動に到達する前に、アイゼンの物理攻撃防御壁がこれを阻んだ。
「ごめんなさいねえ、あたし器用だから、離れてても、こんなことが出来るのよっ」
動揺した周囲のダークエルフ達は、石動に向けて、一斉に矢を放ったが、身を低く
あやうく、向かい合ったダークエルフ達は同士討ちになるところだったが、それを阻んだのもまた、アイゼンの防御壁だった。ダークエルフを、誰一人死なせたくないという、アイゼンの想いの現れか。
ストヤが、次の矢を構える隙に、石動は彼女の背後へと回る。
大きく太い、筋肉質の腕が、背後から、ストヤの首に絡みつく。
弓を手にしたダークエルフ達は、動揺を隠せない。
「あたしに構うなっ!
この距離なら、あたしごと、この勇者を貫けるはずだっ!!」
背後を取られてなお、それでも、ストヤは気丈にそう叫んだ。
苦悩の表情を見せつつ、弓矢を構えるダークエルフ達。
「やめなさいっ!!」
アイゼンが、叫ぶ。
「仲間に矢を向けるなんてことはっ!」
「あたしが、どうせ防御するんですからっ!」
-
「みなさん、ちょっと、いいですか?」
緊張感漂う空気を壊すため、マサはあえて調子外れな声を出した。
「我々は、対話を求めていますよ」
「まぁ、予想はしていたんですよ」
「暗殺者が、ダークエルフなのではないかというのは、まさか、女性だとは思いませんでしたがっ……」
「なんで、黙ってたのよっ!?」
「確証がないので、アイゼンには言えませんでしたよ」
マサは、勝手に話をはじめたが、石動の腕で身動きが取れないストヤには、何も出来ない。いや、顎を上に向けられているため、喋ることすら出来ない。
「若頭が、毒で倒れて寝ている時、いくら、常に女達が交替で、そばで看病しているとはいえ、暗殺者なら、その隙を狙って来ても、当然おかしくはありませんでした」
「となると、接近戦には自信が無いのか、そばに居る女達を巻き込みたくなかったのか、もしくはその両方か」
「そして、攻撃は矢のみ、一択でした」
「あの飛距離から、正確に的を射抜く弓矢の技術は、余程の名手、達人でなければ難しいでしょう……この世界で、アーチャーの代名詞は、エルフかダークエルフだそうですから」
すべては、叡智のノートパソコンで、マサが調べたこと。
「それに、あなた達ダークエルフは、二キロ先ぐらいまで、見渡せる視力があるそうじゃないですか……まぁ、キロというのは我々の世界の単位ですが」
「あらっ、やだっ、緑が目にいいって、ホントなのかしらっ」
「まぁ、すべてが符号してたんですよっ」
「ただ、何故、アイゼンを丁重にもてなしたダークエルフ達が、若頭を、いえっ、勇者を暗殺しようとしているのか? そこだけは謎のままだったので、仮説を立てるしかなかったんですが……」
「まぁ、
「あなた達は、人質を取られている」
「これまでの会話からすると、おそらくは、長老でしょうかね」
石動の腕が少し緩んだことで、ようやく言葉が出せるストヤ。
「だったら、何だと言うのだっ!?」
「まぁ、結論から申し上げますと、長老は、もうじき、帰って来ますよ」
「なっ、なんだとっ!?」
「そんな、その場逃れの出鱈目をっ!」
「あなた達は、長老がどこに居るかご存知ですか?」
「分かる訳、ないだろうっ」
「それが分かれば、すぐにでも救出に向かっている」
「ですよね……」
「まぁ、あなたが、どれぐらい、我々のチームを監視していたのかは分かりませんが、今ここに居るメンバー、何人か足りてないとは思いませんか?」
「確かに、剣の男と、すばっしこい男はいないようだが……」
「それが、一体、何の関係があるんだ?」
「あなたもご存知の、我々が居た、あの難民キャンプ……」
「あそこに、アロガエンスを脱出しようとした、脱国者として、この地域の駐屯地に捕らえられていた奴がいましてね……そいつは最近ようやく、難民キャンプまで逃げて来られたらしいのですが……」
「そいつが、高齢のダークエルフが居たと言っていたんですよ」
この場に居る、すべてのダークエルフ達がざわつく。
「いやぁ、やはり、常日頃、情報収集はしておくべきですよね」
「そこで、我々の別動隊が、難民キャンプの有志義勇兵達と一緒に、ちょうど今頃、襲撃している筈なんですよ、そこを」
「そんな話を、あたし達に、信じろというのか!?」
さすがに、そんな話をにわかに信じられるものではない。
「あなた達の誰かを、今からそこに行かせて、確認したらいいんじゃないですかね?」
「もし、我々の言うことが嘘で、長老が帰って来なかったら、その時に我々を殺せばいいんじゃないすか?」
「ただ、その場合は、多分、みな殺しにされるのは、あなた達の方だと思いますけど」
ストヤとて、それが分かっていない訳ではなかった。奴隷狩り達をみな殺しにした圧倒的な暴力を、すでに間近で目撃しているのだから。
「そうだわっ、まぁ、もし違ってても、あたし達が助けてあげるわよ、長老様をっ」
-
とりあえず、ダークエルフとは一時休戦となり、石動達は、三老から詳しい話しを聞くことにした。
「三老のお爺ちゃん達は、とってもキュートなのよっ」
「ただ、物忘れが激しくて、下ネタ大好きなのが、玉にきずですけどね」
アイゼンがそう紹介したのは、せっかちなセシワ、動きの重いソリッノ、
「元々、ここは旧マウグリンの領土内だったんじゃ」
「マウグリン王は、この森を我々の住処として認めてくれていたのですが……」
「あの頃は、我々も、平和な毎日を送っていたもんだわな」
「しかし、アロガエンス王国に占領されてからというものの……」
「種族差別政策もあって、我々にここから立ち退くように言ってきたり……」
「ここに防衛拠点を造るから明け渡せ、さもなければ森を燃やすなどと、嫌がらせばかりされるようになってな……」
「我々もずっと抵抗を続けて来てはいたんだが……」
「ついに、奴等は、人質として、長老をさらっていったのじゃ」
「そして、勇者の暗殺に成功すれば、長老を返してやると言って来た」
「それを聞いたストヤは、勇者暗殺は自分がやると言い出してなぁ」
「元々、我々の中では、一番のアーチャーだったからな、ストヤは……」
「勇者暗殺の汚名は自分が被るから、決して他の者は手を出すなと……」
「ストヤもなぁ、気は強いが、決して悪い娘ではないんじゃよ……」
「ストヤは、長老の孫でなぁ……」
「いやいや、
「何を言うとる、
昔のこと過ぎて、もうはっきりと覚えていない三老達。
「もおっ、ちょっとぉ、細かいことはいいから、話を先に進めてちょうだい」
「まぁ、いずれにせよ、長老と、我々ダークエルフ一族を、自分が守って、率いていかなくてはならない、ずっと、そう思い詰めておるのじゃよ……」
「その為にはなんでやる、例え、自分の命に代えてでも……」
「使命感なのか、責任感なのかっ……」
「うむ、見ていて痛々しくなるほどに、必死じゃな」
「あの
-
それから毎日、ストヤは、高い木々の上に登り、様子を見に行かせた者達が戻って来るのを、待ち侘びていた。
そんなある夜、森の近くに位置する川、その河原で焚火をしていた石動の元に、ストヤが姿を現す。
「なんだっ? 俺を殺しに来たのかっ?」
「……いやっ、そうではない」
おそらく、あの女のことを気にしているのだろうと、石動は察した。
「そういやぁっ、なんでも一人で背負い込んじまう馬鹿な女が、ついこの間、死んじまってなっ」
「……あたしが、殺してしまった女のことか」
「まぁ、確かに、お前が殺しちまったようなもんだなっ」
「私もお前以外の者を殺す気はなかったのだが……」
「……すまないことをしたな」
「まぁ、あの女は、死に場所を探してたからなっ」
「結局、一人で背負い切れなくなっちまって、死に場所を探してやがった、本当に馬鹿な女だっ」
「……そうかっ」
それだけ話すと、ストヤは再び、森の闇の中へと帰って行く。
-
それからさらに数日すると、本当に長老は、ダークエルフの森に帰って来た。
ただ、それは一人で、ではなかった。
二人でも三人でもなく、五百人を超える数の者達を引き連れて。
それは、難民キャンプに居た人々、奴隷商人ユダンに売られそうになっていた、元奴隷であった者達。
「長老さんて、ホンマッ、すごい長く生きてるんやなぁっ、ワイリスペクトやわぁ」
「へいっ、これからも長生きしていただかねえとっ」
そこには、救出作戦に参加したサブやケンの姿もあった。
「ほほほっ、もうそろそろ、ワシにもお迎えが来る頃じゃろうて」
しかも、すっかり、長老と仲良くなってしまっている様子。
「貴様っ! これはどういうことだっ!?」
「はじめから、この森を侵略し、征服する気だったのかっ!?」
長老を出迎えに行ったストヤは、その光景を見て、怒りを露わにした。
「いえいえ、とんでもない、我々は平和的な解決を望んでいますよ」
随伴していたマサは、これに答える。
「我々、
「流浪の民である彼等を含め、我々の一時的な
「アロガエンス、ゼガンダリア、魔王軍、その他すべての軍事力から、我々があなた達を守ります」
「これは、同盟、契約、取引、そういう
「そうですね、さしずめ、安全保障条約とでも呼びましょうか」
それでも納得がいかないストヤは、長老に直訴する。
「長老っ!あのような者達を、ここにっ、この森に、住まわすと言うのですかっ!?」
「そんなことを言うでない、ワシを助けに来てくれた者達も大勢おるのじゃ」
「ストヤよ、お前はまだ若い」
「森は、誰のことも差別なぞしない」
「種族、性別、身分、そんなものは、大自然の前では、何の意味も無いこと」
「森は、誰にでも厳しく、誰にでも優しい」
「ただ、それだけのこと……」
「我々はただ、この森と共に生き、この森を守護する者達というだけじゃ」
「し、しかし、食料はどうするのですかっ?
この森には、これだけの者達が、食べていけるだけの食料はありません」
「乱獲をすれば、それこそ、この森の生態系が壊れてしまいますっ」
「そこは、当面、我々の資金でなんとかしましょう」
二人の会話に口を挟むマサ。
「しかし、それだけでは、いつまでも、もたないでしょうから、我々もそろそろ、シノギをはじめなくてはなりませんが」
「シノギ?」
「そもそもだっ、お前達が、この難民達を助けて、こんなことをして、何の益があると言うのだ?」
「異世界から来た我々が、この地にしっかり根をはるためには、必要なこと……個人的にはそう思っていますよ」
「まぁ、若頭がどう思っているかは、分かりませんが」
石動が自由に生き続けるための、マサの環境づくりはもう既にはじまっていた。
決定権を握る長老が懐柔されてしまっていては、いくらがストヤが反対したところで、どうにも出来ない。
次々と、森に到着する者達に向かって、石動は声を掛けた。
「おうっ、お前等っ」
「ここが、お前等の新しい
「おぉっ!!」
石動の声に沸く、流浪の民達。
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