極道と帰る場所の無い者達
「ちょっとぉっ、ここの食料庫、ロクなもんがないじゃないの」
次の日から早々に、アイゼンは牢を抜け出して、収容所内をウロウロ出歩くようになっていた。
「これから、みんなで楽しく
嫌と言うほど恐怖を体に刷り込まれた兵士達が、アイゼンを注意出来るはずもない。昨日、現場に居合せなかった兵士達も、いつ自分が同じ目にあうかと戦々恐々としている。
「あんた達、ちょっと、つまみになるもんでも買ってきなさいよ」
「い、いやぁっ、ここも単なる収容所なんで、予算とか、そんなになくて、ですね」
「じゃあ、あんたの自腹で買って来なさいよっ」
「い、いやぁっ、ここの給料なんて雀の涙なんで、勘弁してください」
「まったく、本当に使えないわねえ」
まさしく牢名主といったところか。
-
「ちょっと、税金取り過ぎなんじゃないかって愚痴っただけなのに、それを隣の家の人に聞かれてしまって……」
「私なんて、濡れ衣もいいところよ、旦那の元カノが逆恨みして、根も葉もないことを告げ口したの」
「私のことをよく思っていなかった人間が、報酬目当てで……罠に嵌められただけなんです、私は」
――なんか、女子会なのに、内容が妙にハードよねえ
兵士達が隠しておいた酒を見つけ出して、牢獄で女子会という名の酒盛りをはじめたアイゼンと女達。しかし、出て来る話題といえば、もっぱら女達の愚痴ばかりだ。
――しかし、この国、よくこれでクーデターとか起きないもんよね
よっぽど、国王の恐怖政治が行き届いてるのかしら
魔女狩りは本来の意味から大きくかけ離れて、他人を貶め、他者を蹴落とすために、人々の間で都合よく使われていた。
隙を見せれば誰かに密告されるかもしれない。他人を信頼せず、常に警戒して、誰かを密告しようと、互いに監視し合う社会とコミュニティ。
――これまであたしが出会ったこの世界の人達って
みんなどこか曇ったような顔してんのよねえ
もうなんかいろいろ諦めてますみたいな
そりゃ、こんな過酷な環境じゃ、仕方ないとは思うけど……
-
宴は、そのまま夜まで続いた。
眠くなっていつの間にか寝てしまった少女の頭を、アイゼンは優しく撫でてあげている。
「子供の前では聞きづらかったから、今まで言わなかったんだけど……」
「なんで、ここに子供が居るのかしら?」
さすがに魔女狩りの対象は大人だけだろうと思っていたアイゼンには、なぜ収容所に子供が居るのか、ずっと不思議で仕方がなかった。
「この子達、何かしたのっ?」
その問いに、女達は何ともせつない顔を見せる。
「……この子達はね、口減らしなんだよ……」
そう答えたのは、女達の一人、赤い髪のルチアダ・ジャマン。
「子沢山の貧しい家では、一家全員が餓死しないように、子供のうち誰か一人を犠牲にするんだ……」
「親が子供を魔女狩りに売るんだよ、お金欲しさに……」
「えっ!?」
思わず大声を上げそうになったアイゼンは口を手で押さえる。あやうく寝ている少女を起こしてしまうところだった。
「親に見捨てられた子、という訳ね……」
いつの間にか、アイゼンの目からは涙がこぼれ落ちている。
きっと昔の自分を思い出していたのだろう……。
-
「きぃぃぃぃぃっ」
兵士達が牢の前を通る度に、目を吊り上げて睨みつけるアイゼン。兵の間でも見回りを嫌がる者達が続出しており、もう罰ゲームのような扱いになっていた。
そんな状況の中で、一人の勇敢な兵士が牢屋の前に立ち止まった。
「きぃぃぃぃぃっ」
「おっ、おっ、おいっ」
兵士の声は震えている。
「しゃっ、釈放だ、外へ出ろ」
「えっ!?」
兵は鍵で錠を外すと、扉を開く。
「ちょっ、ちょっと、どういうことよぉ?」
とりあえず、立ち上がり牢から出るアイゼン。
「おっ、おっ、お前が魔女だという疑いが晴れた」
「はっ、早く、ここから立ち去れっ」
「……ははぁん」
「あんた達、あたしをここから厄介払いしようっていうのね?」
「いっ、いやっ、そんなことは……」
「それで、あたしがいなくなったのをいいことに、この人達に手籠めにするつもりでしょう?」
「いっ、いやっ、断じてそんなことはっ……」
「きぃぃぃぃぃっ」
「嘘おっしゃいっ!そんな甘言には断じて騙されませんからっ!」
「あたしは絶対ここから出ませんからねっ!」
ついにアイゼンは、収容所に居座ると宣言までする始末。
それからはジャンケンで負けた兵士達が、次から次へと説得に来る有様。
「なぁ、あんただって分かるだろっ?」
「俺達だって、給料安いんだよっ」
「それでも命の危険がなくて、楽で、美味しい思いが出来るから、これまでやってたんだっ」
「それが突然、最前線に放り込まれたみてえに、危険な職場になっちまった」
「これじゃあ、まったく割に合わねえよっ」
とうとう、泣き脅しで、土下座する兵までもが現れる。
「別によぉ、俺達だって、女に悪さしたくてどうこうじゃないんだぜっ?」
「力づくで無理矢理だなんて、とんでもねえっ」
「まぁ、そりゃ、この世の最期の思い出に、せめていい気持ちになってもらいたいとか、ちょっとぐらいは考えてるけどよぉっ」
「きぃぃぃぃぃっ、
そんなこと絶対許しませんからねぇっ!!」
-
そんな中、再び牢の前に立つ男の気配。
「また来たのぉっ!?あんた達もしつこいわねえっ、まったく」
後ろを向いていたアイゼンには、最初それが誰だか分からなかった。
「いやっ、俺ははじめて来たんだがな」
聞き覚えのある声に、アイゼンは振り向く。
「若頭ぁっ!」
アイゼンがいつまでも待っても出て来ないので、痺れを切らして、石動が様子を見に来たのだった。
「お前、早速、派手にやらかしたみてえだなっ」
「ここの入口で、アイゼンの知り合いが面会に来たと言ったら、頼むから連れて帰ってくれと兵士達に泣きつかれたぞ」
「まぁ、お陰ですんなり通してもらえたけどな」
暇を持て余していた石動は、むしろ暴れる気満々だったのだが、すんなりと通されて拍子抜け、がっかりしていた。
「いやぁんっ!やっぱり助けに来てくれたのねっ」
「そんな訳ねえだろっ」
「なんで早く脱走しねえんだって、文句を言いに来たんだよ」
「お前なら、こんなとこ、自力で脱走するんのわけねえだろ?」
「こちとら、お前が出て来んのずっと待ってたから、もう飽き飽きしてきちまってんだよ」
「あたしだって、いろいろあんのよ」
その言葉に、石動はため息を吐いた。
「まぁ、でもここに来てみて分かったぜ」
「また、いつもみたいに、ここに居る女達に情が移って、全員助けたいとか思ってんだろっ?」
「お前は、ホントッに、キレると手がつけられねえが、普段は甘々の甘ちゃんだな」
「だってぇ、世界を愛に染めるっ、
「お前、それ、いつも言ってるけど、呪いの呪文か何か?」
-
アイゼンは牢屋を出ると、石動を
「ねえ、若頭」
「あたしが今居るみんなを連れて、ここから脱走するから、その後、追っ手から逃げ切るまで、みんなを守ってもらえないかしら?」
石動は首を左右に振る。
「そりゃあ、ダメだ」
「そんな約束は出来ねえ」
「俺らだけで追っ手から逃げる分にはなんとでもなるが、この大人数をまとめて連れて逃げるとなると、さすがに俺達でも厳しい」
「はっきり言っちまえば、足手まといにしかならねえ」
「あいつらと一緒にここを脱走するのはおめえの勝手だが……
その後は自己責任で、女達には逃げてもらうしかねえ」
「お願いよ、そこをなんとか」
「第一だ、あいつら、どこに逃げるって言うんだ?
あいつらにはもう帰る場所はねえんだぞ?
もう元の暮らしには帰れねえんだっ」
女達はみな、近しい者達に密告されて、今現在ここに居る。もう元居たコミュニティに戻れるはずなどない。
「あいつらにも、親兄弟はいるだろうに……
そいつらが何もしねえってことは、もう諦めちまってるんだろうよ。
つまり、もう見捨てられちまってるってことだ」
「親兄弟に見捨てられちまった奴に、帰る場所はねえ」
「例え、逃げ隠れしてこの街に居続けたところで、いずれはまた魔女狩りってえのに捕まっちまうだろう」
「だから、あいつらは、どこかの新しい土地で暮らして行くしかねえんだ」
「さすがにおめえだって、そこまでは面倒見きれねえだろ?」
「ええ、そうね……
でも、だからこそ、あたしには見捨てられないのよ」
「あたしは古臭い片田舎で生まれ育ったから、周りの人間達はこんなあたしを受け入れてはくれなかったわ……」
「親も兄弟もあたしのことは、諦めて、見捨てていた……」
「だから、あたしには帰る場所なんてなかった……」
「だから、あたしは故郷を捨てて、都会に逃げ出したの……」
「まぁ、あたしのほうが、故郷に見捨てられていたのかもしれないけどね」
「悪いことは言わねえ、ここの女達のことまで、背負おうとするのはやめておけ」
「これ以上、深入りしないのがお前のためだ」
そう言って、立ち去ろうとする石動。だが、再び牢の前を通ると、偶然ここに捕らえられている女の子の姿が目に入る。
「チッ、
ただでさえ険しい顔を、石動はより一層険しくする。
-
「アイゼンさん、私達のことは気にしないでください」
「ここから脱走させてもらえるだけでも十分ですから」
先程の石動との会話の声が、女達が居る牢にまで聞こえてしまっていたようだ。
「大丈夫よ」
アイゼンの話には、石動がすごく嫌がるので、目の前では絶対に言わない続きがあった。
「あなた達にはもう帰る場所はないかもしれないけれど」
「生きてさえいれば、きっと新しい帰る場所が見つかるわ」
「故郷に見捨てられたあたしが、
「それにね、若頭はああ言っていたけど、子供を見捨てたりはしないわ」
「ううん、出来ないと言ったほうがいいかもしれないわね」
「あの人はね、そういう呪いにかかっているのよ」
確かに石動にとって、圧倒的な弱者であった子供時分に、伊勢会長に助けられたことは、今となってはもう呪いでしかないのかもしれない。
しかし、それがあればこそ、石動がただの野獣にならずに、まだ人としてつながっていられるというのもまた事実なのであった。
-
渋い顔で、収容所の出口から去ろうとしていた石動は、ここの兵士達に囲まれてしまっていた。
「お願いしますっ、お願いですからっ」
「そうは言っても、本人が帰る気がねえって言ってんだから、仕方ねえだろっ」
「そこをなんとかっ!お願いですからっ!あの人、連れて帰ってくださいっ」
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