武闘派オネエの慈愛と狂気

カツカツ、カツカツ……


静寂の中を乾いた靴音だけが響き渡る。


兵士二人に収容所へ連行されたアイゼン、もちろん手首には手錠がかけられている。


鉄格子の中には、すでに魔女として捕らえられた女達が、沈痛な面持ちで座しており、一目見ただけでも疲弊しているのがうかがえた。


牢はいくつかに分かれているが、アイゼンが見たところ、女達の数はざっと二十人前後で、中には子供の姿まで見受けられる。


 ――こんな女の子まで……

 まだ子供じゃあないの


「ここに入れっ」


「ちょっとぉ、押さないでよっ」


鉄格子の扉を開けた兵士達に、アイゼンは大人しく従う。


牢獄の中には女ばかりが六人、その内一人はやはり子供だ。


「あたしはアイゼンっ、よろしくねっ」

「世界を愛に染めるっ、愛染あいぜんよっ、よろしくねっ」


この重苦しい雰囲気の中では、浮いていて痛々しいという自覚は本人にもあったが、こればかりはいたし方ない。


-


兵士二人が立ち去った後、早速アイゼンは手錠を外す。髪の中に隠していた黒く小さなヘアピンを取り出し、鍵穴に差し込んで少しいじると、あっという間に解錠出来た。


「ホントッ、身体検査もヌルかったわね」


次に牢の中、鉄格子の隙間から手を出し、扉に施錠されている鍵穴にヘアピンを刺す。


 ――なによ、この錠はっ

 やたらゴツイけど、中の仕組みはロッカーの鍵と大差ないじゃない

 ピッキングの魔術師と呼ばれたこのあたしを舐めんじゃないわよっ


改めて、すぐに逃げられるという確認作業を終えたアイゼン。


「あなた達の手錠も外してあげるわよっ」


牢内の女達に向かってそう呼び掛けた。


-


「ヒーリングッ」


手錠を外してもらい、気を許した女達は、徐々にアイゼンと打ち解けはじめている。


疲弊して衰弱している女達は、ヒーリングで回復してあげていく。


「本当にあなたは、違う世界から来たのですか?」


これまでの経緯も話してみたが、女達にはにわかに信じられない様子だ。


「そうなのよっ、それでいろいろと教えて欲しいんだけど」


ここからが、アイゼンとしては本題なのだろう。


「なんで、魔法があって、魔女もいる世界で、魔女狩りなんてあるのかしら?」


隣に座る若い娘、フラジョ・ウボウが、その問いに答える。


「それはですね、この世界には種族差別政策があるからなんですよ」


「えっ? そんな政策まであるの?」


 ――最初に会ったダークエルフちゃん達は、何も言ってなかったわね……


「おおっぴらに種族差別まであるなんて……

ハードモード過ぎるにも程があるわよ、この世界は」


「でも、本物の魔女なんて、みんなもうとっくに魔王領に移ってしまっているんですけどね」


「それでもまだ、魔女に影響を受けた人間達が大勢居ると、教会がずっと言い続けているので、こうして魔女狩りだけは未だに残っている有様なんです」


「それも建前の話で、実際のところ、今となっては、教会や王国を批判する人達を捕まえる、単なる異教徒狩り、異端者狩り、ですけどね……」


「じゃあ、ここに捕らえられているあなたは、異教徒なの? それとも異端者扱い?」


「えっ、えーと、いや、あの、そのですね……」


歯切れが悪く、言いにくそうにしているフラジョ。


「ちょっと、私には人と違った嗜好がありまして……」


「男性同士のラブロマンス小説や、絵師さんが書いたそういう絵を嗜んだりしているものでして……」


「……んっ?」

「それって、もしかして、腐女子ってやつ?」

「えっ? 魔女狩りって、腐女子狩りなのっ!?」


「ふじょし??」


「あっ、なんでもない、

いいの、いいの、話を進めて」


「ですが、そういう類のものは禁書扱いとなっておりまして……」


「なんでよ? そんなのぐらい大したことないんじゃないの?」


「いえ、それが、

そもそも大陸統一教会の教えでは、

同性同士の恋愛は禁止されておりまして……」


「えっ!?」

「えええぇぇぇぇぇっ!!」


 ――なによっ!!あの女神ぃぃぃぃぃっ!!

 そんなクソみたいな教義つくってんじゃないわよっ!!


「じゃあ、あたしはバリバリの異教徒、異端者、つまり魔女ってことなのね」


-


一度は女神アリエーネに対する怒りで、我を忘れそうになったアイゼンだったが、よく考えてみると、どうも腑に落ちない。


 ――いや、でも、ちょっと待って……


 もし本当にあの女神が、LGBT関係を全面的に禁止しているのなら、心は乙女で体が男のあたしを、そのまま転生させたというのは、おかしくないかしら?

 それこそ、身も心も女でよかったじゃない……


 これって、何か意味とかあるの?

 ……もしかしたら、あたしがヒーラーに選ばれたことにも関係しているのかしら?



「どうなのかしら? ここで信仰されている女神って、本当に同性愛を禁止してると思う?」


「そうですねえ……

大陸統一教会には、女神様の神語でのお言葉を原典として、それを翻訳したとされる『旧訳』と『新訳』、二つの教典があるのですが」


「『旧訳』の教典では同性愛は禁止されていなかったそうで……」


「現在の司祭であるムクロガ・レイアン様が、何十年か前に翻訳された『新訳』の教典が採用されてからは、同性と異種族との恋愛が禁止になったと聞いたことがあります」


「確か、ちょうど現在のアロガ王が即位された頃だったとか」


 ――あぁ、なるほど、

 あの女神はセーフっぽいわね


 為政者にいいように書き換えられた、まぁ、そんなところね


-


しばらくすると、牢獄に一人の男がやって来る。


鎧も着ているので、見張り役当番の兵士が巡回でもしているのだろう、それぐらいに思っていたアイゼンだったが、女達は明らかに怯え、震えて、男と目が合わないように顔をそむけていた。


その男は牢の前で、中の女達をまるで物色するかのようにまじまじと眺め回した後、鉄格子の扉を鍵で開けた。


「お前だっ、来いっ」


男が中に入ると、目をつけた女の前に立ち、彼女を無理矢理立たせ、連れて行こうとうする。


「いっ、嫌っ! やめてっ!」


必死に抵抗する女の姿を見て、アイゼンは察した。

この男に連れていかれると、彼女はおそらく暴行されるのであろうと。



強引に引っ張り女を連れて行こうとする男の腕を、横から掴む力強い手。


「あたし、そういうの、ホントッ、許せないのよね」


言葉遣いこそオネエのままであるが、鬼のような形相をしているアイゼン。


「うっ、うぎゃぁっ!」


そのまま、手にグッと力を込めて、アイゼンは掴んだ男の腕をへし折った。


そして、男の首根っこを掴んだまま、開いている扉から牢を出る。


「あなた、もう二度とこういうことはしないと誓って、あたしのヒーリングで治してもらうか、このまま玉潰されて、竿引っこ抜かれるの、どっちがいいかしら?」


そういう言うと、握りしめた拳で、男の顔を殴った。顔面を陥没させて、男はその場に倒れ込む。



男の声を聞き、駆けつける兵士二名。

先ほど、アイゼンを投獄した兵士達だ。


アイゼンは握りしめた拳で、駆けつけた兵士二人の顔も殴りつける。


牢獄の前で、倒れて呻いている兵士が三人になった。


「ヒーリングッ」


そして、アイゼンは彼等をヒーリングで治すと、倒れている男達の顔面を、再び拳で殴った。


男は床に頭を叩きつけられ、歯は飛び抜けて、口からは血を吐く。


「あら、やだぁっ、せっかく治してあげたのにぃ」

「あなた、また怪我してるじゃない」


屈託のない笑顔でそう言うアイゼン。


「ヒーリングッ」


ドガッ! バキッ! ボゴッ!


「ヒーリングッ」


ドガッ! バキッ! ボゴッ!


「ヒーリングッ」


「ヒーリングッ」

「ヒーリングッ」

「ヒーリングッ」


アイゼンは完全にブチギレていた。


壊しては治し、治しては壊す、その様はまるでサイコパスのようで、狂気すら感じさせる。


慈愛の心を持ちながら、キレると残虐非道の限りを尽くす。その辺りが、石動をもってして、キレたら組で一番ヤバい奴と評される所以か。


延々と繰り返される人体破壊行為とヒーリング、殴られている兵士からすれば、無限地獄のようなものだろう。


相手の心が完全に折れるまで、絶対服従を誓うまで、完膚なきまでに叩き潰す、そこに容赦はない。



兵士達は怯えて、もう抵抗しようとすらしない。収容所から逃げ出すには、今が絶好の好機。


しかし、アイゼンはここから逃げようとはしなかった。それどころか、自ら牢獄の中へと戻る。


今ここで自分が逃げ出すことは出来たし、ここに居る女達全員を牢獄から出すことも容易いだろう。だが、その後、彼女達が追っ手から逃げ切ることが出来ないだろうことも分かっていた。


 ――一旦、あたしが外に出て、みんなが乗れる馬車を調達してくる?


 ダメ、それでも独りでは無理だわ

 そもそも一台で乗れる人数じゃあない……


 おそらく、みんなを守りきれない


牢獄の中で、ここに居る全員を助ける術が何かないかと悩むアイゼン。


-


石動達三人組は、その日も一日中酒場で飲んで、アイゼンが脱走して来るのを待っていた。


「しかし、遅えーなっ」


「何をそんなに手間取っているんやろうか?アイゼンわっ」


「何か意図があるのかもしれませんが……」


アイゼンであれば、収容所から自力で脱走することは容易いと信じて疑わない彼等。


「とりあえず暇だし、飲み続けるぐらいしかやることねえな、もう」

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