5-2.極道と難民キャンプ
難民キャンプの用心棒
「ヒャッハー!!」
剣を片手に振り回し、馬を走らせる奴隷狩り達。八頭の馬に、二人乗りしている者達もおり、数はざっと十二人というところか。
「逃げろっ!!」「奴隷狩りだっ!!」
悲鳴を上げて逃げ惑う人々。人間だけではなく、獣人、リザードマン、竜人、鬼族をはじめ、ゴブリンやオークまでおり、その種族も多様だ。
ここでは、男も女も、大人も子供も、人間も非人間も、その命はまったく等しく、平等に、軽い。
「グヘヘヘッ」
「今日こそは、お前等を狩らせてもらうぜっ」
逃げて行く人々の中に、独り残される者。
砂埃を舞い上げて、進んで来る馬群の前に立つ、日本刀を左手に握りしめた和服姿の男。
手にする日本刀、その
「あれかっ?」
「ここいらで、用心棒を気取ってる野郎ってえのはっ」
奴隷狩りの男達が、馬に鞭を入れる。
「上等だっ、このまま、蹴散らしてやれっ!」
和服姿の男は、向かって来る馬の群れをひらひらとかわす、まるで風に吹かれる柳のように。
「妙な野郎だぜっ!」
馬を反転させ、再び突っ込んで来る奴隷狩り達。
その刹那、男は鞘から刃を抜いた。
一刀両断、馬ごと真っ二つにされた奴隷狩り。
当然、ただの日本刀では、馬ごと人を斬ることは出来ない、これは彼の初期装備なのだ。
「ひぃっ!」
先頭の者が、馬ごと斬られたのを見て、奴隷狩り達は慌てて手綱を引いたが、馬は急には止まらない。
あっという間に、半数の者達が馬ごと斬られた。
「ちくしょうっ!」
「覚えてやがれっ!」
残りの奴隷狩り達は、清々しい程に定番のセリフを残して、逃げ帰る。
血が滴る剣を一振りすると、飛び散った血が砂地へと染みて行く。
「おうっ、元気そうだな、ケン」
聞き覚えのある声に、男がそちらを見やると、そこには石動の姿があった。
「若頭じゃねえですかっ!」
「ご無沙汰しておりやす」
もちろん、マサ、サブ、アイゼンの姿もある。
「相変わらずいい腕ですね、ケンさんは」
「ホント、惚れ惚れしちゃうわっ」
「さすがやな、ケンさん」
「見てらしたんですか、お恥ずかしい限りで」
「えぇっ、ちょっと離れた所から、見てましたよ」
「まぁ、あいつ等と一緒に、馬ごと斬られちまったら、かなわねえからな」
-
「ケンさん、今日もお陰で助かったよ」
狼の顔をした人狼が、声を掛けて来る。
「ありがとうな、ケンさん」
「いつも悪いな、ケンさん」
リザードマンや竜人、すれ違う者がみな、ケンに感謝を伝える。
「しかし、ここはまた、随分と、変わった奴等が多いなっ」
ケンの口利きもあって、
「へいっ、アロガ王の種族差別政策とやらで、住む土地を追い出された奴等ばかりでして」
「そう言えば、この世界で、人間以外の人型種族をまともに見たのは、はじめてですね、自分は」
種族差別政策により、移住を余儀なくされた者達の多くは、他国へと渡って行った。
魔族や魔女達は魔王領に、それ以外の種族は隣国のゼガンダリアなどに。
しかし、アロガエンス王国との間で戦争がはじまると、ゼガンダリアは難民達の受け入れを拒否、今まで以上に国境の警備体制を強化した。敵国の工作員かもしれない者達を、おいそれと国内に入れる訳にはいかないので、それは当然と言えば当然のこと。
そして、その頃から大量の難民が発生することになる。
問題なのは、この大陸の地形で、中央に砂漠地帯があるため、東のアロガエンス王国から、西にあるその他の国々へ移ろうとすれば、どうしても南のゼガンダリアを通らなくてはならない。
そのゼガンダリアが入国規制をしているため、後は迂回するように、砂漠地帯を横断するしか術がないのだが、その砂漠ルートがとても生半可に
そこで、どこにも行くことが出来なくなった大量の難民達が、国境付近に集まって集落らしきものを形成しはじめる。
それが、この難民キャンプという訳だ。
難民キャンプという名称も、人々が便宜上そう呼んでいるだけで、実際には名前もないし、地図に乗っている訳でもない。それは、流浪の民と呼んでもいいのかもしれない。
この世界のどこにも居場所が無く、行くあても、逃げる場所すらない、そんな者達が集まって、ここで生きているのだ。
-
広い部屋には、いくつもの
檻の中には、奴隷として囚われている獣人、有翼人、エルフ達の姿が。人間達は、これらとは別に、牢に閉じ込められている。
この部屋のテーブルで、飯を食べている奴隷商人の男、ユダン。脂ぎった肉を指でつまんで、口の中に頬張ると、指についた脂をペロペロと舐め回す。
「なにっ? お前等、また失敗したの?」
「ボスッ、どうか、勘弁してくださいっ」
「ホント、すんません、すんません」
難民キャンプ周辺の奴隷狩り達、その頭領格であるジャンキとアバミ。
「お前等、馬鹿なのっ? 死にたいのっ?」
「もうじき奴隷の即売会があるから、女、大量にさらって来てって言ったよねっ?」
「は、はいっ」
「そりゃもう」
「女、用意出来なっかったら、お前等だけじゃなく、オイラまで『あの人』に殺されちゃうじゃねえのっ! どうしてくれんのっ!」
「いっ、いや、それが、剣で何でも斬っちまう、変な服を着た用心棒が、いつも邪魔して来ましてですね」
「そうそう、そいつは、近寄っただけで、馬ごと斬っちまうんですよ」
「あいつはきっとあれですよ、今噂になってる、勇者の仲間に違いありませんよ」
「そうだわ、それだわ、いやもう、そうに決まってるわ」
「ふーん……」
食事を終えたユダンは、ナプキンで口を拭う。
「そもそもなんですけどね、なんでこんな僻地で、奴隷の即売会なんかやるんすか?」
「それなっ」
「お前等、馬鹿なのっ? 頭悪いのっ?」
「マジアリエンナのお偉いさんやお金持ちが、お忍びで、プライベート奴隷を買いに来る、それには、まさにこの辺がピッタリなのっ」
「他にも、ちょっと離れたとこの貴族さんや豪族さんにも、ちゃんと招待状出してあんのっ」
怒って、奴隷商人はテーブルを強く叩く。
「だから、女が沢山必要だって言ってんのっ!」
「このままだと、オイラ達みんな『あの人』に殺されちまうのっ」
「そんなに、元締めっておっかねえんですか?」
「確かに、確かに、ちょっと疑問」
「そりゃもう、おっかねえのなんの…… 『あの人』こそが、クレイジーなんじゃねえの?」
一旦、落ち着きを見せる奴隷商人のユダン。
「……仕方ないっ、オイラも殺されたくはねえのっ」
「だから、オイラのとっておきの私設軍隊、出してやんよっ」
「そういや、お前等、さっき、馬ごと斬るって言ったの?」
「は、はいっ」
「馬ごと、ばっさりと」
「それなら、オイラに、いい考えがあるじゃあないの」
「フンッ、勇者の仲間なんて、そういう正義漢気取りの野郎は、オイラも気に入らねえの……」
-
一夜明けた難民キャンプでは、マサ、サブ、アイゼンが忙しそうに情報収集を行っていた。少なくとも、ここで生活出来ているということは、どこかに水の源泉がある訳で、出来れば、この先の旅に必要な物資も準備をしておきたいところだ。
「しかし、すげえな、まさか、こんなに難民がいるとは思わなかったぜ」
ケンに話があると言われ、散歩に誘われた石動は、少し離れたところから、改めて難民キャンプの全容を見渡した。
「一応、ちゃんと、家、みたいなものもあるしな」
とりあえず、雨風がしのげる程度の、仮設住宅と呼ぶにはあまりにも貧相な、家らしきものが、そこには数百と並んでいる。
「へいっ、なんでも、森や村まで遠征して、木や廃材を集めて、仮設住宅らしきものを作ったらしいですぜ」
「若頭、
昨晩、久しぶりの再会を喜んだ一同は、この後、ダークエルフの森に向かうという話をケンにしていた。そして、当然のように、みな誰もが、この先はケンも一緒だと信じて疑わなかった。
ケンの話というのは、そのことだ。
「若頭、すいやせんっ」
「あっしは、今はまだ、一緒に行くことが出来やせん」
「あっしは……」
「ここいる奴らが、みんな無事に、新しい土地に移るまで……こいつ等のことを見届けてやりてえんでさぁ」
「あっしも、元の世界では、社会からはみ出しちまって……
どこにも自分の居場所が無い、どこにも行くあてのない、逃げる場所すらない……
そんな生き方をしておりやした」
「
「だからですかね、ここの連中を見てると、どうにも放っておけないんでさぁ」
「ここに来て、はじめの内は、なんとも奇妙な連中だと思ってたんですが……それも、すぐに慣れちまいまして」
「一緒に戦っている内に、柄にもなく、妙に情なんぞも、湧いちまって……」
「今じゃあ、戦友のような気すらしてるんです」
「だから、こいつ等のことを見届けるまで、今しばらく、待ってやいただけやせんか?」
ケンの話を聞いて、首をかしげている石動。
「しかし、納得いかねえなぁ……」
「本当に、すいやせんっ」
「なんで、おめえが
「元いた世界じゃ、俺の
「……あぁ、そっちでしたか」
「若頭、おそらく、そりゃあ、名前じゃあねえかと思うんですよ……あっしの名前はケンですから」
「あのクソ
「へいっ、おそらく」
ケンは頭を少し下げて笑う。
その時だった。
シュッ
空気を切り裂く音。
「!!」
次の瞬間、石動の左脇腹には、矢が刺さっていた。
白いシャツに血が滲み出す。
「若頭っ!!」
矢が飛んで来た方向を確認するケンと石動。
矢が放たれたのは、難民キャンプの人混みの中からだ。
難民達の中に紛れ込んでいるため、はっきりとは分からないが、ローブを被った、例の人影がある。
ケンは矢が飛んで来た方向に駆け出す。
通常であれば、これぐらいでは動じない石動なのだが、妙な違和感を感じ、すぐに矢を引き抜き、矢尻を確認する。
「クソッ、あの野郎……今度は毒を塗って来やがった……」
さらには二の矢、三の矢。
咄嗟に、左腕で体の中心線を覆い隠し、防御体勢の構えを取る石動。それで、眉間と心臓は守られる筈。
左肩と左腕にも、矢が突き刺さる。
石動も銃を取り出したが、すでに体が痺れ、目が霞んで、標的が見定められない。
「クソッ……」
敵を見失ったケンが戻って来た時には、意識を失った石動が地面に倒れていた。
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