4.極道と魔女狩り

ヒーラーは武闘派オネエ

「ちょっとぉっ! あんた達、

また、そんなボロボロじゃあないのっ」


貧民街の路地裏で、顔を腫らしまくった三人の子供達に、そう声を掛ける人。背が高い細身の彼、いや彼女なのか。


「どうせまた、どっかの店の食べ物を盗んで、捕まって、殴られたんでしょ?」


「えへへへっ」


頭を掻いている子供達、顔が腫れて変形しているため、はっきりとは分からないが、おそらく笑っているのだろう。


「えへへへっ、じゃないわよっ、まったく」


「ちょっと、治してあげるから、こっちにいらっしゃい」


彼女は近寄って来た子供の顔に手をかざす。


「ヒーリングッ」


掌から照射された白い光りの粒子が、子供の顔に当たると、見る見るうちに顔の傷が治癒されていく。


「ほら、治ったわよ」


他の子供達の傷もあっという間に治してしまった彼女。


「おじさん、ありがとう」


「ちょっと、ちょっと、

あんた達、そうじゃないでしょ?」


「おじちゃん?」


「もぉっ、やあねえ、

ちゃんとオネエさんと呼んでちょうだい」


彼女はアイゼン、石動達と同じ威勢会いせいかいの構成員で、やはり真央まおう連合との抗争で死亡して、この異世界へやって来ていた。


本名は鉄太郎てつたろうだが、本人はこの名前を好ましく思っていないため、鉄のドイツ語であるアイゼンと名乗っている。本人いわく正式には漢字で愛染あいぜんらしい。


「この世界も随分とハードモードよねぇ……」


 ――あんな子供達まで、他人の物を盗まないと生きていけないなんて


ここはアロガエンス王国の宗教都市・マジアリエンナ。名前の通り、アロガエンス国内で、女神アリエーネ信仰が最も盛んな地域でもあり、いたる所に大陸統一教会の施設が立ち並んでいる。


だが、それに反して貧富の格差が激しく、同時に多くの貧民街を抱えている、どこか歪な構造をした都市でもあった。



「しかし、あの女神も、ホントッ、使えないわねぇ……」


 ――あたしが転生する時は、

 絶対っ、性別を女にしてねって、あれ程言っておいたのに……


 あたしの完全乙女な魂に男の肉体とか、それこそマジアリエンナでしょうが


「なんで、あんなのが、ここではこんなに信仰されてるのかしら」


アイゼンもやはり、女神アリエーネへの評価は厳しいようだ。


そもそも、アイゼンが最初に出現したのは『ダークエルフの森』だったが、数日前にようやくここマジアリエンナの都市に辿り着いた。


そして、この貧民街で、医者に診てもうらうことも出来ずに、病や怪我で苦しむ人達の姿を見るに見かねて、無償で治療してあげているという訳だ。


 ――でも、あたしをヒーラーにしたってとこだけは、評価してあげてもいいわっ、あの女神


 そうよっ、あたしこそは、癒しとやすらぎの存在……


「世界を愛に染めるっ、愛染あいぜんなんですからねっ」


そんな独り言をぶつぶついいながら、貧民街を歩いているアイゼン。


しかし、この街にはまだアイゼンの知らない大きな問題があった。


-


街を行くアイゼンの前に、突然、鎧を着た二人の男が立ちはだかる。


それはどう見てもこの街の憲兵か兵士の類、そして二人とも冴えない中年といった感じの顔。


「なによっ? あんた達は?」


「先程、神の使いを名乗って、怪しげな術を使い、人心をたぶらかす魔女がいるとの密告があった」


「お前が、その魔女だなっ?」


「魔女? あたしが?」


「あぁっ、なるほど、あたしがあまりに美しいものだから、ついつい魅了されて、魔女と間違えちゃったわけね?」


「魔女って本当は、人の姿をしてないか、ババアが多いよな」


兵士の一人が思わずツッコんだ。


「きぃぃぃぃぃっ、なんですってぇっ?」


「とにかくだっ、お前には魔女の容疑がかかっている」


「一緒に魔女収容所まで来てもらおうかっ」


「なんで、あたしが魔女なのよっ?」

「それこそ、マジアリエンナでしょっ!?」


「それに魔女収容所って何よっ?

そのダサいネーミングセンスわっ」


この街では、大陸統一教会の支配が強過ぎるが故に、女神アリエーネへの信仰こそが絶対とされており、以前より魔女狩りと称した異教徒、異端者の排斥が盛んに行われていた。


そして、魔女として捕らえれた者は、大聖堂前の中央広場で火炙りにされ、公開処刑される運命にある。



「そもそも一体誰よっ? そんな出鱈目でたらめなタレコミしたのっ?」


文句を言っているアイゼンだったが、兵士達の後方に、子供達の姿を見つける。


 ――あの子達は……


先程、アイゼンがヒーリングで怪我を治してあげた子供達の姿。三人がみな下を向いて、泣きそうな顔をしている。


「ごめんね、オネエさん」


事情を察したアイゼン。


「あらっ、あたし、あなた達に売られちゃったのね」


おそらくは、自分を密告した報酬として、子供達がお金をもらっているだろうことも。


「ごめんなさい……僕達もう何日も食べてなくて

すっごくお腹空いてて、ひもじくて……」


 ――そりゃそうよね、人間、お金が無くて、

 死にそうになるくらいにお腹空いてたら、

 なんだってやるに決まってるわよね


この街に隠れている異教徒、異端者を告発した者には、教会と政府から報酬が与えられる。そのせいでこの街はすっかり密告社会へと成り果てていた。それがこの都市のもう一つの顔、暗部。



威勢会でも武闘派でならしたアイゼンからすれば、今ここに居る兵士二人をぶん殴ってこの場から逃げることは難しくはなかった、だが……。


 ――でもそれじゃあ、きっと、この子達、

 密告の報酬払ってもらえないわよね


 この感じなら、いつでも逃げられるでしょうし……


「いいわ、あなた達のこと、許してあげるっ」


「あたしは、世界を愛に染める……愛染あいぜんなんですからね」

「寛容と慈愛の乙女なのよっ」


「でも、そんな事情だったのなら、あなた達にご飯くらいおごってあげればよかったわね」


 ――いや、本当はあたしもお金なんて持ってないんだけどね


アイゼンは兵士二人に両脇から腕を掴まれ、捕らえられる。


「ちょっと、あんた達、もっと優しくしなさいよっ」

「そもそもあんた達、二人ともあたしの好みのタイプじゃないのよっ!

もっとイケメン呼んで来なさいよっ、イケメンッ!」


-


「どうやら、アイゼンは捕まっているみたいですね」


マジアリエンナにある酒場で飲んでいた石動とサブは、マサの言葉に驚く。


「おいおい、本当かよ」


「ホンマかっ? そのノートパソコン、壊れてるんちゃうか?」


アイゼンと合流すべくマジアリエンナまで来た石動達だったが、アイゼンが捕まっているというのは違った意味で予想外だった。


「ここの連中が、あいつを捕まえられるとは思えねえけどな」


「捕まえるまでに、何人ぐらい死人が出たんやろうか? 震えるわぁ」


「キレたら、あいつが組で一番ヤバいだろっ」


「えぇ、確かに……」

「若頭を除けば、この異世界で独りでも生きていける可能性が一番高いのがアイゼンですからね」

「まぁ、何か事情でもあるんでしょう」


「ワイ、こっち来てパワーアップしたアイゼンとか考えとうないわっ、そんなん、ちょっとどつかれただけで死んでまうやないかい」


「どうしますか? 救出に行きますか?」


「いや、いいだろっ、そのうち自力で出て来んだろ」


「そうやなぁ、まぁ、アイゼンやしなぁ」


「あぁ、アイゼンだしな」


「えぇ、アイゼンですしね……」


石動達は、そのまま酒を飲み続けることにした。


-


宗教都市であるマジアリエンナの大聖堂。

礼拝堂の女神像、その前で初老の男が祈りを捧げている。


荘厳な白い法衣を纏ったその男こそが、このマジアリエンナの最高責任者でもあるムクロガ・レイアン司祭。


「これは、祈念の最中に失礼いたしました」


そこへ扉を開けて入って来たのは、ムクロガ司祭の側近でもある助祭のシャナブル・アズアンだった。


「構わないよ」

「君が慌てるとは、余程のことだろう」


「はいっ」

「密偵によりますと、勇者と思しき者達が、マジアリエンナに入ったのとこと」


「ほおっ、今時、勇者か……」


「些細は分かりませんが、密偵の話では、あのアロガ王が煮湯を飲まされたとか」


「ほおっ、あのアロガ王が……」

「アロガ王とは旧知の仲ではあるが……衰えたか」


「いかがいしましょうか?」


「捨て置いて構わぬだろう」

「勇者の伝説など、いつの時代の話か」


「御意に」



「ところでだ……次に行われる魔女の公開処刑には、私も出席しようかと思っているんだがね」


「ほおっ、魔女の火炙りに」

「それは、お珍しいことですな」


「魔女達の断末魔を聞きながら、みなで、女神アリエーネ様への信仰を深める……そうした儀式も必要ということだよ」

「そうは思わないかね?」


「御意に、仰せの通りでございます」


司祭ムクロガ・レイアンは満足そうな顔で笑う。


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