極道と守られたかった女

パァン パァン パァン


密集している人混みの中で、突然、銃を乱射する、上半身裸の男。


元の世界であれば、銃乱射事件として、大騒ぎになるのは間違いないだろう。


日本刀を手にして、次から次へと、行き往く人々を、斬りまくる着物姿の男。


こちらも、通り魔事件扱いされるのは間違いない。


奴隷商人の男、ユダンの奴隷即売会、つまり人身売買に集まった人々が、二人の男によって、無差別に殺されていく。


背中合わせに立つ、石動いするぎとケン。


「若頭も、相変わらず、容赦がねえですね」


「あぁ、こういうのは、

まぁ、一番気に入らねえんだっ」


自由に生きることを信条としている石動にとって、誰かの自由を奪うような連中は、絶対的に気に入らない。それが、例え、自分とは関係ない話であっても。


「まぁ、奴隷なんて、買いに来てる奴らだ、

みんな死んだところで、問題ないだろっ」


「へいっ、ちげえねえですね」


いきなり頭を撃たれて、バタバタと倒れていく者達。地面はむくろで埋め尽くされ、足の踏み場もない。


ケンのがわは、斬られているだけあって、もっと凄惨なものだった。血が飛び交い続け、地面には、あっという間に、血の池が出来あがる。



騒ぎになっている隙に、その俊敏さを活かして、サブが囚われている女達の元へと向かう。


「あかんわっ、これでワイがみんなを助けたら、みんなワイに惚れてしまうんちゃうか?」

「そしたらもう、ホンマ、モテモテやんけ」

「まぁ、アイゼンもおるけど、それは、いいわ」


非戦闘員扱いのマサは、元女兵士のルチアダに護衛してもらいながら、その後に続く。


「すいませんが、自分の戦闘力には期待しないでください」


「あぁ、あたしに、任せておきなよっ」


それが、今回マサが立てた作戦ではあったが、石動は本気で、奴隷売買の関係者をみな殺しにするつもりでいた。


-


「よう大人しくしとったな、アイゼン」


快足を飛ばして、アイゼンのところまで辿り着いたサブ。


「そりゃぁ、まぁ、女子にセクハラしなかったから、大人しく発信機の役目を果たしたわよっ」


サブに助けられるまでもなく、ピッキングで、自ら鍵を開けて、牢から出て来るアイゼン。同じ牢に閉じこめられていた女達も、後へと続く。


「他にも檻なんかに閉じ込められている子達が、沢山いるのっ」

「サブ、みんなを逃がすの、手伝ってちょうだいよっ」


他の牢を、やはりピッキングで開けているサブ。もしかすると、ピッキングは威勢会いせいかいの必須科目なのかもしれない。


「なんやっ? 難民キャンプから連れて行かれた人だけと、違うんか?」


「あたし、こういうの、ホントッ、許せないのよねえ」


この時はまだ、アイゼンもブチ切れるまでには至っていなかった。


「まぁ、ええわ」

「兄貴のことやから、組織のもんは、どうせみな殺しにするやろうし」

「みんなでゆっくり逃げたらええか」


「そうねえっ、若頭のことだから、ちょっとばかり、やり過ぎちゃうわよねっ、きっと」



「なんだっ、てめらっ!!」

「逃げてんじゃねえぞっ、ごらあっ!!」


奴隷狩り達が、恫喝するような大きな声で叫ぶ。


「思ってたよりも、はよ見つかってしまったなっ」


そうは言いつつも、サブの声に緊迫感はあまりない。


「きゃあっ!」


逃げる女を捕まえようとする、奴隷狩りの手。


だが、その手は、当然のようにアイゼンの握力で、へし折られた。


「あたし、こういうの、ホントッ、許せないのよねえっ」


言葉使いとは裏腹に、鬼のような形相をしている、ブチ切れモードのスイッチが入ったアイゼン。


「あぁっ、こいつら、死んだわっ」


ワラワラと集まって来る奴隷狩り達を、次々とぶん殴り続けるアイゼン。敵はみな、ほぼ即死だ。


むしろ、今ヒーリングが使えないのは、奴隷狩り達にとっては幸運なのかもしれない。


「あんた達、全員ぶっ殺してあげるからっ、かかっていらっしゃいっ」


オネエ言葉で、雄叫びを上げるアイゼン。


「お前も、みな殺しにする気満々やんけっ……」


-


「てめえらっ、大人しくしろっ!!」

「お遊びも、ここまでだっ!!」


パニックを起こし、逃げ惑って、混沌とする群衆の中で、石動の前に姿を見せたのは、奴隷狩りの頭目、ジャンキとアバミ。さらに、その背後には、五人の部下達。


本来なら、即座に射殺しているところだが、石動は何もしない。


前回と同様、奴隷狩り達は、商品であるはずの女達を無理矢理、力ずくで連れて来て、盾代わりにしているのだ。


「お得意の、人質かいっ」

「肉の盾ってやつかっ?」


盾にされている女達の首筋には、背後からナイフが突き刺さる手前で、寸止めされている。


敵が一人、二人なら、人質を無視して撃っても、石動の方が速い。女達を無傷で助けることが出来ただろう。


だが、この数だと、人質の誰かが死ぬ可能性がある。


「とっとと、その奇妙な武器を捨てなっ」

「それから、両手を上げて後ろを向くんだっ」



石動が、ゆっくり手を動かそうとした、その時。


ジャンキの頭に、矢が突き刺さる。


「なっ、なんでよおっ?」


その場に、倒れるジャンキ。


予期せぬ方向からの攻撃に驚き、奴隷狩り達は全員、矢が飛んで来た方向を確認する。


その隙を、石動は見逃さなかった。


パァン パァン パァン パァン パァン


銃声が五度、鳴り響く。


残り一人は、放たれた二の矢で、もうすでに死んでいた。



反射的に、奴隷狩り達を撃ち殺した後、それから、石動は困惑した。


  ――どういうことだっ、一体っ?

  あの野郎が、今度は、俺を助けたってえのかっ?


だが、瞬時に、奴隷狩り達が死んで、次の矢は自分に向けられているだろうと、直観的に悟った。


矢が飛んで来た方向に、銃口を向けた石動だったが、もうすでに時遅し。


「あぁ、!!」


突然、自分の前に女が飛び込んで来る。

そして、その女が、胸を矢で射抜かれた。


石動には、それが、まるでスローモーションのように見えていた。


身を呈して、石動をかばったのは、誰あろう、石動を殺そうとしていたルチアダ。


倒れかかるように、石動に抱きつくと、ルチアダは、そのままズルズルと落ちて、地面に倒れた。


石動の服には、まだ生々しい血が、べったりと付いている。



パァン パァン パァン


すぐに石動が銃で応戦すると、暗殺者はまた、姿を隠す。


血を流し、倒れているルチアダ。その体に突き刺さった矢を折った石動は、彼女の上半身を抱き起こした。


ルチアダが着ている服の、胸部辺りに浮かんだ赤い血が、すぐに広がって行く。


「お前、なんで俺を助けた?」

「俺がここで死んだほうが、お前には、都合がいいんじゃねえのか?」


「あんたが今死んじまったら、みんなが助からないじゃあないか……このままじゃ、みんな、奴隷として売られちまうんだろ?」


「あたしの弟と妹のために、みんなの人生を犠牲にする……」


「さすがに、あたしだって、そこまで自分勝手にはなれやしないよ」


石動には、なんとなく分っていた。

この女が、死に場所を探していたことは。


「ねぇ、あんたに頼みがあるんだよ……」


「あたしはあんたに殺されたってことにしてくれないかい?」


「そうすれば、あたしの家族にはお金が入って、弟や妹が売られないで済むんだよ……」


「見ず知らずの、仮面の男が言うことを、信じるってのか?」


「あぁ、もう、あたしには、それしか救いが残されてないからね……」


「あぁ、分かった」


「今回は助けてもらったことだし、

餞別せんべつ代わりに、そういうことにしといてやるっ」


「よかった、これで、弟も妹も売られないで済む……」



おそらくは、この世界で一番力強いであろう、勇者の大きく太い腕。


そのたくましい腕の中で、力強く、いだかれているルチアダ。


それを、まるで守らているようだと、ルチアダは感じてしまった。


  ――もし、あたしにも、こんな風に、誰か守ってくれる人がいたのなら


  あたしにも、もっと違う生き方が、もっとマシな人生が、あったのだろうか……


そんな風に、思わずにはいられない。


自然と、ルチアダの目からは、涙がこぼれて、頬を伝う。


「あと……」


「みんなを、みんなを必ず助ける、守るって、約束しておくれよ……」


「……」


石動は、それには返事をしなかった。また、子供の頃のような、呪いにかけられるのが嫌だったのだろう。


「本当に、すまなかったね……」


最後はそう言って、目を閉じ、ルチアダは息を引き取った。



死に場所を求めていた女。


誰にも守られることなく、誰にも頼ることすら出来ず、すべてを一人で背負い込むしかなかった。


だが、この女が生き続けるには、この世界はあまりに過酷で、あまりに辛くて、しんどいものだったのだろう。


死んで救われるよりも、生きて救われる、そんな道が、彼女には、果たして、本当になかったのだろうか。



「随分と手前勝手な女だな、

勝手に約束して、勝手に逝っちまいやがった」


「まぁ、でも、そういう女は、嫌いじゃねえよ」


石動はそっと、ルチアダの亡骸なきがらを置いた。


-


「こうなりゃあ、お前等を、こいつで轢き殺してやろうじゃあないのっ」


せっかく苦労して集めた奴隷の即売会イベントを台無しにされて、怒り心頭の奴隷商人、ユダン。


ついには、重戦車・チャリオットまで持ち出して来た。


これに対峙する石動。


「奴隷即売会を邪魔した勇者はぶち殺しましたと、せめて『あの人』にはそう報告出来ないと、本当にオイラが殺されちまうってえのっ」


先頭には鎧を着けた黒馬くろうま、続けて、やはり鎧を纏った四頭の馬、その後ろをユダンが座る玉座を乗せた鉄の車。今のところ、内燃機関の動力源が無いこの世界では、走る鉄の塊に最も近い重戦車・チャリオット、その総重量は相当なもの。


長い鞭を振り回して、ユダンは何度も馬に檄を入れる。


気性が激しい、先頭の黒馬は、まるで暴れ馬のようにたけり狂い、逃げ回る者達を蹴散らしながら、石動に向かって突進して来る。


「上等だっ、かかって来なっ」


だが、脳内分泌物が出まくって、鬼神モードとなった石動は、両手を上にして構え、素手でこれを迎え討つ気でいる。


「馬に、罪はねえからなっ」


重量級の敵を、体一つで止めようと言うのだ。


走って勢いのついた黒馬の巨体が、正面から石動にぶつかる。


ドンッ!!


肉と肉、骨と骨が、激突する音。


それは、車と人の衝突事故のようなもので、普通であれば、人が跳ねられるしかないが、筋肉五倍のフルパワーで、石動はガッツリとこれを受け止めた。


黒馬の胸部を全身を押し付けて受け止めると、その太い首に両手を絡みつけて、力で無理矢理に抑えつけようとする石動。


いななき、暴れながら、石動を振りほどこうとする黒馬。


両者一歩も譲らない力くらべの中で、ミシミシと骨が軋む音。石動の腕力が、馬の首をへし折ろうとしているのだ。


やがて、痛みに耐えかねた黒馬は、闘争心を失って、まるで悲鳴でも上げているかのような、甲高い声でいななく。


「まぁ、お前の負けだなっ」


そして、両腕で締め付けた太い首を、そのまま横に放り投げ、石動は黒馬の体を横転させた。


大きな馬体が地面に倒され、辺り一面に砂埃が舞う。


「こっ、こいつ、本当に、人間なのっ!?」


その砂埃が晴れた時、呆然としていたユダンの眉間には、すでに銃が突きつけらていた。


「まぁ、やっぱ、あれだわ」

「こういう椅子に座って喜んでる人間ってのは、どうも気に入らねえわっ、俺的にはっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る