極道と覇権国家の国策
「若頭に、
翌朝、牢の前に立っている眼鏡の男。
「まぁ、マサまで会いに来てくれたのねぇ」
アイゼンはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ええ、お前がなんとかしてやれと、若頭に言われましてね……」
自分の予想が的中して、アイゼンは喜んでいるのだ。
「ですので、情報収集に来ました」
「そう言えば、アイゼンの面会に来たと言ったら、兵士達に頼むから連れて帰ってくれと泣きつかれたのですが……また、派手に暴れたんでしょうね」
「あらっ、ちょっと可愛がってあげただけよっ」
収容所で知り得たアイゼンの情報を、何度か頷きながらマサは聞いていた。
「牢獄で得たあなたの情報と、叡智のノートパソコンにあるデータで、大体の全貌は掴めました……大方は、予想通りです」
「なんとか、ならないかしらっ?」
「……ありますよ」
「ここの女達を逃がした上で、追っ手から逃げ切らせる方法が」
「ホントッ!?」
「ええ、逆転の発想です」
「たかだか魔女の女達が二十人程度逃げ出したぐらい、些細なこと、そう思わせればいいんです」
「この宗教都市・マジアリエンナの根幹を揺るがし、激震が走るような大事件が起これば、魔女が逃げたぐらいのことは、どうでもいいと思うでしょうね、きっと」
「まさか、あなた、大陸統一教会に、喧嘩売る気なの?」
「いいえ、まさか」
「まぁ、そうですね、『密告』と言いたいところですが、『告発』ですかね、この場合は」
今度はマサが自ら立てた計画の詳細を伝える。
「なるほどねえっ」
「さすがマサだわ、いい大学出てるだけあるわね」
「宗教学の授業は、受けたことすらありませんけどね」
「結局、女神が示すものをどう解釈するのか、すべては受け取る側の人間次第、そういうことでしょうが」
「まぁ、でも、失敗した時は、力技のゴリ押しで切り抜けてください」
「その時は、あたし達らしく、ぶん殴ってなんとかするわっ」
そして最後に、合流場所を確認する二人。
「じゃあ、合流した後は、ダークエルフちゃん達の森に向かいましょう」
「あの人達なら、きっと一時的に匿ってくれるんじゃないかと思うわ……確証はないのだけれど」
-
ここ、宗教都市・マジアリエンナの最高責任者であるムクロガ・レイアン司祭。彼のもとに勇者からのメッセージが届く。もちろん書いたのは石動本人ではない。
大聖堂にある司祭の部屋。助祭のシャナブル・アズアンは報告する。
「このような怪文書が届きました」
手渡された紙に目を通すムクロガ司祭。
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次に来たれる魔女公開処刑の際に、女神アリエーネの大いなる奇跡を、勇者がお見せする
信徒のみなさまには是非ご覧いただきたく
もちろんマジアリエンナ警備軍のみなさまもご集参お忘れなきよう
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「愚かなり、勇者よ」
ムクロガ司祭は、思わずそう口にした。
「同様の怪文書が、街のいたる所にも貼られているようでございます」
助祭はさらに言葉を続ける。
「これは、我々への挑発と見て、間違いないでしょう」
「そうなのだろうな」
「いかがなさいましょう?
次回の魔女公開処刑は、中止にいたしますか?」
「いやいや、そうはいかん」
「勇者を名乗る、どこの馬の骨かも分からぬような者に、神聖なる我が大陸統一教会の儀式が中止されるなど、あってはならぬこと」
「そのような
「しかしながら、『新訳』の教典が認められ、次期教皇は間違いなしと評されておられるムクロガ様に、もし万が一何かあっては、取り返しがつきませぬ」
「これは、試練なのかもしれぬな……」
「このような苦難を信徒が一丸となって乗り越える。いかような時にでも、女神アリエーネ様の教えに殉じる姿勢を守り続ける……」
「それでこそ、女神アリエーネ様もお喜びになられる、そうは思わないかね?」
「仰せの通りでございます、御意に」
鋭い眼光のシャナブル。
「それでは、マジアリエンナの警備軍を総動員して、厳戒態勢を取らせましょう」
「そうだな、アロガ王国の駐留軍にも、増援の要請を」
「御意に」
――しかし、わざわざ警備を厳重にさせるような真似をして
一体、何をしようというのだ? 勇者は……
司祭ムクロガに従いはしたが、シャナブルの疑念は晴れない。
-
収容所から、いつもの酒場へと戻って来たマサ。
「そろそろ司祭への招待状が届いた頃ですかね」
「ワイも、ええ仕事したやろっ?」
その脚力を活かして、夜中に怪文書を街中に貼り回ったサブは、ドヤ顔をして出迎えた。
暇で、退屈で、待ちくたびれていた二人に、マサは今回の計画を話しはじめる。
「ほんで、その根幹を揺るがすような大事件ってのはなんなんや?」
「司祭を暗殺すんのか?」
「大聖堂を爆破するんやな?」
「その極道的な発想はやめてください」
「馬鹿野郎っ、俺らは極道じゃねえかっ」
「今回は武力行使で解決しようとしても逆効果」
「むしろ、教会が正当化、司祭が神格化され、信徒が一致団結して、より強力な一枚岩になってしまう可能性があります」
「人の命よりも信仰が大事だと考えているような連中ですからね……彼等にとって、一番の大ダメージはなんなのかを考えてですね……」
「誰の目にも分かりやすい、奇跡を演出しましょう」
「マッチポンプは我々の一番得意とするところですから、まぁ、そういう意味では極道的なのかもしれませんが」
-
「それに、ここで大陸統一教会にダメージが与えられれば、少なからずアロガ王にも影響が行くでしょうしね」
「そりゃぁ、どういうことだ?」
「まぁ、簡単に説明しますとですね」
「おめえの簡単は、ちっとも簡単じゃねえからな」
「そうや、ワイなんか、いつもちんぷんかんぷんや」
「では、本当に簡単に言ってしまうとですね」
「司祭のムクロガとアロガ王はグルなんですよ」
叡智のノートパソコンを覗き込みながら、マサは早口気味に説明をはじめる。
「物量こそが覇権国家たる所以、そう言い切ってしまうような王ですからね、アロガ王は」
「この世界には、大規模破壊兵器やら兵器の技術格差なんてものもありませんし」
「この世界で軍事力と言えば、ほぼ兵隊の数なんです」
「一方、この過酷な環境の世界で、出生児が十五歳になるまで無事に生き残れる、その生存率は三割を切ってますから」
「とどのつまり、『生めよ、増やせよ、地に満ちよ』というやつで、国民の母数を増やすのが最優先、同性愛なんて認めてる場合じゃあなかったんですよ」
「そこで、アロガ王は、現司祭のムクロガに利権をちらつかせ、結託して、『新訳』の教典をつくらせました」
『人の子らよ、子孫繁栄のため、世界を愛で満たせよ』
「女神のお言葉とされる神語の原典にある、この一文に対する解釈が『旧訳』と『新訳』の教典では、まったく真逆なんです」
「新たに採用された『新訳』の解釈では、同性愛は女神によって禁止されているという内容に書き換えられています」
「まぁ、マイノリティの人権を奪って排除することで、支配しやすい体制を維持する。ついでに体制に批判的な者達も一緒に粛正してしまう、アロガ王にはそういう意図もあったのでしょう」
「種族差別も、おそらくは、将来的に種族間抗争が起こり内乱となる、それを予見したアロガ王が、他種族の勢力が大きくなる前に弾圧して、殺すもしくは追い出した……まぁ、そんなことろでしょう」
「だがよ、そんなに人口を増やしたら、食い物が足らなくなるんじゃねえのか?」
「現にこの国は、偉そうにしてる連中は贅沢し放題だが、貧しい奴等は今日を食うにも困る有様じゃねえか」
「自国の人口を増やして、数で他国を侵略、領土を広げ、食糧を確保する。そして、さらに自国の人口を増やす。そのサイクルを延々と繰り返しているんですよ、アロガ王は」
「それに、貧しい連中は、飯にありつけるからという理由で兵士になりたがりますからね。徴兵制というのもありますが、国民の成人男性の半数近くが軍事関係者というのもそれが理由です」
「まぁ、つまり、宗教と政治が手を取り合って、アロガ王の体制をより強固なものにして維持する、その一環が魔女狩りという訳なんですよ」
「まぁ、なんだかよく分からねえが、
俺の気に入らねえ話だってことだけは分かった」
最近暴れる機会がなかった石動は、それなりに乗り気のようだ。
「さすが、兄貴や」
「あかんわ、ワイ、今回もちんぷんかんぷんやったわ」
-
大聖堂の前、中央広場に二十一本の柱が立つ。
その周りを取り囲むかのように、群がる信徒達。数千人規模で集まって来ており、中央広場には入りきれず、街にまで溢れ出している。
魔女の公開処刑の日。
いたる所に警備兵が配置された厳戒態勢の中、アイゼンを先頭に、魔女にされてしまった女子供達が広場に連行されて来る。
「魔女を許すなっ!!」
「魔女を殺せっ!!」
「早くっ、火炙りにしろっ!!」
狂信的な熱量をおびた信者達の罵声に、魔女にされてしまった女子供達は、ただただ震え、怯えるしかない。
まさに今、彼女達が磔にされんとしたその時。
パァン
空砲が鳴り響く。
これまで聞いたことがない銃の音に、信者達の残酷な熱狂は、一瞬で水を打ったかのように静まり返った。
大聖堂の屋根の上には、石動の姿。
「貴様が、勇者かっ?」
大聖堂の入り口前で、司祭ムクロガは、傍らのシャナブルと共に、空を見上げた。
「勇者を名乗り、奇跡を見せるなどと吹聴するとは……」
「ましてや、よりによって、我らが女神・アリエーネ様のお名を利用するなど、許し難き、蛮行っ」
司祭の言葉に、再び信徒達のボルテージが上がり、熱烈な歓声が湧き上がる。
「そうだっ!そうだっ!」
「何が、勇者だっ!」
「この者に、裁きをっ!!」
パァン
静かにさせるため、石動は銃を天に向け、もう一度空砲を鳴らした。
「司祭さんよぉっ、あんた、なんか勘違いしてるぜ」
「そもそも俺をこの世界に、勇者として転生させたのは、あのクソ
信徒達にとっては、にわかには信じ難い。
「何を言ってるんだ、あいつは?」
「そんなこと、ある訳ないだろう」
「頭、おかしいんじゃないのか?」
「つまり、あんた達が信仰する女神が、俺をこの世界に寄こしたって訳だ」
だが、石動の力強い言葉に、信徒達も次第にざわつきはじめる。
「そ、そうなのか?」
「そんな、馬鹿な……」
「アリエーネ様が……」
信者達の反応に、さらに追い討ちをかける。
「それってもう、俺が『神の使い』ってことなんじゃあねえのか?」
信徒達のみならず、この場に居る兵士達もまた、ざわつきはじめる。マジアリエンナの警備軍、駐留軍の兵士と言えば、当然熱心な信者に他ならない。
そんな石動の言葉をかき消そうとするかのごとく、司祭ムクロガは声を大にして叫ぶ。
「聞いたであろうっ、みなの者っ!
こやつは『神の使い』を名乗る大罪人ぞっ!?」
「よりによって、このような不埒者が、アリエーネ様に遣わされたなどと、大ぼらを吹くとはっ、不届き千万っ!」
「アリエーネ様を、侮辱し、貶め、
「みなの者、こやつを討つのじゃっ!
アリエーネ様のご威光をお守りするのだっ!」
「これは聖戦ぞっ!!」
「まぁ、そりゃ、そうなるよな」
当然ながら、予想された反応ではあった。
パァン パァン パァン
すぐさま、隣接する家屋の高所に隠れている弓兵達に向け、銃を連射する石動。
「マサの言う通り、ここからなら丸見えだな」
まずは、厄介な遠距離攻撃を先に始末してしまおうということ。生命エネルギーを利用している石動の銃に射程距離はほぼ関係ない。わざわざ、大聖堂の屋根の上に登ったのもそのためだ。
鳴り止まない銃声に、恐怖心を掻き立てられた信徒達、今度は悲鳴を上げる。
「怒ったり、泣いたり、喚いたり、まぁ随分と、うるせえ連中だなっ」
「情緒不安定なんじゃあねえか?」
しかし、いつもと違い、石動は敵の眉間を狙わない。もっぱら標的は、腕や肩、そして足。
「死なない程度に瀕死にしろってんだからな」
「今度はマサまで無茶振りして来やがった」
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