5-4.極道とダークエルフ
極道とダークエルフの森
「おいっ」
「お前に、聞きたいことがあるっ」
椅子に座るユダンの前に、銃口を向けて、立っている石動。
「返答によっちゃあ、もしかしたら、生き残れるかもしれないぜ?」
銃を知らないユダンだが、それがどれぐらい危険な物なのかは、今日、嫌と言うほど見せつけられた。
「なっ、なにを、聞きたいってえのっ?」
「お前等の元締めは、どこのどいつだっ?」
「そっ、そんなこと知って、どうすんのっ?」
「ぶっ潰すに、決まってるじゃねえかっ」
「そっ、それは、さすがに、無理ってもんじゃねえのっ!?」
「やられたら、徹底的にやり返す、その根本にある元凶も含めてなっ」
「それが、俺達の流儀ってやつだっ」
「もう一度言うぜっ?」
「お前の元締めは、どこにいるんだっ!?」
「……」
頭を抱えて、髪を掻きむしるユダン。これまで、元締めのことを誰かに話して、生き残った奴隷商人はいない。みんな、見せしめのために消されてしまっている。
「早いとこ、口を割っちまった方が、身のためだぜっ?」
「まぁ、別に、答えたくないなら、答えなくてもいいけどよっ」
「ただ、お前の頭には、風穴が開いちまうけどなっ」
銃のトリガーにかけた指を、ゆっくり動かす石動。
「わっ、わっ、わかった……」
覚悟を決めたユダンは、元締めについて知っていることを、喋りはじめる。
「どこに居るのかは、誰にも分からねえ……連絡が来るのは、いつも一方的に向こうからだ……」
「名前はっ?」
「本当の名前は知らねえが、みんなからは『クレイジーデーモン』と呼ばれている……」
「なんでも、数年前に、こことは違う、異世界からやって来たとかって噂だ……」
「数年前に、当時、奴隷商人達を仕切ってた組織の連中を皆殺しにして、自分が総元締めになりやがった……」
「もちろん、最初は、みんな猛反発したが、
驚いた顔をしている石動。
「てか、お前、普通に喋れんだなっ」
「で、どんな奴なんだっ?」
そう言いかけた時、背後に殺気を感じる石動。
大きな左手で、ユダンのこめかみを
「うっ!!」
ユダンの背中に、矢が刺さる。
石動は、ユダンの体を盾代わりにしていた。
ユダンの体の影に、身を隠している石動。
さらに、二の矢、三の矢が、次々とユダンの体に突き刺さる。
「いっ、痛えっ!!」
「……ちょ、ちょっと、約束が、違うんじゃあねえのっ?」
「あぁ、悪りぃなっ、
ついうっかり、肉の盾にしちまったっ」
「つい、うっかり、なの?」
「お前等、好きだろっ?
肉の盾とか、そういうのっ」
はじめから、ユダンを生かしておく気など、微塵もなかったのだ。
「……オイラが、肉の盾にされちまったじゃあねえの」
ガクンと首をうなだれて、絶命する、奴隷商人のユダン。
手にしていた銃で、石動が反撃すると、暗殺者の影は、また姿を消し去った。
「やれやれ、随分と、しつけえ
――もうこれで、四回目か……
しかも、一回は助けられたしな
執拗に石動を狙う、謎の暗殺者。超遠距離、ロングレンジからの、毒矢での狙撃は、石動をもってしても、相当に厄介だ。
さらには、ユダンが言っていた元締めの話が、石動には、どうにも気になる。
「クレイジーデーモンねえっ」
「なんか、どっかで、聞いたことがあるような名前だなっ」
-
コツコツコツコツ……
ヒールの音が、部屋まで聞こえて来る。扉を開けて入って来たのは、スリムな脚がよく見える、ミニのタイトスカートを履いた、スーツ姿の女。
そして、金ピカの、一見露悪的な成金趣味のような部屋で、机の上に足を乗せて組んでいる人間の男。
シャツの胸元を大きく開け、首からは純金製の極太ネックレスをジャラジャラとぶら下げ、口には葉巻きらしきものを咥えている。
入って来た女は、その男の秘書で、魔女のイリサ。衣装はボスである、この男の趣味なのだろう。
「クレイジーデーモン様」
秘書に、自らをクレイジーデーモンと呼ばせるその男が、まともな人間のはずはない。
「ユダンの奴隷即売会に、上半身裸の男が乱入して、拳銃を乱射しまくったそうです」
「おいっおいっ、随分とヤベエど変態がいたもんだなっ」
「現場に居た者達は、奴隷以外、ほぼみな殺し、とのこと」
「そりゃ、もう、カタギじゃあねえなっ
……まるで極道みてえじゃねえかっ」
「一体何もんだよっ?そいつはっ」
「使い魔の報告によれば、おそらく、勇者ではないかと」
「おいっおいっ、勇者かよっ!?」
クレイジーデーモンは、思わず身を乗り出した。
「ついに来やがったかっ、勇者がっ」
「俺は、ずっと待ってたんだぜっ、この時をよぉっ」
歓喜に沸いて、悪そうな笑みを浮かべるクレイジーデーモン。
「こりゃあ、また、面白くなりそうだなっ」
-
難民キャンプ
富裕層が乗って来ていた馬車を奪い、イベントで提供される予定であったのだろう、食料や水などを可能な限り積み込んだからだ。
そして、帰る場所の無い奴隷達は、石動達に、一緒について来ていた。
「はえーっ、ワイらが乗ってた馬車とは偉い違いやなっ」
「あれでやすね、新しい家を建てるより、場所の中で寝泊まりした方がいいかもしれやせんね」
本来の所有者は、みんな死んでいるのだから、文句を言われることもない。
外見だけであれば、まるで貴族の馬車が、何十台も行進していようにしか見えなかっただろう。
-
教えてもらった川で水を確保して、難民キャンプ跡地を出立することにした、石動、マサ、アイゼンと二十人の女達。
元奴隷であった三人の獣人達に、御者要員として、ダークエルフの森まで同行してもらうように頼んで、ここからは五台の馬車で移動して行く予定だ。
サブは、やることがあるため、ヤスと共に、しばしこの地に残ることになった。
グレードアップされた馬車が連なって、平原地帯を走り抜けて行く。
砂漠地帯周辺から、ダークエルフの森に近づくにつれて、砂地から比較的走りやすい路面に変わり、ちらほら草木も見られるようになって来ていた。
石動が、豪華で頑丈な車輌の客室に乗るようなってからは、暗殺者に襲撃されることもなくなった。矢で貫けるようなものではないと、弓矢の暗殺者も理解していたのだろう。
そして、馬車の旅が数日続くと、ようやくダークエルフの森が見えて来る。
「ほらっ、ほらっ、あれよっ、あれあれっ」
再びダークエルフの森へと戻って来たアイゼンは、明らかにテンションが高かった。
「なんだか、懐かしいわねえ」
「つい最近のことなのに、なんだか、遠い昔のことみたい」
-
「ここから先は、もう歩くしかないですね」
森の中を、馬車がギリギリで入れる所まで進むと、その先はもう自力で歩いて行くしかなかった。
「また、こりゃ、すごい森だな」
「我々の世界のビルよりも、高い木ばかりですね」
木々が太陽の光を遮っているため、森の中はやや暗く、少しばかりじめじめしているようだ。
「神秘的で、素敵よねえっ」
相変わらずはしゃいでいるアイゼン。
しかし、石動には、どこか違和感が拭えない。
――何か、妙だな……
どこか、空気がピリピリしている
石動の野生の勘が、そう告げていた。
いくら森の中を進んでも、人の姿らしき者はまったく見られない。
「おかしいわねえっ……前はこの辺りには、誰かいたように思うんだけどっ」
「あたし、迷っちゃったのかしらっ」
広大な森なので、確かに迷ったとしても不思議ではない。
むしろ、ここは神秘の、幻想の世界なのではないのかと、そんな気にすらなって来る。
-
さらに森の奥まで進むと、ようやくそこで、少し遠くに、人の姿が見られた。
「あらっ、三老のお爺ちゃん達じゃないっ!」
再会を喜ぶアイゼンは、走って駆けて行く。
「お元気にしてたかしらっ!?」
アイゼンが三老と呼んだ、三人の老人達、その傍らにも一人、ダークエルフの女が居る。
褐色の肌に、尖った耳、銀色の短い髪で、赤い目をした、美しいダークエルフの女。
石動には、その女が、一瞬で目についた。
「長老様に、お願いがあって来たんだけど、会わせてもらえないかしらっ?」
「……うむっ」
「……うーん」
「……それがなあ」
ダークエルフの三人の老人達は、曖昧な返事ばかりで、どうにも歯切れが悪い。
石動達が、先行したアイゼンに追いついた時だった。
ダークエルフの女が、突然上を向いて、指笛を鳴らして合図をする。
森の木々、その高所から、一斉に降りて来る、数十人のダークエルフ達。
石動達は、一瞬で取り囲まれた。
接近戦を警戒して、一定の距離を取りつつ、彼等はすでに、弓の
あっという間に、全方位、三百六十度から、矢尻を向けられているという事態になったのだ。
「ちょっとっ!! どういうことなのっ!?」
アイゼンにとっては、
「すまないね、アイゼンさん……」
「仕方がないんだ……」
「許してくれ……」
申し訳なさそうにしている三老達。
強い目力をしているダークエルフの女、その赤い瞳を、石動は終始、ずっと見つめ続けていた。
そして今、女もまた、石動の目をじっと見つめ返している。
しばし見つめ合っていた二人だったが、先に口を開いたの石動だった。
「お前だなっ?」
女の目に、より一層の力がこもる。
「あぁ、よく分かったな」
そして、ダークエルフの女は、ハッキリと明言した。
「あたしの名は、ストヤ」
「あたしが、ずっとお前の命を狙っていた、暗殺者だ」
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