5-3.極道と奴隷商人
極道とさらわれた女達
「ヒャッハー!!」
もう何度目の『ヒャッハー!!』か。
しかし、今度ばかりはいつもと様子が違う。
いつもであれば、猪突猛進、勢いに任せて、ただ闇雲に突っ込ん来るだけの奴隷狩り達が、一歩ずつ、踏みしめるように、進撃して来る。
敵を迎え撃つべく、我先にと最前線に飛び出したケン達。
「ちょっと、何よ、あれっ?」
「なんてことしやがるっ」
「ホンマッ、えげつないことしよるなっ、こいつら」
だが、敵のその姿には、愕然とするしかない。
「グヘヘヘ」
「イッヒヒヒ」
勝ち誇ったような顔で、いやらしい笑みを浮かべている、奴隷狩りの頭目ジャンキとアバミ。
「どうした? これなら、馬ごと斬れねえだろっ?」
「いや、別に斬ってもいいんだぜ? 斬ってもよぉっ」
奴隷狩り達が騎乗する馬の体には、人が縄で縛りつけられている。腹や側面の複数箇所に。
おそらくは囚われていた奴隷達であろう、その中には人間以外の種族も見られる。
そして、次から次へとやって来る後続の馬にも、すべて同様に奴隷が
「どうよ、これこそ、肉の盾ってやつよっ」
「いや、まぁ、奴隷の盾でも、いいんだけどよっ」
「酷いっ、酷すぎるわっ」
「クソッ、外道がっ……」
「さすがに、ワイもドン引きやで、これは」
「参ったな、これは、さすがに、詰んだかもしれない……」
甘ちゃんのアイゼンをはじめ、ケンもサブも、この状況で、縛られている奴隷達、つまり人質を、平気で見殺しにするメンタルは、さすがに持ち合わせてはいない。
さらに、ケンの日本刀では、人質を避けての攻撃は、動きが制限されてしまうだろう。
――さすがに、馬の体に、人を二人も縛りつけている訳ですから、動きは相当遅くなるでしょう……最後の頼みは、圧倒的にスピードで優るサブですが……
ジャンキとアバミの後続の騎馬は、すでに五十は超えている。
――いかんせん、数が多過ぎますね……
その最後尾からは、奴隷商人の男・ユダンが乗る特別製の馬車が姿を現した。
「どうなの? オイラのチャリオットは。イケてんじゃあないの?」
先頭には、鎧を着けた巨大な黒い馬、激しい気性で、荒々しく、いなないている。他にも、同様に鎧を身に纏っている馬が四頭。鉄製の荷台に着けられた玉座に座るユダン自らも、重装の鎧を着込んでいる。
その姿は、まさしく重戦車、チャリオット。
「こいつの唯一の欠点は、重過ぎて、動きが遅いことぐらいなんじゃあないのっ」
「お前等が、勇者達なの?」
「どうなの? これでも戦うつもりなの?」
――ここは、一時戦略的撤退
そう言っても、みんな納得しないでしょうし、参りましたね
頭を悩ませながら、マサは眼鏡を指で押した。
-
ケン達の応援に駆け付けた、難民キャンプの中でも腕に覚えがある義勇軍、人狼、リザードマン、竜人、鬼族達は、この光景を見て、さらに驚愕する。
「こ、こいつらはっ……」
「お、お前等っ……」
奴隷狩り達の馬に
ケンが難民キャンプにやって来る前にさらわれた、まだ売れていない者達を、奴隷商人のユダンは、肉の盾として選抜していた。
「そうなの、 オイラは優しいから、難民キャンプの奴隷選抜にしてやったって訳よ、みんな久しぶりに再会出来て、嬉しいんじゃあないの?」
「クソッ!」
槍を手に持つリザードマンが、半ばやけくそで攻撃をはじめたが、
「やっ、やめてくれっ!」
「俺はまだ死にたくないっ!死にたくないんだっ!」
「あれあれ、せっかく久しぶりに会えた仲間を殺しちゃうの? それはちょっと、
眼前のジャンキに、ケンが日本刀を振り下ろそうとすると、ジャンキは馬の側面をケンの方に向けた。もちろん、そこには
「ひぃぃぃぃぃっ」
奴隷の悲鳴に、斬る寸前で、ケンの刃は止まる。
「あれえっ?どうしたの?斬らないのっ?斬っちゃってもいいんだよ?」
「むしろ斬って欲しいなあっ、用心棒んだからぁ、そこはちゃんと仕事しないと」
「クソッ」
「へっへへへ」
ジャンキを下卑た笑い声を上げる。
どこもかしこも、その調子で、まともに戦えたものではない。
――これは、さすがに、みんな、戦えるメンタルじゃないですね……
いつなら、一時戦略的撤退に納得してもらえるでしょうか……
-
「ボスッ、どうしましょうか?」
「この装備は効果的なんですが……
重過ぎて、一度に沢山の女どもを、連れて帰れそうにありませんぜ」
アジトまでの距離を、女達に歩かせて帰れば、途中でほとんど死ぬだろう、奴隷商人のユダンはそう判断した。
「まぁ、とりあえずは、これぐらいで、いいんじゃあないのっ」
みんな、出来る範囲での抵抗はしたものの、善戦虚しく、難民キャンプは荒らされ、結局、数十人の女達が連れ去られることになる。
マジアリエンナで救出した女達も、半数以上は奴隷狩りに再び囚われ、連れて行かれてしまった。
「すいやせん、あっしが、ここに案内したばかりに、お連れのご婦人方が……」
「まぁ、不幸中の幸いなのは、アイゼンが女性のフリをして、上手く潜入、紛れ込んだことですね。アイゼンがいれば、叡智のノートパソコンで、位置を特定出来ますから」
「アイゼンのあの見た目で、本物の女と間違えるだなんて、あいつ等、相当、目が悪いんとちゃうかな?」
破壊された仮設住宅の痕跡。血を流し倒れ、もうすでに動かなくなった者。まだ
「なんでっ、なんでっ、俺達ばかりがこんな目に……」
「俺がっ、俺がもっと、強ければ……」
その圧倒的な暴力による略奪を前に、打ちひしがれ、悲嘆に暮れ、絶望のどん底にいる難民キャンプの人々。
しかし、いつもの彼等からすれば、この程度の修羅場は、決して珍しいものではなかった。
「カチコミかけられたんやから、お礼参りにいかなあかんなぁ」
「へいっ、やられたら、徹底的にやり返すのが、極道の本分ですからねっ」
「鎧を着た馬に、あの奴隷の盾も、こうなると、幸いだったのかもしれません。あれだけ重くては、進行速度は著しく落ちるでしょうし、こちらもすぐに追いつけますから」
なにより、彼等はみんな、
「問題は、どうやって、アイゼンを含めた四人で、女達を助け出すか? ですが……追っ手からどうやって逃げるかとか、その辺りは、また、振り出しに戻った感じですね」
「そんなの、みんな殺しちまえば、問題はねえ」
その声に、一同は期待を込めて、振り返る。
「兄貴っ!!」
「若頭っ!! 」
「大丈夫なんですかいっ?」
そこには、上半身裸で、体に包帯を巻いた石動の姿があった。
まだ、高熱が出続けているため、若干足下がフラフラしており、全身からは滝のように汗が流れ、
「……外がうるせえから、目が醒めちまったじゃねえかっ……」
「まぁ、俺を入れて、五人もいれば、十分みな殺しに出来んだろ……」
まだ、息を切らせながら喋っている石動。
「若頭、無理しないほうが、いいんじゃねえんですかっ?」
手を差し伸べようとするケンを、石動は振り払う。
「そうはいかねえなっ」
「……あいつ等は、この俺を、怒らせやがった」
強く拳を握りしめ、怒りを増幅させて、石動は自らを奮い立たせる。
「俺が、熱を出して、寝ている時……はっきりとは覚えちゃあいねえが、そばに女が居たってのは分かってる」
「それも一人じゃあねえ、何人かが交替でだ……匂いが違ったからな」
「まぁ、刺激が強過ぎる女も、一人いたが……」
「自慢じゃねえがな、こちとら、実の母親にだって看病なんかされたことはねえんだ」
囚われている、過去の記憶。その悪夢にうなされている中で、触れて来た女達の手、ぬくもり。
「随分と、でけえ借りが、出来ちまったじゃねえか」
それは、一度助けたぐらいでは返せないほどのでかい借り、石動の中では、そういう位置付けだった。
「借りは命を賭けてでも返さなきゃならねえ、サブにそう教えたのは、この俺だからな」
強く握った右拳を見つめる石動。
「お前等、出入りだっ、準備しろっ」
「へいっ」
「ええ、了解しました」
「さすが、兄貴やっ」
-
「若頭、この女ですが、どうしますか?」
出発する前に、マサは確認する。
椅子に括り付けられたまま、掘っ立て小屋に隔離されていたルチアダは、運良く奴隷狩りにも見つからずに、難を逃れていた。
「このまま、殺してもらって構わないよ、あたしは……そうすりゃ、うちの家には金が届いて、弟や妹達は助かるんだから」
ルチアダの顔をじっと見つめる石動。
整った美しい顔立ちをしているが、その表情には
そういう人間の顔を、これまで何度も、石動は見て来た。
「早く、殺しておくれよ」
「俺に殺されたがってる女を、望み通り殺してやるってのは、なんだか、こっちが罰ゲームみてえな話じゃねえかっ」
そこで、ルチアダは、意外なことを言い出した。
「……ねえ、じゃあ、あたしも、一緒に連れて行っておくれよ」
「あたしは、こう見えても元兵士だって言ったじゃないか、きっとあんた達の役に立つはずだよ」
「そんなこと言って、また、裏切るんちゃうやろな?」
「まだ暗殺を諦めていない可能性も、否定は出来ませんね」
「あぁ、信じてもらえないのは、仕方がないね」
「でも、あたしだって、ずっと同じ牢獄に居たんだ……連れて行かれた仲間達のことが心配なんだよ」
「……」
石動には、この女が何を考えているのか、なんとなく分かっていた。
「まぁ、いいんじゃねえのか」
「今度また、襲って来たら、その時は、お望み通り、返り討ちにしてやるよ」
「あぁ、そうだね……気が向いたら、いつでも殺してくれていいんだよ?」
「だって、それが、あたしの願いであり、救いなんだから……」
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