極道と奴隷狩り

「ヒャッハー!!」


荒野の地平を、砂埃を巻き上げて走る二台の馬車。

その後を馬群が追いかけている。


馬群には、絵に描いたような、モヒカン、上半身裸の男達が騎乗しており、やたら大声で叫ぶ。


「逃がすなっ!」「追えっ!追えっ!」


この地帯に頻繁に出没する奴隷狩りに、追われているのだ。


「こんな、女達ばかりを積んでる馬車なんざぁ、

もうこりゃ、お宝が走ってるようなもんだ」


「これをみすみす逃がしちまうようなマヌケはいねえぜ」


奴隷狩りの男達は、鼻息も荒く、猛烈に興奮している。


当然、積み荷の女達が目当てではあるのだが。

何故、積み荷が丸分かりなのかと言うと、そこにはちょっと訳がある。



「えーと、サブ……馬車を手配してもらったのは助かったんですが……」


二台の馬車、その御者ぎょしゃをしているマサとサブ。


「せめて、幌が付いている馬車にして欲しかったんですがね」


「しゃーないやろっ!」

「これが一番頑丈で、一番大勢乗れるって言われたんやからっ!!」


サブが用意して来た馬車は、どちらかというと荷馬車で、幌すら付いていなかった。


ここまで荷台の女達は、炎天下の中を、太陽を遮る布すらなしに、晒され続けて来たということになる。


「これはもう、肉の塊を付けたサファリパークのバスが、ライオンの群れの中を走っているようなもんですね」


「あいつら、乗ってるの馬やろ? ライオンもおるんかっ?」



「サブ、この世界の人間はですね、基本、女子供見たら、身柄ガラさらおうとする、そう思っておいてください」


「ホンマか? ワイら極道もびっくりやな、それは」

「それともあれか? この世界は、極道が人気の職業で、人間の八十パーセントぐらいが極道やってるんかな?」


「まぁ、ハズレでもないですかね、みんな生き残るのに必死ですから、なんでもやりますよ」


「女はさらうのは、まぁ、分かるけど」

「子供さらってどうするんや? やっぱり身代金要求するんか?」


「人身売買ですよ、この世界には、奴隷商人が沢山いて、奴隷商の大きな組織もあるみたいですし」


「マフィアとかシンジゲートみたいやな、まぁ、ワイも極道やけど」



そうこうしている内に、奴隷狩りの馬群は、どんどんと馬車に迫って来ている。


「まぁ、確かに、女性達が乗っているのに失礼ですが、さすがにこの馬車は、いささか重量オーバーですからね」


馬車を引く馬も、一応、頭数を揃えてはいたが、それでも一台につき十人以上の人間が乗っていれば、それほど早くは走れない。明らかな定員オーバー。


「おまけに、こんな荒れ地で、道なんてないところですし」

「砂漠が近いから、走路も半分は砂地ですしね」


この大陸には、何故かほぼ中央のど真ん中に、広い砂漠地帯がある。以前からマサも不思議に思っていたが、叡智のノートパソコンで調べてみても、この砂漠地帯に関しては、フォルダにロックがかかっており、データを見ることは出来なかった。


その砂漠地帯の北が魔王領、東がアロガエンス王国、南がゼガンダリア、西がその他国家。国土面積に大きな差があって、地形が複雑に入り組んではいるが、大まかにはそう分類することが出来る。


現在、砂漠地帯はアロガエンス王国の領地となっていたが、とても人が住めるような土地ではなく、魔王領とも広範囲に接しているために、アロガ王も扱いには頭を悩ませていた。


-


「まぁ、でも、こちらには、最強の用心棒がいるから、いいんですけどね」


奴隷狩り達の馬群、そのさらに後方から、猛スピードで走って来る、馬が二頭。


それぞれに石動とアイゼンが乗っている。


「あら、やだぁっ、あたし達が水の調達に行ってる間に、馬車が襲われそうになってるじゃない」


この旅路で必要になる食料や物資は、予め馬車に積んではいたものの、この炎天下で、あっという間に水が無くなったため、石動いするぎとアイゼンは水を探しに行っていた。


「おうっ、そうそう、これだよ、これっ」

「こういうのでいいんだよっ」


マジアリエンナで、思いの外、好き放題に暴れることが出来ず、ストレスを発散し損ねた石動は、奴隷狩り達の姿を見て、目を輝かせて、生き生きとした表情をしている。


「小難しい話ってのは、俺のしょうに合わねえんだっ」


モヒカン頭に上半身裸で『ヒャッハー!!』と叫んでいるならず者、無法者達。そんな格好の獲物を見た石動は、興奮を隠し切れない。


もうこれでは、どちらがサファリパークのライオンで、どちらが肉の塊なのか分からない。強い者が弱い者を喰らい、さらに強い者がそれを喰らう、まさに弱肉強食そのもの。



「やっぱり、どうもスッキリしねえのは、銃が原因なんじゃねえかと思うんだがよ」


「あらぁっ、そんなに不満なら、今回は若頭に譲ってあげるわっ」


「でも、あたし今、ヒーリング使えないんですから、怪我しないで頂戴よっ」


広範囲フィールドヒーリングを使ったアイゼン、あの後、自らのコンパネを確認すると、ヒーリングの項目に、大きく太い真っ赤なバッテンがついていた。反動で、しばらくはヒーリングが使えないということらしい。


「いってらっしゃぁーいっ」



さらに馬に鞭を入れてスピードを上げた石動は、奴隷狩りの最後尾の馬に追いつく。


「なっ、なんだ? てめえはっ?」


驚いている男をよそに、石動はおもむろに、相手の馬へと飛び乗った。


背後から、モヒカン頭の首に右腕を回し、左腕で自分の右肘を掴むと、グッと力を入れる、いわゆる裸絞め。一瞬で意識を失った男は、泡を吹いて、落馬した。


さらにそのまま、もう一頭の横に並ぶと、今度は相手の首根っこを掴んで、走っている馬から引きずり落とす。


そうやって、次から次へと奴隷狩りの男達を馬から引きずり下ろして行く石動。



「なっ、なんなんだ? てめえはっ?」


全員、馬から引きずり下ろされた奴隷狩り達は、剣を抜き、石動を取り囲む。


多勢に無勢、大勢でかかればイケると思ったのであろうが、力量の差が分からないこの時点で、野生の獣であれば、まず生き残れない。


「そうだよなぁ、そう来なくっちゃなあ」


一斉に剣で斬りかかるが、石動はこれをかわして、その大きないかつい拳を相手の顔面に叩き込む。


殴られた男は、宙を二転三転して後ろに吹っ飛び、そのままピクリとも動かない。首の骨が折れて、すでに死んでいるのだ。


-


「やっぱ、喧嘩は、こうでなきゃなあ」


奴隷狩りのほとんどは、殴られて死んでいるが、石動からすればこれも喧嘩の内らしい。


手を叩いて、満足気な石動。


その時、遥か離れた右側面の崖の上で、太陽光が反射して何かがキラリと光る。


それが視界に入った瞬間、野生の勘とも言うべき直感で、石動は危険を察知した。


何かが飛んで来る。


石動は咄嗟に右手を出して、それを掴む。


眉間に当たる寸前、石動が手で掴んでいたのは矢であった。


矢の長い棒部分、シャフトを上手く掴みはしたが、矢尻切ったため、右手からは血が流れている。


矢が飛んで来た方向を確認すると、崖の上に微かに見えるローブを被った人影のような姿が。


パァン


すぐさま銃口を向け、発砲した石動だったが、標的には当たらない。弾丸の飛距離は十分であっても、いかんせん、まとが遠過ぎて、小さ過ぎた。


「こりゃ、随分と、遠いな」


こちらの世界で、筋力が五倍であっても、石動の視力が良くなって、遥か遠くが鮮明に見えるようになるということはない。スコープでもなければ、どう頑張ったところで当たる距離ではないのだ。


しかし、相手の弓矢が、危うく石動の眉間に刺さるところだったということは、敵はそれをやってのけたということ。


パァン パァン パァン


それでも、何度か銃を撃ち続けると、石動に弓引いた人影は、崖の向こうに姿を消した。


「クソッ、あいつ、とんでもないところから、撃ってきやがったな」


銃声を聞きつけ、駆け寄って来たアイゼン。


「あらっ、やだぁっ、怪我してるじゃない」

「今ヒーリング使えないから、怪我しないでって、言った矢先じゃないぃっ」


「いや、大丈夫だ、大した怪我じゃねえ」


「それよりお前、あの崖の上から、ここに居る俺の眉間に弓矢が当たると思うか?」


石動が指差した方向を、振り返るアイゼン。


「そんなの無理に決まってるじゃない、下手したら一キロぐらいあるんじゃないのっ?」


「まぁ、そうだろうなっ」


-


夜になり、足を止めて、休むことにした一行。連日の炎天下での旅路に、女達の疲労も激しい。


威勢会いせいかいのメンバーは、焚き火を囲みながら、今後の行先について話し合う。


「もおっ、水も見つけられなかったし、どうすればいいのかしら」


生命エネルギーで、叡智のノートパソコンを動かし、周辺情報をチェックしているマサ。


「とりあえず、ちょうどこの辺りに居る仲間を、一人拾っていきます」


「あらっ、この辺りには、村も街も無かったはずでしょ?」


「上手くすれば、水もそこで分けてもらえるかもしれませんよ」


「どこにおるんや?そいつ」


「そうですね、我々が元居た世界の言葉で、分かりやすく言うと、難民キャンプ、ですかね」

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